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Posted by ブクログ
本書は、日本のピアニストの歴史を紹介する本というより、「日本にピアノ文化がどのように根付き、発展してきたのか」を描いた一冊だった。
海外へ留学して技術を学び、日本へ持ち帰った先人たちから始まり、世界で活躍するピアニスト、ヤマハやカワイによる楽器づくりや音楽教室、コンクールの開催など、多くの人や組織が関わることで文化が育ってきたことがよく分かった。特に、海外視察ではピアノだけでなく生活様式まで見ていたという話や、楽器だけでなく学ぶ場や発表の場まで作っていたという話は、『世界一のトイレ ウォシュレット開発物語』にも通じる「モノだけでなく文化を育てる」という視点が印象的だった。
浜松が楽器の街になったきっかけが、小学校へのオルガン導入と、それを修理した技術者という偶然から始まったという話も面白い。歴史は必然ではなく、偶然と人の熱意が重なって形作られることを感じた。
ショパン国際ピアノコンクールでは、「次も聴きたいか」という観点で審査が行われることが興味深かった。芸術では技術だけでなく、人の心を動かす演奏が評価される一方、そこには審査員の好みも入り込む。その中で、ブルース・リウが予選からセミファイナルまで一度も「ノー」を付けられなかったという話は、優勝者としての説得力を感じた。また、ピアノメーカーにも着目すると、コンクールの見方がさらに広がりそうだと思った。
終章では、リサイタルだけでなく、YouTubeやエージェント契約、オーケストラ運営など、ピアニストの生き方が多様化していることが紹介される。サロンからホール、レコード、CD、ストリーミングへと音楽が「開かれていく」歴史を知り、今は誰もが音楽に触れられる恵まれた時代なのだと感じた。
演奏家だけでなく、教育、メーカー、コンクール、メディアなど様々な立場からピアノ文化を描いており、日本の音楽文化を立体的に理解できる一冊だった。
Posted by ブクログ
2022年時点での日本人ピアニストの現状とその礎となった先駆者たちの世界との闘いの足跡、国内ピアノメーカーの歴史等がコンパクトにまとめられた良書です。
クラシック、特にピアノに興味があれば、得るところ大の内容です。
以下は私の備忘録。
序章「オルガンからピアノへ」
1900年初頭には山葉(日本楽器からヤマハへ)、西川(後に日本楽器に吸収される)、松本(後の山野楽器へ)の3社がピアノメーカーとして奮闘。日本楽器を退職した河合小市が後の河合楽器を設立。
第1章「日本人ピアニスト誕生と東京音楽学校」
・1871年岩倉使節団の中には、山川捨松(12歳)、永井繁子(9歳)、津田梅子(8歳)という若き才女が含まれ、彼女たちは海外で本格的なピアノ教育を受けた
・神がかりの演奏スタイルで人気を博した久野久(くのひさ)は、ベートーヴェンの大家とも称され、ベートーヴェンの演奏でウィーンを征服すると意気込んだものの、現地でリストの高弟から直接レッスンを受けた際に彼女の演奏スタイルは全否定され、失意からかオーストリアのホテル屋上から投身自殺した。1925年享年38歳
・1918年生まれの藤田晴子は、日本音楽コンクールで1位、東京帝国大学法学部入学、卒業後は調査立法考査局の主幹まで上りつめ、音楽評論の著書まである。いわゆる、東大卒の角野隼斗や文筆家でもある中村紘子や青柳いづみこらの先駆者だった
・パリ音楽院を卒業した2人のかぐや姫。原千恵子(1914年生まれ)、安川加壽子(1922年生まれ)
第2章「東京藝大と桐朋学園」
・1949年東京音楽学校は東京藝術大学に生まれ変わる
・チェリストの斎藤秀雄は後の桐朋学園となる《子供のための音楽教室》を1948年に立ち上げる
・《子供のための音楽教室》卒業第一期生には、小澤征爾(1935年生まれ)、堤剛(1942年生まれ)、3歳で参加した中村紘子!!
