あらすじ
まさに今、世界中が新型コロナウイルスの猛威に翻弄されている。なかなか収束の出口が見えず、五里霧中ではあるが、ただ一つ確実なことがある。それはウィズコロナの時代には、流行前と比べて我々の住む世界が一変するということだ。
本書は、戦前から様々な難局を超えて100年以上、事業を継続してきた宝塚歌劇団の実態に迫る。「知る人ぞ知る」「ニッチな」エンターテイメント事業に隠された経営の秘訣は、ウィズコロナ時代が本格的に到来しても不変の真理であり、かつ多くの企業の経営戦略にも敷衍できるものであると確信している。
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Posted by ブクログ
こうして特徴のあるエンタテインメントを、客観的に分析してみるのは、非常に興味深い。
これからの時代、あらゆることがエンタメ化されていくだろうと、個人的には感じている。
教育などは分かりやすいが、先生が教科書を元にして、板書して授業するスタイルは変わっていくだろうと思う。
単純にオンライン化されるだろうことは想像できるが、もし昔ながらの教室という場所が変わらなかったとしても、授業の形態自体は大きく変わるかもしれない。
勉強が「つまらないもの」「苦しみながら身に付けるもの」という感覚から、「楽しみながら学んで成長するもの」という感覚に変化するだけでも、大きなパラダイムシフトだと思う。
当然、そういう時代の流れが来ていると思っているし、この流れは不可逆なはずだ。
だからこそ、時代に抗うのではなく、受容して変化に対応しようという気持ちになれるのだと思う。
もちろん教育現場に留まらず、他にもエンタメ化の流れは随所にある。
例えば企業の工場見学だって然り。
内容的に見事なくらいエンタメ化されていて、多くの人々で賑わっている。
エンタメ業界の人が体験しても、十分に楽しめるように、緻密に計算されて作られている。
どういうものが楽しめるかについては、さすがに何十年間分のトライ&エラーによる蓄積があるために、相当綿密に練り上げられていると思う。
お客様が繰り返し来場し続けることで、データはさらに蓄積され洗練され、それらを次の改善に活かしていけば、エンタメの進化は止まることを知らない状態になる訳だ。
このように世界がエンタメ化する中で、とんでもないエンタメノウハウの蓄積を持っているのが、宝塚歌劇団ということになる。
何と宝塚歌劇団の創業は1913年だというから、すでに100年を超える歴史を刻んでいるのだが、その歴史は順風満帆とは言えない。
数々の倒産の危機を乗り越えて、今の宝塚歌劇団がある訳だが、その中でもコロナ禍は大きな打撃だったはずだ。
宝塚に限らず、数々のエンタメ企業が、コロナ禍によって壊滅的なダメージを受けた。
中には廃業に追い込まれた企業も数多くあっただろう。
本書は、まさにコロナ禍の、2021年発行となっている。
その後宝塚歌劇団は、2023年に大きな事件が起こり、旧態依然の体制が見直されていくこととなる。
今現在であっても、とても盤石な体制とは言えず、トラブルは尽きないということだ。
企業運営とは、そういうものだと思う。
(サラリーマン発想で働く人には、ピンと来ない部分かもしれない)
2023年の事件によって、旧来の「芸能」という閉鎖されていた業界の壁が、音を立てて崩れていく。
いくら創業100年を超える老舗企業であっても、時代の変化に合わせられなければ、生き残ることはできない。
当然だが、お客様あってのビジネスなのだから、顧客を離さずに繋ぎ止めることが、企業の生命線だ。
こういう視点で見てみると、改めて宝塚歌劇団はスゴイと感じてしまう。
時代の変化に合わせ、変えていかなければいけない部分は対応し、一方で本当に自分たちの大事な核の部分は変えずにいる。
むしろ「変えない」と決めて宣言することで、従前からのファンに対しては安心を与え、変わることを期待していたファンに対しては決別も止む無しという選択をした訳である。
「推し活」という言葉が一般的に使われてから久しいが、宝塚歌劇団が元祖と言ってもよいのではないかと思う。
若い団員たちの中から、自分が応援したい推しを見つけて、支援し始める。
自分と同じ推しを応援する仲間がコミュニティを形成し、それをさらに拡大させていく。
推しはいつしかトップスターとなり、宝塚舞台の大階段をセンターで降りてくる。
そんな夢を「推し活」の仲間たちと共有することが、自分の人生をものすごく豊かにしてくれるのだ。
日常の辛いことも、嫌なことも全て忘れさせてくれる。
平凡な自分の人生が、推し活をすることで光り輝いているように感じてしまう。
そんな世界観を作り上げたことこそが、なんて素敵なことかと思えてしまう。
宝塚歌劇団が、小林一三翁の創立当時の理念を大切にし、それを愚直に守り続けてきたことは確かだ。
ただし、そのたった1点だけをガムシャラに行って、組織を100年超維持することが出来たとは、到底思えない。
コロナ禍時の対応も含めて、どうやって生き残りを懸けてトライ&エラーを回し続けたかは、相当緻密な計算を行ったことだろうと思う。
「マーケティング」「コミュニティの作り方」など、小見出しだけ見れば、宝塚歌劇団のことでなくとも、ネットで事例や解説をバンバン探し出すことができる。
「Webマーケティング」「ファンの育て方」など、近しいものの動画の数だけでも、膨大な量の情報が世の中に溢れている。
「マーケ」「コミュニティ」は、用語としてはあくまでも経営に関するものかもしれないが、宝塚歌劇団の場合は、その奥深さを感じてしまうのだ。
