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「私はケイト・モスというより、キングコングみたいな女だ。誰も妻にしたり、一緒に子どもをつくったりしないタイプの女。常に自分自身でありすぎる女。そういう立場から私は話している」
■概要
#MeToo運動をきっかけに再注目され、フランスで20万部のベストセラーとなったフェミニズムの名著がついに邦訳!
人気女性作家が17歳の時に経験したレイプ被害と、その後の個人売春の経験をもとに、性暴力、セックスワーク、ポルノグラフィについての独自の理論を展開するフェミニズム・エッセイ。自分自身を、男性でも女性でもないカオスな存在としての「キングコング」にかさね、ジェンダー規範にとらわれない女性の在り方を、力強く、小気味いい文体で模索していく。
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Posted by ブクログ
面白かった。いろんなフェミニズム本を読んできたけど、ここまで主観で語られてるものはなかった。怒りの強さと語りの激しさに最初はちょっとひるんだけど、読んでるうちにそれ自体がこの本の本質なんだってわかってくる。めちゃくちゃエキサイティングだった。
ポルノにおいて男は女に自己投影してる、っていう考察はすごく納得したし、女がオナニーをしないことで自分の妄想や欲望に向き合わないままでいる、という指摘にはドキッとした。自分の嗜好を知ったのはオナニーを通してだったってのはあるよなあ。
そして、レイプされた経験や売春の経験まで語っていて、そこからしか出てこない視点がたくさんある。それがすごく貴重だし、勇気にも圧倒された。
あと、性的魅力っていうのも実は「服従」と「ご機嫌取り」でできてる、って話があって面白かった。女性のウエストにくびれのある体に欲情する自分達の感覚すら、政治的に決められた価値観なんだと思うとなかなか怖い。
内容だけ見ると目新しいことを言ってるわけじゃないかもしれない。でも、デパントの言葉で語られることで、かなり揺さぶられた。読んでよかったと思える一冊。痛快でリズムに乗って読んでるだけでも楽しい体験だった。これは訳者の力も大きいよな。
Posted by ブクログ
セックスワークイズワークには同意できないのでずっと避けていた本だが読んで良かった。洞察力にあふれた言葉がこれまで言語化できてなかった感情に名前をつけてくれる。
ただ、やはりセックスワークイズワークの理屈は最後までさっぱり理解出来なかった。売春はどれほど条件が整備されていても解離症状が出ていないかぎり自ら進んで従事できるものではない。それがもし万人にとって苦痛をともなわない行為ならば、それこそ男性自身がすでにまともな仕事として売春に従事し、整備しているはずだろう。
著者にとっても売春行為は事件のトラウマを克服するための戦いであり、一種の自傷行為だとしか読めなかった。それ自体は痛々しいけれど、必死で生き抜いてきた迫力は伝わってくる。著者の語りに価値があるのはそこであって、売春の理論的肯定ではない。
Posted by ブクログ
痛快!だけどシリアス。
『家事や育児のように、女性の性サービスは無償でなければならない。金は自立を意味する。売春がモラルを乱すのは、女性がそこに喜びを見出さないからではなく、女性が家の外で自分で金を稼ぐからだ。』
セックスワークイズワーク、という言葉があるけど、それが正しいか私にはわからない。著者は賛成の立場のようだけど、中毒のようなものだとも書いてる。
『女らしさとはすなわち、ご機嫌取りだ。服従の技法。』
結婚していく友人たちが、思ってもないくせに、新妻気分でこんなことを口にする。「もう結婚するから、旅行なんかも気軽に行けなくなるでしょう?」そんなこと思ってないでしょ、というと今はまだ笑ってくれる。でもそんな言葉を話してると、いつかそれが本心だと思い込んでしまうんじゃないかなと不安になる。
妻らしさとは、女らしさとは不自由さだと刷り込まれている私たち。
Posted by ブクログ
本書は、「フランスの人気女性作家ヴィルジニー・デパントが、17歳のときに受けたレイプ被害や個人売春の経験をもとに、性暴力や売春、ポルノの本質について独自のフェニズム理論を展開する自伝的エッセイ」(訳者あとがき)である。
著者の怒り、ストレートな物言いが、現在の男と女の関係に安住しているオトコの自分にグサッ、グサッと刺さってくる。非対称の関係で権力を持つ立場にいる男の自分が気づいていないこと、当たり前だと思っていることについて、著者の舌鋒が迫ってくる。
