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パリで原宿とアキバが融合した!? 二十一世紀に入って世界にもっとも広まった日本語は何か。それはまちがいなく「カワイイ」。ロリータ服で地下鉄に乗るフランス人に、なんちゃって制服に身を包んだタイ人と、世界じゅうの女の子が「原宿ファッション」をカワイイと支持しはじめた。日本に集まる羨望のまなざし。「東京は聖地」と断言する者から、「日本人の鼻はかっこいい」「黒髪がうらやましい」と語る者まで、日本がこれほどまでに愛されていることを、当の日本人だけが知らない。目の前に転がっているビジネスチャンス。不況脱出のカギは「カワイイ」にあり!
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Posted by ブクログ
(1)著者は、コンテンツメディアプロデューサーという肩書きで、外務省アニメ文化外交に関する有識者会議委員であり、外務省のポップカルチャー外交全般に関するアドバイザーも務めるという。
前著『アニメ文化外交』でも感じたが、この著者の素晴らしいところは、世界中をかけまわって取材し、活きのいい最新の情報を伝えてくれることだ。アニメ外交というテーマからさらに進め、ファッション、カワイイを追いかけて世界各地を回った結果の報告が本書だ。日本発のファッションに嬉々として身にまとう世界中の女の子の写真が満載なのもいい。
「制服を着ると、日本人になれたような気がするんです。」
「東京に恋しているんです。」
「私はロリータにななることで、自分になれました。」
「日本人は『カワイイ』民族だと思います。」
等々、世界の若者が日本のファッション(原宿ファッション)やポップカルチャーに向ける思いは熱い。世界の若者は、日本人が思っているよりもはるかに日本人が好きらしいということが
この本を読むとわかる。
この本で著者が強調していることのひとつは、原宿と秋葉原が、パリでは融合しているということだ。日本では、原宿系とアニメオタクはそれほど交わらない印象があるが、ヨーロッパではちがう。クールジャパンが世界に広がっていく流れは、アニメ・マンガから始まり、それに日本食、ファッション、日本語などが追随していくかたちになっている。たとえば現在のヨーロッパのゴスロリファッションの定着には、『NANA』、『DEATH NOTE』などが与えた影響が大きいという。日本発が渾然一体となって影響を与えているのだ。
日本の制服も人気で、そこにもマンガやアニメのなかの制服姿の主人公の影響が見られる。『新世紀エヴァンゲリオン』、『犬夜叉』、『時をかける少女』、『涼宮ハルヒの憂鬱』などがそうだ。著者はスペインの大規模なアニメ・マンガ関係イベントで日本の制服風の服を着た二人組みに会い、彼女たちが「日本の女子高生の制服は自由の象徴です」と語ったことに衝撃を受けたという。制服も含めた日本発の「ファッション」全体が、何か新しい「可能性」、「自由」、「未来」などにつながる憧れの対象になっているのだろう。
(2)日本のファッションにしてもサブカルチャーにしても、なぜ世界で支持されるのかを考えると、結局は「自由」という言葉に突き当たると著者lはいう。たとえば、日本人は、「何よりも、自由に服をつくっています。いろいろな種類のファッションがあるのもいいですね」など、これに類する感想がじつに多いようだ。アニメの特徴のひとつにそれが扱う世界の「多様性」があるように、東京のファッションは「選択肢の多さ」が素晴らしいという外国人が多い。
外国人は、日本、とくに東京に「選択肢の多さ」、そして「自由」、「可能性」というイメージをもっているようである。日本には、クリエイティブなジャンルにおけるタブーが少なく、製作者が自由に表現したりつくったりできる風土があるのだろうか。アニメは子どもが見るものという呪縛を打ち破ったのも、そうした自由の結果かもしれない。
ではなぜ日本で、そのような自由な風土が生まれたのだろうか。この本では、そうした問いへの分析はしていない。ここからはこの本のレビューを離れて、いくつか理由を考えてみる。
とりあえずマンガにしぼっていえば、ひとつ興味深い指摘がある。欧米のマンガ市場はおとなが子どもに読ませたいものを買う市場なのに、日本のマンガ市場は子どもが自分で選んだ本を買う市場だった。それで、おとなが読ませたいものを書いたマンガではなく、子どもが読みたいものを書いたマンガが発達した。その結果、日本のマンガは欧米ではとうてい考えられないような表現の自由をかなり早くから確立していたのだという。(この指摘については増田悦佐の『日本型ヒーローが世界を救う』を参照されたい。実に面白い本なのでこのブログで近々、書評するつもりだ。)
もうひとつ挙げるなら、やはり宗教的なタブーが少ないということ。また、島国であり、ユーラシア大陸から適度が距離で離れているため、大陸の諸民族からの攻撃や暴力的な支配をほとんど経験しなかったため、大陸の文化のうち自分たちに合う要素を抵抗感なく自由に取り入れて、自分のものにすることができた。かつては中国やインドから、近現代ではヨーロッパやアメリカから。そして、昭和の一時期を除いて、強力なイデオロギーによる文化の一元支配が、長い歴史のなかでほとんどなかったから、多様な文化アイテムが自由に並存することができた。その、ごった煮のような状態から、自由な発想や組み合わせが生まれてくるのではないだろうか。
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