凍る草原に絵は溶ける

天城光琴

ファンタジー界に新鋭誕生！ 第29回松本清張賞受賞作。

草原に額縁を立て、その中で演手たちが物語を繰り広げる──。
山羊の群れを連れて遊牧するアゴールの民がこよなく愛する芸術「生き絵」。
物語をつくる「生き絵師」のマーラは、若くして大役に抜擢される。
だが、そこに突然の災厄が……。
“動くもの”が全ての人々に見えなくなってしまったのだ。
表情も動作も伝わらないという苛酷な現実を突きつけられるマーラは、
農耕の国・稲城の街で、城を追われた奇術師・苟曙と出会う。

もはや「生き絵」は無力なのか。
アゴールの民の運命は？

「文学という古今東西、広大な地図の上に“天城光琴世界”の芽は吹いた──。
ファンタジー、SF、演劇ドキュメンタリー、ミステリー・サスペンス的な世界の反転、
CG映画のような生き絵の描写──すべてが詰まった贅沢な一冊だ」
──書評家・卯月鮎

※この電子書籍は2022年7月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
※単行本『凍る草原に鐘は鳴る』を文庫化にあたり改題しました。

• カテゴリ: 小説・文芸
• ジャンル: SF・ファンタジー / ファンタジー（国内）
• 出版社: 文藝春秋
• 掲載誌・レーベル: 文春文庫
• ページ数: 352ページ
• 電子版発売日: 2024年06月05日
• コンテンツ形式: EPUB
• サイズ(目安): 1MB

[ブクログ · ★★★★★]

2024/06/22　p.7-41

p.8
“搾りたての乳と茶葉を煮た茶（ツアセ）を飲みながら、”
「お茶と牛乳が混ざると飲めない」と言っている知人がいたので、これは飲めないでしょうねえ。知人はミルクティーがダメだそうです。

p.8
“また、消える。ぎくりと硬直させると、急に見えるようになった。”
幻覚……？　疲れてらっしゃるのでは？　休みましょうよ。

p.10
“動いているものの一切が、目に映らなくなってしまったのだ。”
うーん……謎の症状。そんな病気があるのでしょうか？

p.19
“演手と呼ばれる者たちが即興で場面を彩った。”
エチュードですか？　難しそうですけれど、面白そうです。

p.23
“物語を作る上で最も難しいのは、絶望を月並みにしないことです。絶望の彩（いろど）りこそが物語の出来を決める。”
……なるほど。言われてみれば確かに、そうかもしれません。
簡単な御涙頂戴や軽々と光へ向かう物語を読むと、ガッカリします。本当に深い悲しみに触れた時、悲しくともどこか安心します。

p.26
“
「しかし、信を裏切る者も中にはいるのではないか？」
　ゴーガスがちょっと意地悪に尋ねてくる。マーラは迷わず言いきった。
「裏切る人はいません。そもそも信じるというのは、相手の許しもなしに、期待という自らの幻想を人に託すことですから。期待の幻想が解けても、その人の本当の姿が見えるだけです」
”
格好良い……。ここまで言い切れるとは……。なんてお強い方。
わたしはどうしても、勝手に期待して勝手に失望してしまいます。愚かです。

p.32
おぉ……。登場人物が一気に増えて、わからなくなってきました。
あとでまとめを作らないと……。「主な登場人物」のページはありましたけれど、足りません。

p.32
“アゴールには立場が上というだけの理由で、常に敬わなければならないという感覚は乏しい。”
いいですね。日本も見習ってほしいです、のびのび生きましょうよ。

p.40
“どんな魂にも、生まれ持った歪みはあるものなのよ”
完璧な人間なんていないので、当たり前です。当たり前のことなのに、ハッとしてしまいました。
善い人は、隅々まで善いと思い込んでしまうところがあります。そんなことないのに。わたしが勝手に期待してしまっているだけなのに。

p.41
“その有り様だけは人が決められる。正しくなくても、正しくあろうとすることは出来るのよ”
美しさに憧れていました。見た目の話ではなく中身の。美しく生きるとは正しく生きることなのではないかと思っていたのですけれど、わたしが思う「正しさ」が他者にとっても正しいとは限りません。それを苦しく思う人もいます……。
わたしは、美しくも正しくもなれませんでした。

p.41
“
「変わろうとしなくても良い、僕は僕のままでいてっていう、優しい言葉を囁（ささや）いてはくれないのかい」
「それは優しいだけで、美しい言葉てはないわ」
”
わぁ……心にグサグサきます……。そうですか……、美しくないですか……。
なるべく優しく在りたいとも思っていたのですけれど、わたしの憧れは両立しないものだったのですね。美しく優しく生きるなんて、無理なのですね……。


