【感想・ネタバレ】私の何をあなたは憶えているののレビュー

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Posted by ブクログ

『あなたはわたしの何を憶えているのでしょう?』

あなたは、そんな風な問いかけを受けたとしたらそこに何を思うでしょうか?何と返すでしょうか?私たちは日々生きる中で、日々新しい経験をし、新たに記憶として刻んでいきます。一方で私たちの記憶容量には限りがあり、日々過去の経験の記憶は損なわれてもいきます。生きるということは新たな記憶を刻む一方で、古い記憶を失っていくこと、そう考えるとなんだか切なくもなります。

そんな中で、かつていっ時深い関係を築き、その後離れ離れになった二人がいたとして、その後そんな相手と久々に関係するかもしれない瞬間があったとします。そんな時、あなたはその人に何を思うでしょうか?もう二度と出会わない、関わり合うことなどないと思った二人、そんな二人の過去の別れが唐突なものであったとしたら、交錯することが二度とないはずの別れた相手の人生のレールが再び見えてきた時、あなたはそこに何を思うでしょうか?それは、醜い記憶でしょうか?些細な記憶でしょうか?それとも美しい記憶でしょうか?もちろん、それは、その別れ方にもよるのだと思います。罵り合った場面が最後だったという場合と、涙を流して別れざるを得なかった場合とでは記憶の内容も異なることだってあるのかもしれません。しかし、何らかの記憶が存在すること、それだけは確かなことです。

「私の何をあなたは憶えているの」

そこにそんな問いが生じる余地が生まれます。

この作品は三人の主人公の人生が交錯する物語。茫洋とした物語の先にミステリーな展開が読者を惹きつける物語。そしてそれは、人生において『美しい記憶は失われない』という主人公の気づきをそこに見る物語です。

『あの人がこの店に現れたのは』、『五年前の夏だった』と振り返るのは主人公の一人・野坂つぐみ。そんな つぐみは『離婚を前提とした別居をきっかけにして』、『ぼうしやさん』という『帽子の専門店を』オープンして『ほぼ一年が過ぎようとしてい』ました。『壁に掛けてある手づくりの帽子を、ひとつひとつ、順番に、絵でも鑑賞するように、見て歩』くものの『商品を手に取ること』のない男に『何か贈り物をおさがしでしょうか』と声をかける つぐみ。そんな質問に『家内は亡くなっておりますので。遠い昔に』と答える男は、『よろしければ娘のために、何か見立てて下さいませんか』と返します。『お嬢様の年代は?』『好きなお色をご存じですか?』と訊く つぐみに『娘に対する愛情が滲み出ている』ような返事を丁寧に返す男。つぐみはそんな男に三つの候補を示すと『これをいただきます』と一つを選び会計を終えます。そんな男に『娘さんのスナップ写真などを撮られたとき、一枚、お送り願えないでしょうか』と伝えたことを、今の つぐみは後悔しています。『奧さんだけではなくて、同時に、娘さんも亡くしていた』と後から知った つぐみは、そんな彼の妹からの手紙を読みます。『ホスピス』で暮らす彼に会ってやって欲しいというその内容。『あの人がもうじき、死んでしまうなんて』と思う つぐみ。
場面は変わり、『美しいものはつねに、壊れゆく運命にある』という言葉が胸をよぎったのは二人目の主人公・深沢洋司。そんな『洋司がこのホスピスに入所したのは、夏の終わり』のことでした。かつて担当していた『女性作家が、五十三歳という若さで不治の病』となり『終の棲家』とした場所に『四年後、五十七歳でお世話になることにな』った洋司は、そんな作家が遺した『紙の束を、最後まで読み通すこと』を『脳が蝕まれる』前に『どうしてもやっておきたい』と考えます。
場面は変わり、『お昼に、Sが突然、店を訪ねてきた』と焦るのは、洋司が手にする小説の中の主人公・由貴子。カフェへと場所を移した由貴子は昨夜のことを思い出します。『バーを出た』夜半、『雪が降り始めていた』という中、『夫の帰宅はたいてい、零時前後』、『悪事は、ばれていない』と思う由貴子にSが『これからは、ラケットボールのクラスでしか、会わないことにしよう』と『約束したばかりなのに』と思う由貴子。
つぐみ、洋司、そして由貴子という三人が主人公となるそれぞれの人生が絡み合う物語が描かれていきます。

