毎日新聞大阪社会部取材班の作品一覧
「毎日新聞大阪社会部取材班」の「介護殺人―追いつめられた家族の告白―(新潮文庫)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「毎日新聞大阪社会部取材班」の「介護殺人―追いつめられた家族の告白―(新潮文庫)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
Posted by ブクログ
介護者による被介護者の殺人について、当事者や関係者へのヒアリング、同様の立場の人達へのアンケートなどをまとめたもの
どんな事件だったのか?
どんな状況で起こったのか?
どんな判決を受けたのか?
介護者のその後を追ったケースもあるが、どこを切り取っても胸が痛くなる事ばかり
介護を長年続けて来たことによる疲弊
しかし……
預けられる施設がない
あったとしても高額
預けたとしても、被介護者が「いやがる」「かわいそう」という感情から自宅介護に戻ってしまう
真面目な人だから様々なケアをせざるを得ない
施設のケアが自分よりも充分ではないと思ってしまう側面もあるのではかなろうか
介護をしている人へのアンケート結果も生々しい
「介護している家族を殺してしまいたいと思ったり、一緒に死のうと考えたりしたことがありますか」という極めてセンシティブな設問に対し、「はい」と答えた人が20%にも及ぶ
どんな時にそのように考えたかについては「介護に疲れ果てた時」「将来への不安を感じた時」という回答が多い
そしてやはり、不眠状態が「続いている」と「時々ある」を合わせると60%
介護殺人に至ってしまう状況としては
睡眠不足
判断力の低下
介護者の社会的孤立 などが考えられる
周囲のサポートがあれば防げたかも知れないけれども
どこまで踏み込んでよいか、そんな余裕があるかも難しい
今後、被介護者の人口が増え続けるであろう日本では、施設の設置が間に合うわけもなく
国は在宅介護を推奨せざるを得ない
一人の被介護者にはかならず一人以上の介護者がいる
だとしたら、その人の社会的な生活はどうなるのか?
介護保険の適用項目を増やしたところで、それをするのもまた人手が足りなくなるだろうし
暴れたり徘徊などを行う被介護者は施設としても受け入れがたい
となると、やはり「家族」という単位で負担が増す事になる
重松清による解説で、「介護」「殺人」という不釣り合いな単語を結びつけるのは「愛」
という言葉が重く響いた
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僕が言いたいのは、介護殺人は、ずうっとさかのぼっていけば家族愛に至ってしまう、ということ。つまり、介護殺人とは「愛する人を自分一人で愛さなければいけないと追いつめられてしまった果てに起きてしまった殺人」おそらく、真の意味での被害者は、殺された人と殺してしまった人の二人なのだ。いや、両親が殺人事件の加害者と被害者に分かれてしまった子どもたちの悲しみと葛藤を思うと、介護殺人には被害者しかいないのだと言ってもいいのではないか?
最後にいま一度、念を押して申し上げる。
僕は本書を、社会に警鐘を鳴らす優れたノンフィクション作品として読む一方で、愛が人を殺してしまう深いジレンマを描いた文学作品としても(取材班はそんなものを望んではいないかもしれないけれど、勝手に)味読したのである。
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世間にはそうではないものもあるかもしれないが、この本の中で言及されているケースはそうであると思った
愛ゆえに介護し、愛ゆえに追い詰められて、愛ゆえに終わらせてしまう
2006年に京都市伏見区の河川敷で起こった事件が介護殺人を有名にした
裁判で吐露した言葉
「母の命を奪ってしまいましたが、生まれ変わるのであれば、もう一度、母の子として生まれたい」
が有名になった
「できるだけ人に迷惑をかけないように生きようとすれば、自分の持っている何かをそぎ落として生きていかなければならないのです。限界まで来てしまったら、自分の命をそぐしかないのです」
という言葉が重い
ずっと介護をしてきて、疲弊した環境で起こってしまった事件で有罪になる介護者
一方、介護をしてこなかった身内や関係者は罪に問われない
このままでは、社会の風潮として、介護には手を出さないという行動が最適解になってしまう恐れがある
また、介護をしないという選択を選べない人達はずっとそのリスクをずっと負う事になる
この問題に解決策なんてあるのでしょうかね?
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なぜ彼らは最愛の人に手をかけたのか? その時、彼らの何が壊れたのか?
家族の「絆」がなぜ「悲劇」に変わってしまったのか?
全国の要介護認定者数640万人。「夫婦だから」「親子だから当然」と始めた家庭での介護が長期化し、困難を極め、やがて悲劇が起こる――。今、全国で続出する介護を苦にした殺人事件。なぜ最愛の母親を手にかけてしまったのか。家族の絆がなぜ悪夢に変わったのか、当事者の悲痛な叫びに耳を傾けた記者たちが目の当たりにしたのは、在宅介護の切なすぎる現実だった。慟哭と衝撃の最前線ドキュメント。重松清さん推薦。
重松清さん「解説」より
僕が言いたいのは、介護殺人は、ずうっとさかのぼっていけば家族愛に至ってしまう、ということ。つまり、介護殺人とは「愛する人を自分一人で愛さなければいけないと追いつめられてしまった果てに起きてしまった殺人」??おそらく、真の意味での被害者は、殺された人と殺してしまった人の二人なのだ。いや、両親が殺人事件の加害者と被害者に分かれてしまった子どもたちの悲しみと葛藤を思うと、介護殺人には被害者しかいないのだと言ってもいいのではないか?
最後にいま一度、念を押して申し上げる。
僕は本書を、社会に警鐘を鳴らす優れたノンフィクション作品として読む一方で、愛が人を殺してしまう深いジレンマを描いた文学作品としても(取材班はそんなものを望んではいないかもしれないけれど、勝手に)味読したのである。
愛ゆえに家族を殺めてしまった当事者の声なき声
▲絞めたらあかんと繰り返しながら妻を絞殺した夫
▲ごめんなとつぶやいて母親の点滴に睡眠薬を流した娘
▲もう一度、母の子に生まれたいと悔やむ息子
▲なぜ受け入れを拒んだのかと悩むケアマネジャー
目次
第1章 告白
真夜中のドライブの果て
検事さんには私の苦しみは分からん
第2章 先が見えない不安
長期介護という出口のないトンネル
母の愛が絶望に変わる瞬間
第3章 残った者の日々
「もう一度、母の子として生まれたい」
悲劇の連鎖
介護殺人が残す傷跡
第4章 事件は防げたのか
ケアマネジャーの告白
医師が感じていた兆候
「もう二度と孤独にはさせない」
現場の苦悩
介護で追いつめられる男たち
第5章 苦悩と絆
「いないとやっぱり寂しくて」
「ヤングケアラー」の苦悩と奮闘
家族を引き離した「多重介護」
とんがり帽子の屋根の家
第6章 介護家族の現実──支援の限界と急がれる見直し
介護家族アンケートから見えること
支援の現状と望まれる見直し
家族に介護が必要になった時
シリーズへの反響
文庫版あとがき
解説 重松清
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