2024/06/23　p.41-127

p.42
“魂は、正しいから美しいんじゃなくて、正しくあろうとするから美しいのよ”
ほう……。
この本に出てくることばたちが力強くて、自分のことばを失ってしまいます……。

正しく在りたいですね……。

p.45
“そもそも、顔かたちは選べないのに、性格は変えられるという思い込みが、私は不思議でならないのです。意識を変えることで改まる部分はありますが、そういう努力は化粧のようなものではないでしょうか。”
（中略）
“私も、人は変われると思っていた人間だったが……化粧か。確かにな”
族長さんと同じ感覚です。人は変われるものだと思ってしまいます。むしろ、そうであってほしいと願っています。
……ダメなのでしょうか。

p.51
“驚愕（きょうがく）した。聞くと、おじさんの目も全く同じ現象が起こっているのだという。”
ひとりだけではないのですか……。じゃあ、ひとりだけ脳に何か問題が起こったわけではないのですね。
一気にみんな化かされているか、流行病か……？　一体何？　何故？

p.52
“自分にはどうすることも出来ない変化に、大事なものを奪われてしまう──”
移動する民族にこの変化はキツいです……。
そもそも、族長が話せなくなってしまいます。彼らに文字はないのですから……。

p.55
“困ったものだと嘆く者はいても、信じられないと取り乱す者はいない。半ば仕方ないという顔で、皆、悲しみながらも異変を受け入れようとする。”
彼らの捉え方、凄いですね。こんな異変でも、自然界の一部と捉えることができるのですか。まぁ、人間にはどうしようもないことですけれど。
彼らだったら、わたしたちの世界で起こった流行病も、パニックにならずに受け入れていたのかもしれません。人と距離を取るしかないのだな、会ってはいけないのだな、と。……まぁ、情報伝達が口頭しかないのでなかなか厳しいでしょうけれど。

p.62
“「元気に過ごさないと、損だって思ってるだけよ。根っからの貧乏性なの。何を思って過ごしたって、同じ一日なんだから」”
損……ですか。無意味にただ時間に耐えているだけのわたしは、彼女からすれば大損をしているのだと感じるのでしょう。
嗚呼、お強いです……。眩しいです……。

p.78-79
“今、精霊に真っ先に伝えるべきなのは、助けて欲しいという哀願ではないのか。願ったところで、精霊はこの世界を見ているだけで、所詮（しょせん）何もしてはくれないだろう。でもせめて、元通りにして欲しいと、天に向かって祈ることは出来ないか。”
精霊って、神様のような存在だと考えたら良いのでしょうか。

わたしだったら、祈ってしまいます。かみさま、たすけてください……と、何度もなんども。

p.82-83
“玉座のその人は、生粋の稲城民（いなきのたみ）らしく、瞳の色は紫、縁（ふち）には僅（わず）かに金が入っている。ゆるく巻いた灰梅色（はいうめいろ）の髪は胸の前まで垂れ、普通の官吏よりも長い。”
そういえば、この世界の人たちの見た目がどんなものか、あまりわかっていませんでした。アゴールの方々は確か、茶色い髪と肌だったはず。

p.93
“神のように崇められているので、名を口にするのを憚（はばか）って祖主と呼ばれている。稲城では絶対的な神というものを信じる代わりに、祖主の言行を重んじ、それに従って生きているのだった。”
こちらは精霊ではなく祖主ですか。この世界に神はいないのですか？

p.99
“稲城の奴ら、移動もしないで、年がら年じゅう同じ土とばっかり話してるせいで、考えまで凝り固まってんだ”
面白い捉え方。彼らには当たり前の感覚なのかもしれませんね、土との対話。面白いです。

p.106
“「私の生き絵で皆を改心させる」と息巻いて、作品を作った。”
人のことはコントロールできないですよ……。自分が変わるしかないです。

p.108
“どんなに素晴らしい作品が世に広まったとしてもね、社会はその意図通りに変わることはないものだよ。芸術が変えられるのは、人の心の温度だけさ。”
「人の心の温度」って表現、すてき。