著者の主張を全て肯うものではないし、著者の言う「男の支配と折り合いをつけるのがうまい女たち」をつい可愛く思ってしまうが、少しずつでも変わっていこう。
Posted by ブクログ
フランスの女性作家ヴィルジニー・デパントによるフェミニズム・エッセイ。
「私はブスの側から書いている。ブスのために、ババアのために、男みたいな女のために、不感症の女、欲求不満の女、セックスの対象にならない女、ヒステリーの女、バカな女、「いい女」市場から排除されたすべての女らしさたちのために。」
冒頭からファイティングポーズな文体にしびれます。巻末の著者写真を見ると、彼女は決してブスではなく、その存在感がめちゃくちゃかっこいいんですが、そもそも著者の外見について論じるようなルッキズムくそくらえみたいな本です。
MeToo運動が起こったときに、「男性には女性を口説く権利がある」と反論したのが、かのカトリーヌ・ドヌーヴであったのがちょっとおもしろかったんですが(カトリーヌ・ドヌーヴが口説かれることと、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラはまた別次元の話だと思う)、「女らしい女であること」が賞賛されるフランスにおいて、「女らしさとはご機嫌取りである」と看破してしまう小気味良さ。
文体がパンクなので彼女が攻撃しているのがどちらの側なのかよくわからなかったり、読みにくい部分もあったりしますが、これくらいハッキリ言ってくれると清々しい。
2006年のエッセイ。MeToo運動の高まりを受けてフランスで再注目され、日本でも翻訳出版されました。15年たっても状況はあまり変わってないというか、今なお有効であることが問題なのか。
以下、引用。
強力で精巧な文化装置によって、女の性欲は、自分自身の無力さから快感を得るように運命づけられているのだ。つまり相手の優位から快楽を得るように、あばずれのようにセックスを楽しむのではなく、自分の意に反して感じるように。ユダヤ・キリスト教的な倫理観では、あばずれと思われるよりも、無理やり犯されたほうがいいのだと、私たちは何度も繰り返し教えられてきた。
婚姻は、どんな競争にも負けない価格で、男の安楽のためのいくつもの重労働──特に性労働──を女が提供する市場なのである。
現代のあらゆる通信手段はまずは性の売買に使われる。
売春は「女性に対する暴力だ」と断言するとき、結婚や私たちが耐えている他の物事も女性に対する暴力であるということを、社会は私たちに忘れさせようとしている。
性的妄想は夢と同じような間接的なやり方で、私たちが何者なのかを物語る。私たちはそれが実現してほしいと望んでいるわけではない。
あきらかに多くのヘテロ男性は、ほかの男に挿入されたり、侮辱されたり、女にアナルを責められたりすることを想像して勃起する。同じように、あきらかに多くの女性がレイプや集団レイプ、あるいは女とのセックスを想像して濡れている。
女らしさ満載の「現在の」女たち、『私ってほんとに女だなって思う」と会話のなかで何度も言い、男の性欲と相性のいい性欲をもった女たちこそ、もっとも男性的である。
男性作家について述べるとき、女性作家にするのと同じようにはしない。ミシェル・ウエルベックが美男だと書くべきだとは誰も思わない。もし、彼が女で、彼の本を好きな男がたくさんいたら、美しいと書かれただろう。あるいは美しくないと。
女らしさとはすなわち、ご機嫌取りだ。服従の技法。それを誘惑と呼んで、性的魅力のように見せかけることもある。ほとんどの場合、そんなに難しいことではない。下手にでる習慣を身につければいいだけだ。
「特権とは、そのことを考えるか考えないかの選択肢を持っていること。私は、自分が女であることを忘れることができないが、自分が白人であるということを忘れることができる。それが白人であるということだ」
Posted by ブクログ
『キングコング・セオリー』ヴィルジニー・デパント、相川千尋訳、2020/11/26、柏書房
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リズムのよい文体と率直な文章が心地よいフェミニズムの書。まだ勉強を始めたばかりで細かい議論に関しては全体像を把握し切れていない部分もあるけれど、一つの視点を知ることができたのはとても大きい。
最近日本で売られているフランスの女性作家による小説というと『三つ編み』や『彼女たちの部屋』くらいしか知らないのだけど、この本の作者の作品も読みたいと思った。未邦訳のものもあるので、原書で頑張ってみたいな。
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