【感想・ネタバレ】トルコのもう一つの顔のレビュー

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Posted by ブクログ

最近気になる中東の文化を紹介している本かと思ったら、言語学である著者によるトルコの旅の記録でした。めっちゃ面白い。言語学者による旅行記がこんなにもアドベンチャラスなものになるのか!観光ガイドブックのような表面的なものではなく、少数民族に焦点をあてながら自らの体験として紹介しているのです。それもそのはず。1970年当時トルコに魅せられた著者による少数民族調査旅行だったのです。強大なオスマン・トルコ帝国が西洋諸国によって分断されたのち単一民族国家という幻想で統一しようとしていた時期で、少数民族の虐殺・弾圧もある危険な時期。言語もばらばら、宗教もばらばらであることを認めない時期に少数民族の調査目的をひた隠して旅行を続けるのです。現地警察による逮捕だったり、政府からの妨害、人々とのあたたかい交流など物凄い体験がぎっしりつまった1冊です。すさまじい迫力の冒険記となっています。この告発本とも呼べる新書の出版が多言語民族国家を認めるきっかけになったとのこと。う〜ん、凄すぎる。言語=イデオロギーなのですね。単一民族国家とうそぶく日本にも黒歴史があるよね。心を一つにとか甘い言葉も行きすぎると危険な考えとなることに注意しなければならないと感じました。米国寄りにそまった日本の考え方が世界標準に沿っていて「正しい」なんて勘違いしない方がいいということも思い知らされます。
異なる文化背景にともなう翻訳の限界で情報が正しく伝わらないという情報誤差の発生は必ず考慮しなけれなならない問題としてとりあげられています。これはカタカナ英語で表現してなくなるとかではなく概念の話だし、AIで翻訳しても解決しない問題。自分で直接異文化に接することって大事だなと実感。素晴らしい旅本です。旅にでたくなるぞ。
なんと政治的配慮で削られた部分を補足する「補遺編」と続編「漂流するトルコ」もあるそうな。読みたい。

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2024年02月14日

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本書はフランス在住でトルコの少数民族が話している言語を研究している日本人の手記ですが、一貫して本人の体験談をもとに記述されているため非常に生々しい本です。題名にもあるように、イスタンブールやトロイ、カッパドキアなどとは違う、一般の人の目にはまず入ることのないトルコの側面を紹介しています。日本には方言こそあるものの基本的に日本語を皆が話していますし、方言は個性的なものとしてむしろ近年は良いものという風潮が大きくなっている気がします。一方本書が描かれた1980年代のトルコでは言語、方言というものが政治に密接に関係し、自身の話す言語次第では逮捕されることがある、という事実は衝撃的でした。民族、言語、宗教という言葉はもちろん知っていますし、意味もわかっている気がしていたのですが、本書を読んで改めて「民族」とは何か「言語」とは何か、「宗教」とは何か、がつくづくわかっていない自分に気がつきました。現在のトルコではどうなっているのかわかりませんが、本書トルコ理解を促進するためには必須の本と思います。

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2023年04月24日

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言語学者である著者が単一民族国家を標榜するトルコで体験した少数民族迫害の真実についてまとめた本。

政府によって隠蔽されてきたトルコの暗部を暴くというのがこの本の趣旨だが、著者の旅行記の側面も併せもっており、この部分がすごく面白い。

行く先々で出会う少数民族とは毎度毎度あっという間に打ち解けてしまうし、トルコ人学者の誤った歴史認識を巧みな弁舌で言い負かしたかと思えば、警官に捕まり投獄されて窮地に陥ったり、とにかくノンフィクションの旅行記としてはおそらくこれ以上にないほど濃いエピソードに溢れている。


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2022年04月10日

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ものすごい言語能力とコミュニケーション能力を持つフランス在住日本人言語学者によるトルコでの言語調査旅行記。とても面白い。
トルコ政府に怪しまれてどこにいくにも随行員がついてきたり、数日前に出会った官僚が心臓麻痺で死亡したりと普通の旅行記より読んでいてハラハラした。
著者の言語に対する真摯な態度と飽くなき探求心が伝わってきた。