むしろ、変えられないからこそ、良いと思います。人をコントロールできてしまう作品なんて、こわいです……。悪用されたら人々はしんでしまいます。科学がそうだったように。


2024/07/04　p.127-347

p.141
“秋霜烈日（しゅうそうれつじつ）”
「秋の冷たい霜と夏の烈(はげ)しい日光。権威・刑罰などが非常にきびしいたとえ。」……だそうです。なるほど。初めて知りました。

p.149
“若い族長は、すっと、腕を傍（かたわ）らの通訳の背に宛がった。”
（中略）
“彼は通訳の背を一定の手つきで叩いているのだった。”
族長、話す術を手に入れたのですね……！　素晴らしいです。

p.179
“しかし彼は、そんなものは慣れで解決すると言う。”
確かに、人間の慣れの力は凄いですけれども……。
まったく別物になってしまった作品を、人々はどれだけ受け入れられるのでしょう。

p.179
“
「考えすぎなんだよ」
　その一言が、決定的な絶壁となった。
”
長い時間考えてしまう人ほど、このことばはしんどいです……。

p.196
“嘘の臭いがしなかった。”
嘘に敏感な方なのですね。もしかしたら彼女も、嘘だらけの空間で吐きそうになった経験があるのかもしれません……。

p.196
“「自分の感情を、他人の二の次になんてしないでください。あなたに忘れられたら、その感情は死ぬしかありません。悲しいことは、素直に悲しんでおかないと」”
このことばを聞いていたら、過去のわたしの感情はしなずに済んだのでしょうか……。自分を殺すしかなかったのです、以前は。

p.201
“「家など、とうの昔に出てきてしまいました」”
親近感……。ご家族と、何かあったのでしょうか。

p.212
“たとえば陶器（すえもの）を商っていた店は木の什器（じゅうき）にとって代わられていたし、魚を扱う店もなくなっていた。”
割れ物は危ないし、動く魚は捕まえづらいし……生活の変化が反映されていますね……。

p.280
“余は、歴代の禾王の中でも華々しい存在になるだろう。さぞ絵物語は、余の英雄譚（えいゆうたん）で溢れるに違いない。”
この人、頭が良くて冷静で格好良いイメージだったのですけれど……段々、思っていたより阿呆なのでは……と思ってしまいました。トップになる人間は欲が強いものなのかもしれないですけれど……。
何だか、ここまできたら、ズタボロになる姿を拝見したくなります。

p.300
“恨みや絶望を抱いた正しくない（、、、、、）自分を忘れ、心の高潔さを保とうとした。”
苦しくなるほど、この感覚が、自分にもあると感じます……。
美しく生きたかった、醜い自分を認められなかった……けれどわたしは残念ながら、清らかな存在ではありません。それが事実です。
すべて忘れて、自分の中ではなかったことにしたいのに。

p.326
“あの技は、ゆるやかな動きが靄（もや）となって見えるこの目でない限り、見ることができないものである。”
わお。鳥肌……！
素晴らしいものを観せていただきました。満足。

p.345
“「動きが見えなくなった世界で、動きを前提とした芸術はどうなるのか？」という問いかけと対照的なものが、”
（中略）
“本だ。動きが見える我々は、ページという枠の中の動かない文字を追って物語世界を覗く。そうした対比が潜在的にある”
うまくことばにできていなかったですけれど……そうですね。確かにそうです。
作中でも本の人気が高まっていることが何度もえがかれていました。自分がいま手にしている物を、意識せざるを得ません……。

p.346-347
“普通に暮らす人々が突然の異変に見舞われるという設定は、新人賞への応募を始めた頃から構想していたそうだ。コロナ禍という現実が後から作品に重なってきた感覚だという。”
へえ。意識して書いたのかと思っていました。せかいが一気に変わってしまう感覚は、現代のわたしたちに強くあります。