マーケティングこそ、まさに販売戦略。
宝塚歌劇団は、自社の資産を商品化して、どのように顧客に付加価値を提供をしていくのか。
コミュニティこそ、まさに超優良顧客。
リピーターを飽きさせない、何度も訪れたくなる、推しを追いかけたくなる仕組みをどう構築するか。
芸能という、商品の価値を計りづらいもので、それらを作り上げなければならない苦労と、逆にその醍醐味。
宝塚歌劇団をビジネスの教材として見てみると、今後のエンタメの未来はどうなるのだろうかと、想像してしまう。
人間が行っていた仕事は、AIやロボットに置き換わっていくと言われている中で、最後まで人間に残る仕事は何だろうか。
エンタメすらも、AIが無限に生成できる時代になった中で、高品質なエンタメを、わざわざ高コストで制作する意味があるのだろうか。
人々が生成されたAIコンテンツを求めずに、宝塚を求める理由は何なのだろうか。
単純に考えて、機械やAI、コンピュータには感情が無い訳で、結局人間の心を熱くする仕事(それを仕事と定義してよいかは別の話として)が、最後まで残りそうな気がしている。
つまり、心の奥底に訴えかけるような。
人の感情を揺さぶるような仕事のことである。
これが人間に残された、最後の仕事であるような気がしてならない。
そういう意味でも、100年を超えるエンタメ企業の生き残り戦略は、学ぶ所が多い。
宝塚歌劇団に限らずに、これからの未来を生きていくために、重要な考え方なのだと思っている。
(2025/5/5月)
Posted by ブクログ
うーん。宝塚ファンですが、書いてある内容は特段目新しい視点ではないし、所々承伏しかねる。女性ファンはオトコの言う「母性本能」でタカラジェンヌを応援しているわけではないし、男性ファンは招かれざる客、なんて思っていませんが。
また、ファンは男役という虚構を推しているのだから品質は二の次で良いと言って憚らないのはファンをバカにしている。明らかにグレーゾーンであるファンクラブの存在も経営戦略の一部と断言してしまうのはどうなのでしょう。もっと切っても切れない、複雑な事情があるもののはず。この本で述べられているのは一昔前のファン像、経営戦略であって、これまで100年間はこれで乗り切ってきたのかもしれないけれど、この先100年発展させるにはそのままではダメだと思います。全体的に、著者は時代の変化を捉えられていないのだと感じました。宝塚知らない人が読んだら、ふーんと思うかもしれないけどね。
Posted by ブクログ
いきなり私事で恐縮ですが、私が大学生のころまで、妹は宝塚歌劇団の大ファンで家には雑誌「歌劇」が散乱していました。また、当時付き合っていた彼女も宝塚の大ファン。日比谷にある東京宝塚劇場の出待ちに付き合わされたこともあります。元カノが宝塚を語るのを聞いて思ったのは、「どこがいいんだ?」。40年以上の謎を解くために、新聞広告で見つけた本書を購入しました。
また、現在、私が憧れているあの人も宝塚ファン。共通の話題を見つけて、仲良くなりたいという若干やましい理由もあります。
著者の森下信雄さんは元々は阪急電鉄の社員。1998年から2011年まで宝塚歌劇団に出向して、総支配人まで歴任されました。現在は阪南大学流通学部の准教授で専門はブランドマーケティング。宝塚歌劇団に関する書籍も数点書かれています。
で、本書を読んだら宝塚歌劇団になぜファンが殺到するのか?だいたいの理由は理解できたと思います。
簡単に言えば、ファンが楽しむのは歌劇の完成度というよりも、推しの成長のプロセスのようです。成長のプロセスなので、ファンの消費行動は長く続きます。
詳細に記述すると
1)宝塚歌劇団の最大のウリは「男役」。これはズバリ「虚構」。その虚構性が宝塚歌劇ビジネスの最大の成功要因であり、独特の「世界観」を構築している。
2)宝塚歌劇のファンは「男役」すなわち「虚構」からひとりひとり異なった「価値」を受け取る。ファンの数だけ「虚構」=「男役」の定義が存在するので、「価値」もその数だけ存在する。
3)ファンが求め、かつ宝塚歌劇団が提供するのは、歌唱やダンスの巧拙といった「品質」ではなく、例えば推しが色気のある熟成した「男役」へと育ってゆく「プロセス」。
4)ファンにとっては「品質」の不安定さも魅力。不安定さは「プロセス」のバリュエーションの多彩さを生む。
5)ファンが消費する「プロセス」期間は、推しの対象となる「生徒」が宝塚音楽学校在籍時からスタートし、トップスター到達に至る10年超の長い道のり。ファンはその長い道のりを「価値共創」しながら「伴走」する。ファンは「プロセスそのもの」を、母性本能で見守りながら感情移入し、様々な消費行動を繰り返してゆく。途中で劇団四季に乗り換えるようなブランドスイッチは起きない。
本書はそのほかにも、ファンが無限に生まれる理由、カープ女子との共通点、「男役」の起源などなど興味深いテーマを論じています。ただ、「男役」の「世界観」に重点が置かれ、娘役についてはあまり触れられていません。
なお、本書は宝塚ファンの為に書かれた本ではなく、マーケティングのテキストという性格が強い本です。ブルーオーシャン、D2C、サンクコストのような専門用語も頻出し、「宝塚」に期待して読むと少しガッカリするかもしれません。また、文章も若干固く、読みにくいという印象でした。
しかしながら、マーケティング戦略をひとつの成功事例を紐解きながら知るということは価値があります。読んで損はないと思います。