また、当たり前に母語で本を読み、母語で会話できる当たり前の現状をありがたく思った。

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2022年03月20日

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ネタバレ

新書は評論文のようなものが殆どであるが、この本は読んでる途中、2回ほど本を閉じ、表紙を見て、「これ、本当に中公新書なのかな」とかやったほどだ。どう言うジャンルと言って良いのか分からないが、紀行文のような印象を受けた。新書にあるような内容ではない。

著者の小島剛一は、フランス在住の言語学者で、特に偏執的とも言えるほどトルコに入れあげ、トルコの少数民族の言語研究を、十数年とフランスからトルコに通い詰めつつやってきた人だ。この本の出版は1991年とかなり古いが、著者が旅行していた1970年代から1980年代末期に至るまで、トルコ共和国はトルコ人の単一民族国家であり、言語もトルコ語以外は存在しないと言う姿勢を堅持していた。実際にはクルド人を筆頭に、トルコには多数の少数民族を抱えており、各々の言語も存在する。トルコ政府はこのような「諸語」を、「トルコ語の方言」としているが、現在の東トルキスタン周辺をルーツとするアルタイ語系のトルコ語と、現在のアナトリアを中心とした旧帝国領域内の印欧語系の諸語は、系譜からして異なっている。クルド語もイラン語群に含まれる印欧語の一つであり、だからトルコ語とは違う。

このような小島剛一の活動は、本書によると開始から十数年は政府からマークされることもなく、かなり自由にやれていたようだった。バックパッカーのような身なりで、野宿や友達になった人々の家に寝泊まりしながら、トルコ全土を縦横無尽に渡り歩き、フィールドワークを続けてきたのが、「当局」の目にあまり付かなかったのかも知れない。トルコ語どころか少数民族諸語もかなり話せるようになっている。外国語の習得などは、センスも何も無いと思っているが、こういう風に十数・数十の言語を理解する人間は、センスが違うと思う。

上記状況にあったが、トルコからフランスに陸路戻る際、リヨンに駐在するトルコの外交官の車に同乗するに及んで、今までの行動をこの外交官に話し、トルコ政府に知られるところとなったようだった。結果的に、小島剛一はトルコへ「出禁」となっている。

トルコは、オスマン朝時代は諸民族に寛容で、トルコ語の押しつけも無かったのに、第一次大戦に負けてトルコとして独立してから、何度も偏狭な感じになったんだなと思ったりもしたが、私が個人的に強い印象を持ったのは、この著者である小島剛一の生き方である。

小島剛一は、別にトルコを転覆せんがために、このような調査をしている訳では無い。抑圧されているトルコ国内の諸民族のためにやっている側面は、無いわけじゃ無いだろうが、根底に流れているのは、純粋な学術的興味から行動していると言う点だ。

私が大学に入ってすぐ、語学クラスの担任と言う先生が諸々説明してくれた。担任と言っても、大学生活で会ったのはこの一度きりで、以後全く会っていない。理工学部なのにこの先生は確か違う学部の先生で、しかも専攻が、北欧における話者数が3,000人くらいしかいない、聞いたこともないような言語の研究だった。「こんな、世の中の役に立つかどうかも分からんことを研究して、メシを食っている学者がいるのか」と、全くの別世界に来たような印象を持った。

小島剛一は、「好きなことをして生きている」んだな、と思いながら読み進めた。勉強なんてのは「苦行」以外の何ものでも無い、と言う風に思わせる人間を量産する、画一的な教育を受けて来た中でも、たまに「学問がたまらなく好き」と言う人が出てくる。トルコ東部の安宿に泊まっている午前2時、突如憲兵隊に踏み込まれ、平手打ちを食らうような酷い目に遭っても、政府に食い付くようにグリグリとフィールドワークを続けてしまう程、学問にハマってしまっているのである、小島剛一は。