・1952年《子供のための音楽教室》は、桐朋女子高校の音楽科として併設された。山本直純も卒業
・1955年桐朋学園短期大学部、1961年桐朋学園大学音楽学部が設立
・中村紘子は15歳で日本音楽コンクールピアノ部門で優勝(バリバリ弾く井口愛子・基成派とエレガントに弾く安川加壽子派との確執)。
・中村紘子は、チョ・ソンジン(1994年生まれ)、藤田真央(1998年生まれ)、牛田智大(1999年生まれ)を指導
・草月コンテンポラリーシリーズは芥川也寸志(1925年生まれ)、武満徹(1930年生まれ)、黛敏郎(1929年生まれ)らの作曲家で結成され、ピアニスト高橋悠治(1938年生まれ)が演奏
・1954年東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校が神田駿河台に、1995年には上野に移転
・藝高卒業生には、小山実稚恵、横山幸雄、青柳いづみこ、斎藤雅広、田部京子等
・1949年武蔵野音楽大学、1950年国立音楽大学、1958年上野学園大学音楽学部、1963年東京音楽大学(東洋音楽大学)と東邦音楽大学と音楽大学等がスタート
・スズキメソード音楽教室の卒業生に葉加瀬太郎(1968年生まれ)、ヨーヨー・マ(1955年生まれ)等
第3章「ヤマハとカワイの出生地」
・1950年代のヤマハがロールモデルとしたのは、スタンウェイ
・ヤマハ音楽教室のマスタークラスには、鈴木弘尚(1978年生まれ)、三浦友理枝(1981年生まれ)、小林海都(1995年生まれ)が育った
・カワイ音楽教室マスタークラスには、三浦謙司(1993年生まれ)、高木竜馬(1992年生まれ)、安並貴史(1992年生まれ)等
・1991年スタートした浜松国際ピアノコンクールは1994年から中村紘子が審査員に参画してから激変。アレクサンダー・ガヴリリュク、上原彩子、ラファウ・ブレハッチ、アレクサンダー・コブリン、チョ・ソンジン等を輩出、特にラファウ・ブレハッチとチョ・ソンジンは後にショパンコンクールを制する
・中村紘子の持論《演奏家としての勝負は10代半ばでかなりの確率で決まってしまう》により、2000年より年齢制限を上限のみの30歳までとした
・1996年から始まった中村紘子監修の浜松国際ピアノアカデミーでもコンクール1位を毎年決める(清塚信也、小菅優、上原彩子、チョ・ソンジン、牛田智大、高木竜馬、藤田真央という精鋭が巣立つ)
・浜松は『楽器と音楽のまち』
第4章「海外で活躍するピアニスト」
・内田光子『死ぬ時にはシューベルトを弾いていたい』『モーツァルトの音楽には、人間世界がある。シューベルトは、だんだん消えていく魂』
・フジコ・ヘミングの飛翔は1999年のNHK番組がきっかけ
第5章「ショパンの聖地で輝いた若者たち」
・作者のショパンコンクール参加者の推しは、2000年山部絵理、2005年根津理恵子、2010年木米真理恵、2015年小林愛実
・2020年(コロナ禍で2021年)大会の日本人セミファイナリストは、進藤美優、反田恭平、角野隼斗、古海行子、小林愛実。牛田智大と沢田蒼梧が進めなかったのは、ショパンランドに鎮座する審査員独特の好き嫌いと《次のステージを見たいか》という審査員投票評価が左右した
・『ショパンを弾くとすべてがバレてしまう。弾き手の性格まで見えて隠すことができない』イリーナ・メジューエワ
・コンテストがどのメーカーのピアノを選択したかも注目、2020年ショパンコンクールでは、カワイは3人のファイナリストをサポートしたが、ヤマハは1人もセミファイナルに送り込めなかった
・ショパンコンクール日本人歴代入賞者
1955年田中希代子10位
1965年中村紘子4位
1970年内田光子2位
1980年海老彰子5位
1985年小山実稚恵4位
1990年横山幸雄3位、高橋多佳子5位
1995年宮谷理香5位
2000年佐藤美香6位
2005年山本貴志、関本昌平2人が4位
2020年反田恭平2位、小林愛実4位
終章「日本のピアニストの現在地」
・若き新人の登竜門ピティナピアノコンペティション出場者(角野隼斗、太田糸音、黒木雪音、古海行子、沢田蒼梧、亀井聖矢、務川慧悟、阪田知樹など)⇒音大卒だけがピアニストへの道ではない
・異色のユーチューバーピアニスト、角野隼斗やマルチな活躍(自らのオーケストラを創設したり株式会社を立ち上げ奈良を拠点に活動したり、音楽イベントや音楽祭を計画)する反田恭平
付録は、「日本のピアニスト、ディスコグラフィ30」と題して30人のピアニストアルバムを紹介。特に、面白い紹介文を列挙
・フジコ・ヘミング《カーネギーホールライブ》⇒賛否両論あるフジコ・ヘミング。けれどももう指が回っていないだの、スコア通り弾いていないだのといった議論は横においておく。フジコ・ヘミングという魅力あるピアニストの人生が発露したそのパフォーマンスに拍手を贈れるだけの教養が聴き手にあるのか、ないのか。
・三浦友理枝《エルガー作品集》⇒いつもの様に美しい横顔でピアノを弾く三浦友理枝ではなく、じゃじゃ馬をどうにかして慣らそうと奮闘している感じが素晴らしい
・上原彩子《チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番》⇒結婚、出産を経て、ピアノ一辺倒だった彼女の人生に様々なエレメントが加わった。コンクールで優勝した直後、プラハのオーケストラとモーツァルトのコンチェルトで共演した時は、彼女とオケのテンポが合わず、彼女に合わせようともしてくれなかったことも経験した。そんなこんなが詰った濃厚な音楽空間。
・藤田真央《ラフマニノフ 学興の時》⇒それにしても、あの呼吸の深いピアノは何なんだ!音だけ聴くとどこのマエストロかと思う。藤田真央と反田恭平は、もう放っておいても大丈夫だ。多分。
・アリス紗良オット《リスト 超絶技巧練習曲集》⇒タイトルは、超絶技巧というワードがある。けれど、彼女のピアノはそんなことを感じさせない。薄暮の囁き、地鳴りの様な咆哮、瞬時にビジュアルイメージが立ち上がる多彩な表現力。ドイツグラモフォンのエンジニアは、そんなダイナミックレンジの広い彼女の演奏を余す所なく掬い取る。
・小林愛実《ショパン 前奏曲集》⇒2021年のショパンコンクールのセミファイナル、小林愛実は前奏曲全曲を弾いた。鳴り止まない拍手、スタンディングオベーションをしている審査員も何人かいた。彼女は彼女のやり方でワルシャワを魅了してみせたのだ。ブルースリウが弾いた《ドン・ジョバンニ変奏曲》とともに、この大会のトピックとなった名演だ。
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