“交わるはずのなかった三つの人生が、何かに導かれるように交錯する”と宣伝文句にうたわれたこの作品。ガラスの小瓶に詰められた白い毛糸が何かを訴えてかけるように、そして「私の何をあなたは憶えているの」という書名が行き場のない問いを発するようにも感じる何とも読む前からもどかしさを感じさせる作品です。

しかし、そんな物語の冒頭は圧巻です。『美しいものはつねに、揺らめいている』と始まる物語はこの言葉の元となった情景をまず描き出します。『店の表玄関のドアの両脇にしつらえられた、細長い掛け軸のような格子の飾り窓』という表現。そこから画面はすっと引いて全景を映し出し、『片方から、庭木の楓と犬柘植と、格子をくぐり抜けて射し込んでくる西日が、黒々とした樫の板張りの床の上に、一枚の影絵をつくり出している』と表現していきます。そんな静的な場面が『枝葉が風に揺れるたびに、影絵もゆらゆら揺れる』という一文によって動きが作り出され、『ああ、なんて、きれいなんだろう』という言葉を誘います。しかし、『ほんの数分のことで、あっというまにその絵は床に吸い込まれるようにして、消えてしまった』と目の前の美しい影絵は消えてしまいます。そんな情景を見て主人公の つぐみはこんな『似非格言』を語ります。『美しいものは儚く、あっけなく失われる運命にある』。その後、つぐみはかつてここにいた人のことを思い出します。『あの人はあの日、あの午後、あそこに立って、私が花瓶に生けた花たちを見ていた。あの人の背中。あの人の両肩…』と『あの人』のことを思い浮かべる つぐみ。小手鞠さんの作品はこれで三冊目となりますが、兎にも角にも綴られる文章の美しさに息を呑む瞬間がたびたび訪れます。ここにご紹介した冒頭の情景も、私の目の前にも『一枚の影絵』が見事に浮かび上がるのを感じました。そして、もうそれだけで物語世界に自分自身が吸い込まれていくのを感じます。この作品の冒頭はその意味でまごうことなき一級品だと思いました。

そんな美しい冒頭から始まる物語世界にすっかり心を鷲掴みされるこの作品ですが、残念ながらその先が曲者です。レビューの中にも途中で断念されたとお書きになられている方もいらっしゃる通り、頭の整理が追いつかない、正直意味不明とも言える読書の時間がしばらく続きます。それが、上記もした三人の主人公による物語が並行して走るという凝った作りになっているのが原因です。しかも単純に三つの物語であれば良いのですが、それぞれの物語の中で時代が過去に遡ったりすること、また、小手鞠さんの方で読者の混乱を招かないように…というような工夫がなされていないため、物語の全体概要を掴むのがとても難しく感じます。実のところ何度も、”この読書はなかったことにしよう”と、本を置きそうになりました。しかし、私の場合、”女性作家さんの小説を全て読む”と決めている以上、またどこかで再読することを考えると今回読んでしまおうと、気力を振り絞りました。そして、見晴らしが急に良くなったのは物語中盤、全25章中の第11章あたりからです。ということで、全体概要が極めて掴みにくいこの作品を、これからお読みになられる方のご参考としてこの作品の三人の主人公の物語をネタバレしない程度で簡単にまとめてみたいと思います。

・野坂つぐみ視点: 『ぼうしやさん』という『帽子の専門店を』営む つぐみは、『離婚を前提とした別居』生活をしています。そんなお店にあの人(深沢洋司)が訪れ娘のために帽子を買っていく、という過去の時間の一方で、そんなあの人が現在ホスピスに入所していることが分かり、逡巡しながらも会いに向かう途中の姿が描かれます。

・深沢洋司視点: 編集者として女性作家の担当をしていた洋司は一方で佐織という妻を得、琴美という娘と三人で暮らしていました。それがある日、佐織と琴美を交通事故で亡くします。『佐織、何があったんだ、あの夜に』と『自殺』の可能性を考える洋司。一方でそんな洋司は癌に蝕まれ、ホスピスへと入所。女性作家が遺した遺稿に対峙します。

・由貴子視点: 女性作家の遺した遺稿(日記形式)の中の主人公。異国の地に夫と暮らす由貴子ですが、『Sと愛し合うように』なります。『ラケットボールのクラス』で『愛の時間』を過ごす二人。そんな中、日本への帰国の日が近づいていきます。そして、『わたしはその日、愛の三つ目の行き着く先を見つけた』という瞬間が訪れます。

