ユーラシア大陸にまたがるソビエト連邦(現ロシア)は西にヨーロッパ、東に日本や中国、南にインドやイスラム諸国と隣接する(日本は海を隔てているが、かつては大陸に満洲国を設立している)、巨大国家である。安全とは言えないまでも、他国からの侵入を防げるのは北側に広がる北極圏のみといっても過言ではない。近年は地球温暖化によりその北極海も人が立ち入れない安全圏内と言えなくなりつつあるが。だから今尚、ソ連(現在のロシア)は資本主義の各国との間に緩衝地帯を設けることが重要な戦略となっている。近年ウクライナを侵攻したロシア。ウクライナが西側ヨーロッパ諸国に近づき、NATOに加盟してしまえば、そこは一気に緩衝地帯が消えることを意味する。ウクライナが西側へ向かえば向かうほど、ロシアの国益が危険に晒されてしまうから、そうなる前に叩くという考え方は、ロシア側からすれば当たり前の事なのであろう(プーチンを擁護するつもりは微塵も無い)。
かつての太平洋戦争時、前述した世界視点で言えば第二次世界大戦の頃、ソ連は西にドイツ、東に日本という二つの脅威に晒されていた。だが世界情勢は複雑怪奇。ドイツはフランスを占領し、西のイギリスとの直接対決が直近のタイミング。ドイツから見れば、東にはソ連がおり、二正面作戦はとれない。日本はと言えば太平洋ではアメリカやイギリスとことを構える目前、既に大陸では終わりの見えない中国との戦線も膠着。ここに更にソ連の脅威が間近にあっては、当時の国力では厳しい状況に陥る。ソ連、ドイツ、日本がそれぞれ複雑な状況を抱え、互いの出方次第では、国家が危機に瀕してしまう。
この様な時代に相手の出方を探るに最も適した方法はスパイである。中でもヒューミントと呼ばれる、人間による諜報活動が重要になる。ゾルゲもソ連の諜報機関に属しながら、西ドイツの新聞記者に扮して日本で活動をしていた事は有名である。本書は当時の日ソ中立条約の行末を中心とした、日ソ両国の読み合いを描いているが、ゾルゲだけではない、かつてのソ連時代に存在していた、様々な諜報機関と日本人との関わりを描いたものである。日本人側にフォーカスを当てたものが多い中、ソ連側視点で人物を描いている所が面白い。スターリンが如何に日本を恐れ、猜疑心の塊になっていたか。まだまだ情報リークに直接関わった日本人が全て綺麗に解明されたわけではないが、かなり人物特定に迫った記載もある。題材がスパイだけに血生臭いシーンを思い浮かべるが、本書は当時の軍部の状況とドイツ、日本の関係性中心に描いているため、凄惨なシーンなどは無い。ただただ繰り広げられる読み合いの記録はある意味スリリングだ。
現在もなおロシアの諜報機関による活動は活発に行われている。もしかしたら、電車の吊り革に掴まりながら、あなたの後ろでスマホを覗き込んでいるスパイがいるかもしれない。