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現代は、感動がすぐに「消費」されてしまう時代だ。
「泣ける話」「エモい瞬間」「衝撃の結末」としてパッケージ化された数々の情報が、大量生産され、瞬時に流通し、すぐに使い捨てられる「コンテンツ」となっている。
スマートフォン、SNS、ネットニュース、広告、動画——
日々、私たちは膨大な情報の洪水に晒されており、そのすべてが瞬時に脳に届き、反応を強いられ、次の刺激へと流される。
この高速循環においては、感動はもはや体験としてじっくり味わわれる「暇や余白」を与えられず、「処理すべきイベント」に変わってしまいがちだ。
悲しい映像に涙を流しても、スクロールする手はすぐに次の情報へ向かい、感動は一瞬で消費される。
しかし、感動は本来、「情報処理」の結果として生まれるものではない。
それは、身体が外界からの刺激を受け止め、自らの内部で組み替え、意味を編み直し、世界の見え方を更新するなかで立ち上がる「生成の体験」なのだ。
つまり感動とは、受動的な知覚ではなく、身体を介した能動的な創造行為といえる。
だからこそ、とかく感動が消費される現代社会においてあらためて感動の身体性に立ち返ることは、私たちがよりよく(=創造的に)生きていくために、きわめて重要な意味をもつ。
では、そんな身体的な感動とは、いったいなんなのだろうか。
人は、自然のとてつもない美しさを目の当たりにしたとき、あるいは、圧倒的な芸術作品や音楽に触れたとき、しばしば「言葉を失うほど感動した」と言うが、こうした瞬間には、鼓動がバクバクと高鳴ったり、胸がぎゅっと締めつけられたり、手足が震えたり、あるいは背筋がぞくっとしたり、といった強烈な身体感覚が呼び起こされる。
こうした体験は、なかなか言葉にしにくいものの、きわめて生々しい身体感覚として実感される。
本書では、こうした「言葉にならない感動」とはいったいなんなのか、とくに、人間が音楽を体験したときに覚える感動とはいったいなんなのかという問題について、神経科学、心理学、認知言語学、感性情報学などの知見を統合して分析する。
【目次】
第一章 感動は身体のどこで起きているのか
――ボディ・マップという方法
第二章 内臓から起こる感動
――「胸」で感じる音楽、「腹」で感じる音楽
第三章 行動から起こる感動
――悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか
第四章 概念から起こる感動
――「頭にくる」「むかつく」「腹が立つ」の違い
第五章 AIは感動するのか
――身体と言語をめぐって
第六章 科学では語りえない感動
――人はなぜ下手な歌にすら感極まるのか
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
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