"はじめに
手の大きい板前さんが握った寿司は普通の寿司より大きくなってお得なのではないかという意見があると思います。
しかし、寿司には人が美味しいと感じる大体のサイズがあり、握る人の手の大きさによってサイズが変わることはありません。"
"知らない番号から1件の着信。
恐る恐る電話に出たが、黙っている様子。
「もしもし?」ともしもししてみると「……もしもし」ともしもししてきた。「あの……どなたですかね?」と聞いてみると
そいつは「台風です」と答えた。"
"今日はお休みだったので家で車を洗うことに。車の汚れを落としワックスなどを塗りピカピカにしていく工程はとても気持ちがよく、免許こそないが僕の休日のルーティンのひとつなのだ。
もちろん自分の車は所有していないので後輩の車を洗わせてもらう。"
ここまでの言葉の並びで興味を持った方はぜひ読んでください。興味がなくとも「なんだこれ?」と思った方も読んでください。常に「なんだこれ?」と思いながらもとても面白いです。
この本、ジャンルとしては何になるんでしょう?小説?散文?でもまぁ堂前さんご自身が日記と言っているので日記なのでしょう。
人生で何人か「この人は天才だ」と思う表現者に出会ってきました。努力と運では手に入らない領域の何かを恐らく自然に会得した人たち。お笑いコンビロングコートダディの堂前さんもその一人だと思います。
彼にしかできない発想を組み合わせて作るコントも漫才もとても好きで、長年のチャレンジの果てにキングオブコント2025で優勝した時は私も嬉しかったです。「コードネーム」のコントが好きです。
その堂前さん独特の発想が詰まりに詰まってまとまった一冊。2018年から2020年にウェブ上で書かれた「日記」が日付順に掲載されています。現実と空想の境目があいまいになる、堂前ワールドにしかないあの不思議な感覚。
堂前さんは潤沢かつ絶大な瞬発力を持った8割の発想を2割の計画力で緻密に計算してネタや文章を書く方だと思いました。たぶん日記の中にある
「福井に帰省した」
「大阪の行きつけの飲み屋に自分の単独公演のポスターを貼ってもらった」
「ある日の劇場の雰囲気が少し違った」
これらは現実だと思うのですが、そこに混ぜ込まれる彼にしか出せないファンタジー。他のどの人もこの世界観を作ることはできないと思います。日記の中で相方の兎さんが2回程行方不明になったのですがそんなこと現実では起こってないですからね。急に「相方と連絡が取れない」と書かれているのでドキッとしますが兎さんはお元気ですから。
作中、突然当たり前のように下ネタが出てくるのですがそれは堂前さんのキャラクターですしご結婚された今はそんなことないんだろうなと思って読み進めました。人を傷つけない下ネタなので安心してください。
キングオブコントやM-1で結果を残しはじめ、コロナ禍に向かう日々の中で考えたこと、自身の中で無限に広げた空想。あの頃だからこそできた空想たち。
2026年に入ってからの最新の日記も面白かったです。サプライズで実家に帰省したのに家族もみんなサプライズで東京の自分の家に行ってしまうという悲しい一日があったそうです。悲しい……
天才が考えていることってこういうことなんだなと思う以上に、見え隠れするご家族や支えてくれる方々への感謝が愛おしい本でした。あと、2018年ごろに願っていた「猫を飼いたい」という夢をかなえて今は2匹の猫を溺愛しているという事実にもほっこりしました。
きっとこの芸人さんのファンでいつづけるのでしょうね私は。