元フジテレビアナウンサーでNY支局勤務時代の業務上横領関係のスキャンダル(本人は否定している)で左遷され、その後ほどなくして辞めてフリーになった長谷川さんが書いた本。最近は、ネットでもちょっぴり炎上系で売り出し中でもある(?)。
日テレ○、フジテレビ×、NHKお金あってずるい、という分かりやすい構
...続きを読む図を作って批評するスタイルはあまりにも深みが足りないと感じる。営業戦略上は正しいのかもしれないが。たとえば、フジテレビ他局の後追いとなっていることを批判するのに対して、日テレが朝の情報番組の『ZIP!』で『めざましテレビ』の動物コーナーを真似することは、どんどんパクッてブラッシュアップするのは健全、と言って褒める(フジテレビはブラッシュアップの努力をしていないということなのかもしれないが)。どこかでフジテレビに対するルサンチマンの感情があるのではないかと感じてしまう(本人は否定するかと思いますが)。
何よりも『見たいテレビが今日もない』というタイトルに沿うのであれば、本質的な課題は単純な民放局間の優劣ではなく、日テレとフジテレビは同じ側にいて批評されるべきものであるはずだ。テレビ局を辞めたけれども、思考の枠組みはあくまでテレビ局アナウンサーのもの、と言ってもいいのかもしれない。読者として、それでよし、という人もいるのだろうけれども、炎上スタイルとしてあえてやっているのか、ナチュラルなのか、いまいち判然としないところがある。一例を取り上げると、ホリエモン騒動のときにフジテレビが「堀江さんと共闘していれば、BeeTVやNOTTVがフジテレビから生み出されていたはずです。保身に走ったせいで、フジテレビはスマートフォンチャンネルの大きな利権を逃してしまいました」と書いている。どこかずれている(この例ではほとんど何もかも)ということと、意図の有無は別としてずれている可能性があっても、そこに言及することに決して及び腰にならないという特性を示している例と言っていいのではないか。そういう目で見ると、ブログへの彼の悪口を書き込んだのがフジテレビの人事局幹部であることがわかったとして、「フジテレビは3種類のIPアドレスをもっています。会社のパソコンからカキコミしていれば、一目瞭然で特定可能なのです。ハンドルネームを変え、時には関西人や女性になりすまし、彼は私の悪口を書き続けました」と書いてしまっているところも非常に危うさを感じてしまう。しかも、「自宅のパソコンからも私の悪口を書いています。...自宅住所と一致していることがわかったのです」と書いてしまうところも。ライブドアブログを使っているのでIPアドレスが特定できるからと言うのだが。
スキャンダルの件で守られなかったのは、内部でも煙たがられていたというのもあるのではないのかなとは思う。女子アナネタ中心に先輩風を吹かして語っているが、ここに書かれたアナウンサーの方々はどう思われているのかなとも思ったりもする。といいながらも、面白くなかったわけではないかったのだが。ということは営業戦略上は正しいのかもしれない...。