日本人唯一のユネスコ世界遺産条約専門官である著者が、世界遺産への申請、登録、維持管理などに関する現状や課題について述べた一冊。
個人的に、世界遺産検定3級、2級を取得し、興味を持っていました。世界遺産に関する本は何冊か読んでいますが、これまでは世界遺産とは何かを述べた上で、その著者が薦める世界遺産を取り上げ、その歴史や成り立ちなどを紹介する内容がほとんどでした。それはそれで面白いのですが、本書のように、実際に世界遺産に関する仕事をしているかたの著書はひと味違う面白さがあります。
日本人が世界遺産を好きな理由、実際の現場の苦労を詳細に紹介している点は非常に興味深く、世界遺産を守る姿勢からは、都市開発にまつわる課題や、観光・経済との両立する際の課題など、身近な課題と共通点があります。世界遺産を訪問する際の心がけ、世界で働くことの意義、世界から日本人はどう見られているか、世界に出なくなった日本人に対する意見などは、このような仕事をしている著者ならではだと感じます。世界遺産が好きな人はもちろん、いろいろな人が読んでも楽しめる一冊だと感じます。
巻末のお薦め世界遺産もなかなかマイナーなものばかりでますます世界遺産の奥深さを感じられます。
○わたしたち一人一人ができること
・なるべく地元の、環境をいつくしむようなスタンスの事業者の経営する宿舎を探して泊まること
・地元の味を進んで紹介したり、ローカルの製造者を支援しているお店やレストランでサービスや商品を買うこと、食事をすること
・数日間一ヵ所に滞在して、地元にお金を落とすこと
・壊れやすい古い遺跡に立ち入る時は公式ガイドを頼むか、当局の出しているガイドラインに沿って訪問し、落ちているものを拾ったり持ち帰ったりはしないこと
・ごみは持ち帰ること
・滞在国によっては街中でもふさわしい服装を心がけ、宗教的施設や移籍や町の中で静かに行動すること
このような心遣いをしてくれる訪問者を、その国の人々は良く見ているもの
▼現代世界と未来にとっての世界遺産の価値とは物質的、美的なものには決してとどまらない、それを超えたところにある
▼世界遺産が、これほどまでに日本人の心を惹きつけるのはなぜでしょうか?
景色が美しいから。建物が素晴らしいから。珍しいから。世界遺産のブランドが付いているから。だけでは決してないと思います。
日本人は古代から、外からくるものを柔軟に受け入れ、生活や技術に取り込んで、より優れたものとして磨きました。また、万物の中に神々を感じ、和を重んじ、自然を抑圧することなく人間の技の精緻を極めてきたと私は考えています。
そのような在り方が、世界遺産を尊ぶという理念への共感を通じて、伝統を重んじつつ、新しいものを受け入れる世界各国の方法を知りたい、という好奇心を育んでいるのではないかと思います。
▼遺産管理担当の組織や政府当局が地域社会と協力しながら、保全に十分配慮することができれば、観光は遺産にも市民にも、貴重な財源となります。
保全に必要な経済収入を獲得しながら、地域全体の経済成長に貢献し、地域社会のアイデンティティと住民の生活を工場させることもできるのです。持続可能な観光とは、遺産周辺に住む人々に社会的、経済的、環境的な利益をもたらすような方法でデザインされる必要があります。だからこそ、世界遺産の保護に取り組む人々の責任は大きいのです。
▼世界遺産条約は、ご存じの通り政府間の約束事であり、条約の批准やそれに関係する活動を推進するのは究極的には独立国家の責任です。
しかし、これまで見てきたように、世界遺産の保全や活用は、そういった法律的な枠組みによって支えられている面もありますが、毎日遺産を管理するにあたってさまざまな問題に直面する当局や、遺産のある地域に居住する共同体や住民の皆さんなど、多くの利害関係者の生活を切り離しては考えられない面があります。
登録されることによって、周辺やより広範囲な地域に住む人々の経済状態や教育、慣習に大きな影響を与えている例がいくつもあります。それらのケースをひとつひとつ見ていくと、解決にひな型はなく、地道に共同体との対話を進めたり、建前でない本音の部分をどれだけ理解できるのか、ということも重要だとわからされます。
また、多くの国際的な問題への取り組みの上で、地域住民の存在が重要視される一方、政府間の枠組みを主体とするプログラムがどのように参加型のガバナンスを実行していけるのか、興味深い課題です。
▼その周辺にすんでいる人々に、どんな利益や幸福を生むことができるのか。また長期的視野で見て、世界遺産保護の義務を果たすことにどのように意義を感じていただくことができるのか。
それは、この地域を守る担い手である人々に関する大きな課題として、これからも世界遺産の挑戦であり続けると思います。
▼日本人に対する世界の認識は総じて良いものだと感じます。
それは、日本の国際協力や企業のお金が投下されているという以上に、仕事で、観光で、直接に関わった日本人への印象がそのまま、彼らの感じ方に反映されているからでしょう。
▼「最近日本人の若者はあまり外に出たがらなくなった」というような報道を読んだりすることがあります。それはけして悪いとは思いません。
自分のいるところに価値を見出し、できることをし、毎日を大切に生きることが、すべての基本にあると思います。
▼あらゆる文化や人間の営みの根本は、出会い、取り込み、形成され変容していく、そのダイナミズムと多様性にこそある
<目次>
まえがき
1章 世界遺産の本当の魅力は「多様性」
2章 世界遺産はどのように選ばれ登録されるのか
3章 世界遺産のメリットとデメリット
付録 私のお薦め世界遺産