あらすじ
「教養とは何か」「教養を身につけるとはどういうことか」古今東西繰り返されてきた問いに、教養の力で人々の合意形成を図ってきた“地を這う哲学者”が真正面から取り組む。すぐれた選択を導く知、思慮深さとは何か、考えてみよう。
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Posted by ブクログ
内容について深く理解するには至らなかったっていうかほとんどわかんなかったし、そもそもこれ教養についての本なのかってレベルで何が書いてあったんだっけ…
ともかく教養は身につけておいて損はない、時にそれは命綱になるから。
その時その時で深く物を考えられる?
物事を正しい目線で見ることができる?
大切なのは真実に向かおうとする意思だと考えている…それさえあればたとえ今日はダメでもいつかはたどり着く…向かっているわけだからな…違うかい?という。
なんかそれっぽいなって思って手に取った本だったけど、確かにそれっぽい内容だったしそれっぽいものが身についたような気もする。
すぐれた選択ができる人…自分磨きの旅路は長いのであった。
Posted by ブクログ
「教養は幸運なときには飾りであるが、不運ななかにあっては命綱となる」とアリストテレスは言ったらしい。また、科学的能力の「ソフィア」と思慮深さの「フロネーシス」がある。現代社会において、前者のみが重視されているきらいがある。
Posted by ブクログ
「教養とは、幸運なときは飾りであるが、不運なときは命綱となる」アリストテレス
この言葉を知ることができただけで、読書の目的は達成された。
命綱、つまり人間の根っこの部分であり、それは環境が悪化したときも樹木が朽ち果てないかのように、自分自身をしっかりと支えるものである。
書店に行けば「教養としての●●」といった書物がゴマンと並んでいる。言葉は悪いが、いかに社交場でマウンティングに寄与するかといった、「根っこ」ではなく「花」の部分を彩る知識ばかりである。
短いながら冗長に感じてしまったので星4としたが、読むに値する書籍である。
Posted by ブクログ
「教養とは幸運なときは飾りであるが、不運のなかにあっては命綱となる」
古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉です。
筆者は東京工業大学リベラルアーツセンターの初代センター長。ジャーナリストの池上彰さんを東工大に誘われた方でもあります。
東工大の多くの教員は、リベラルアーツセンターを、学生たちが将来海外で働くにあたって恥をかかないための「教養」を身につけるところと考えていましたが、桑子さんはこうした「教養」は飾り物でしかないといいます。
再びアリストテレスを引きます。
人類が直面する危機的な課題に立ち向かおうとしているとき、人は専門家として対応できても、一人の人間として対応できるとは限らない。
科学技術を発展させることが、じつは社会に対して本当に利益になることをしているのだろうかと考えることが、困難な課題への対応力になるというのです。
いわば、科学技術を「枝」とすれば、その根底にあるのは、「人間としての根っこ」です。
アリストテレスは人間が備えるべき「知的能力」には二つあると考えていました。
一つは科学的探究、学問的論証能力である「ソフィア」。
そしてもう一つは行為の選択を行う際に発揮される思慮深さ「フロネーシス」です。
2011年3月、日本を未曽有の大震災が襲い、その後の津波によって深刻な原発事故が発生しました。
その際、最先端の科学技術に携わっていた関係者はみな一様に「想定外」という言葉を乱発します。
しかし、桑子さんは言います。
彼ら「専門家」は、「自らの行為選択の帰趨のすべてを視野に入れることができない。そうした事態へのそなえを視野の外に置いていた」ことを認めてしまったのだと。
一人の人間として、自らが直面する課題に適切に当たれているか。知識だけでなく、思慮深さをもって当たれているか。
自問するためのきっかけになる著作だと思います。
Posted by ブクログ
言わんてとしてることはわからないでもない。いざという時に教養があるとなしとでは人間として色々な捉え方などに違いがでますねと。大学の時教養をつけておけば良かったなぁ。。
Posted by ブクログ
何のために教養を身につけるのか。著者の言わんとすることはよく解る。あとは自分がどう解釈するか。
以下、印象的な二文。
『教養は幸運なときには飾りであるが、不運の中にあっては命綱となる』
『真の教養は、内面から学びたいという意欲のもとで身についていく。』
Posted by ブクログ
2020年3冊目。満足度★★★☆☆ 著者の「教養」にかかる考察の結論:「教養とは、すぐれた選択を導く総合的・統合的な知であり、思慮深さの基礎である。」