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Posted by ブクログ
今日マチ子の「今日マチ子」性をマームとジプシーの藤田貴大が存分に引き出した「mina-mo-no-gram」という物語。
マームとジプシーらしさとして、リフレインという手法が存分に用いられていますが、僕らの実人生もやはり「靴を履いたり、脱いだりする毎日」の繰り返しなのじゃないか。
それでも少しずつ、本当に少しずつ前に進んでいく(流れていくと言っても良い、そう水のように)。
それでいて、ふとした瞬間に過去に絡め取られたりする。そして、またそこから始めるのだ。そう、自分の意思で切り開いていかなければならない。過去を振り切るのだ。
生と死とか、希望と絶望とか、両極端なものは一方向にしか進まないのか。なんとなくその間を行ったり来たりしているんじゃないだろうか。その矛盾した二物を抱えながら僕らは、あたりまえに奇跡的な毎日を生きているんだと思う。
Posted by ブクログ
演劇には疎く、マームとジプシーも藤田貴大も名前しか知らないという程度なのだけれど。
おそらくふたりの相性抜群というか、お互いに魅力を引き出し合っているのだろう。
リフレイン……というか、アラン・ロブ=グリエのヌーヴォー・ロマン「快楽の館」を思い出した。
「快楽の館」レビューで書いたのは、(以下引用)
◇起きていること自体は単純なもの。
◇小説に限らず映画、絵画すべて「お話のある芸術」には当てはまることだが、「何を伝えるか」同様に「何を伝えないか」が作品を決定する。
◇読者を翻弄する。
◇スポットのあたらない箇所、カメラの向けられない箇所、言及されない箇所をずっしりと袋に詰め込み背負ったまま、繰り返す。
◇繰り返し、ズレていく。食い違っていく。
◇すさまじく客観的な描写だが、スポットをどこに置くか、取捨選択においては極めて主観的。
◇そんな酩酊状態に叩き込まれる、語り手からの「だがそんなことはどうでもいいではないか?」
◇そしてローレンの眼のなかにはなにもない。
◇わけがわからないなりに「体験」だった。
(引用以上)つまりリフレインの中で見せたり見せなかったりしながら、ズレや食い違いを見せることで、想像させる。
読者を(観客を)創造行為に引っ張り込む。
と、いう特徴に加え、百合、少女、嘘、とくれば、好きでないはずがない。
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