特に難解なのは小説内小説として描かれる由貴子視点の物語です。そもそもホスピスに入所して、『脳が蝕まれるのも、時間の問題かもしれない』という洋司が読む紙の上の存在ということもあり、かつ女性作家の遺稿として十分な推敲のないままに存在するという位置付けもあって、どこかファンタジー色を帯びているのがこの物語です。しかし、上記の三つの概要を把握した上で、これらの視点が唐突に章内でさえ切り替わって展開すると理解していればどうにか読み解いていけるのではないかと思います。

そんな主人公三人の物語ですが、やはりリアル世界に生きる つぐみと洋司の人生が交錯していく様が見事です。本来重なりあうことのなかったふたりの人生。それが、上記もした第11章において交錯する予感を見せます。洋司が愛した佐織と琴美を襲った突然の交通事故死。死んだ佐織のことを思い出し、『佐織、何があったんだ。あの夜に。おまえの死は事故死などではなくて、自殺ではなかったのか。なぜ、死ななくてはならなかった?死にたいほどつらいこと、苦しいことが、おまえにはあったのか?』と、吠えるように叫ぶ洋司。そんな洋司は、『どうしても真実を「知りたい」という欲求に、あらがうことができなくなっ』ていきます。物語は、ここからはっきりとこの作品がミステリーであることを前面に打ち出していきます。そして、上記した通り全体の見晴らしが一気に良くなります。ミステリー作品は、その謎解きが何よりもの魅力です。しかし、何が謎であって、何を読者は知りたいのか、それが分からなければミステリー自体が成立しません。そう考えると、前半の茫洋とした物語が第11章で一気に晴れ上がり、逆にミステリーな物語がはっきり浮かび上がるという展開は、小手鞠さんのわざとな演出なのかな?とも思いました。そんな物語は、佐織と琴美の死に隠されたまさかの真相究明へ向かって一気にスピードを上げていきます。そこに、つぐみの人生がまさかの交錯を見せる物語、そして、そんな つぐみは洋司の妹からの情報に基づき、命が尽きようとしている洋司のホスピスへと急ぎます。そんなミステリーな展開の中に由貴子とSの物語も終結へ向けて動き出します。ドボルザークのピアノ五重奏イ長調op.81と、ハイドンの弦楽四重奏ニ短調「五度」op.76という二つのクラシック音楽がそれぞれの物語の舞台を彩る中に展開するミステリー。茫洋とした物語前半の我慢の読書を頑張った読者にだけ与えられるミステリーな物語、やはり小手鞠さんの物語はとても面白い、そう感じました。

『人の記憶とは、その人の生きた証だ。その人の魂だ。まっ白なノートのページのように、それは清らかで、それは、どんなふうにでも書き換えられる。どんな色にでも、染め直せる』。『人の記憶』というものをこんな風に表現する小手鞠さん。そんな小手鞠さんはそんな感覚を「私の何をあなたは憶えているの」という、まるで誰かに問いかけをするような書名に託されました。私たちは生きている中で日々さまざまなことを新たに記憶し、さまざまなことを忘れていってもいます。そんな中で、

『美しい記憶は失われない』

そんな言葉にあなたは共感を覚えるのではないでしょうか?美しい記憶は自身の中でどんどん昇華し、美しさの極みに達していく、それは決して損なわれることなどないもの。この物語では、そんな感覚の先に行き着くミステリーな物語を見ることができました。

一見読みづらい物語が、途中から一気にミステリーな物語として読者の前にはっきりと姿を表すこの作品。小手鞠さんらしい美しい表現の数々に魅了されるこの作品。小手鞠さんの作品はミステリーでさえ美しい、そんな風に感じた作品でした。

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2022年06月29日

Posted by ブクログ

小説で1番多く書かれているテーマは恋や愛だと思う。
それはやっぱり人間の動物としての本能で、人生において避けて通れない上に難関な問題だからなんだろう。
他の生き物はより優れた遺伝子を遺すために相手を選ぶが、人間は不思議なものでそうとは限らない。そのへんが難しくさせてしまうのかな。

本書はひっそりと帽子屋を営むつぐみと、間もなく死を迎える編集者の洋司、そして洋司が読んでいる原稿の中にいる夫を持ちながらも他の男性に惹かれてしまった由貴子の3人の視点でそれぞれの愛の物語が紡がれる。
なんだか平凡な恋愛小説だなと読み始めたが、中盤からミステリ要素が出てきてから、ああこれは単純に愛って素晴らしいでしょ?みたいな話ではないと楽しめた。

なんで人は恋するんでしょうね。好きで好きで仕方ないなんて、あの感覚はちょっと他では感じない不思議なもので、それが本能が命じるってことなのかなー。

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2020年10月18日

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