学生時代に読みたい本だった。私が学生時代には、既に出版されていたし、これを読んでいたら、学生時代にトルコに行っただろうなあ。

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2018年01月14日

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新書は研究者が論文内容を一般向けにしたものが多いがこの本はエッセイのようで、しかも文章が上手くて読ませる。時に現地語や言語学の用語が出て気ても苦もなく読ませてくれる。それどころか早く続きを知りたくて出かけるときは鞄の中、寝るときはベッドと、読書中はほぼ食事とお風呂以外は近くから離さず持ち歩いていた。
これだけのフィールドワークを重ねた見事な研究内容が、研究対象地域の政策を脅かしかねないことで最終的に著者が実質的な国外退去処分となってしまったのはまことにもったいない。本人にとっても研究対象地域にとっても学問においても悲劇。現在少数民族の言語が滅ぶ危険性が訴えられており、いかに保存するかを国際機関や世界の各地域で腐心しているというのに全く逆行。正直トルコがここまで少数民族や少数話者の言語を弾圧するような行為を行い、無理に国家の体をなしているとは思いもしなかった。この本の内容は1980年代・冷戦期までのことだが、21世紀になった今状況はどうなっているだろう。トルコの体制はより右傾化が進んでいる。クルド問題に関しては隣国イラクやシリアの内戦もあるがトルコ国内では未だその存在は無視されているも同然ではなかったか(最近のミャンマーでのロヒンギャ問題を見るようだ)。まずは著者の著作を続けて読んでみようと思う。
それにしても小島氏の能力の高さには驚く。本が出版されたのは1990年であり、調査時に録音も写真撮影もしていないとあったが、現地の様子が絵で浮かぶような詳細な描写の見事さ・記録の細かさ・曲などを記憶して譜に書き起こしているなど尋常ではないと思ったが、ご本人のブログを拝読すると「直感像記憶」に優れてらっしゃるようだ。機械類が使えなくてもフィールド調査ができるのも研究者にとって大事なことだろう。返す返すも氏がトルコの少数民族言語の現地調査が続けられないことが惜しい。また現在本人が居所・連絡先・勤務先一切を非公開とされている、ここまでして個人で身を守らねばならないというのも悲しいことである。
著者が外交官や一般の人と話していて感じる違和感から「教育」の恐ろしさを感じる。見解を述べ合うにもベースとなる教育の部分が根底から違っていては見解を正すことすらできな。「クルド人などいない」「サザ語などない」というのは教育というより洗脳のような恐ろしさを感じる。

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2017年09月03日

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[見てしまった者の言]親日国と知られ、近年では経済成長も目覚しいトルコ共和国。言語学の専門としてトルコに文字通り「はまって」しまった著者が、少数民族の言語を調査する過程で、外側からは決して知ることのできなかった裏の一面を明らかにした作品です。著者は、本調査の末にトルコ共和国から国外退去処分を受けることになった小島剛一。

数々の言語を操りながら少数民族の苦悩や知られざる実情を調査する様子は、まるで一級のスパイ・フィクションを読んでいるかのよう。1990年に執筆された作品ではありますが、今日でも民族問題や言語問題を考える上で、非常に参考になる一例だと思います。クルド人問題やキプロス紛争など、日本ではあまり知られていないトルコが関わる情報を知ることができる点も高く評価できる一冊です。

〜トルコ人だのギリシャ人だの区別しないで、誰でも好きなところに住んで好きなところへ行けるようにならないもんかね。お前は日本人でフランスに住んでトルコに遊びに来て、それでいつでも好きなときにメイスにも行けるんだろ。世の中、不公平にできてるもんだ。〜

ぜひ続編も読んでみたい☆5つ

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2016年05月23日

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傑作。尊敬。こういう方が本当の学者だと思う。読み物としても素晴らしいサスペンスで一気呵成に読みきった。中東問題の根深さは到底日本人に想像できるものではない。

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2016年03月08日

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ネタバレ

おそらく私たちは、表面のトルコ…
「優しい人が多い」ぐらいしか知らないと思います。

ところがどっこい、そういう面だけではなく
暗黒面があるのです。
以前ニュースでも出ていた「クルド人」に関してです。
そもそも彼らの言語は「ない」のです。

それと異色の宗教(イスラム教徒は違う)も
迫害の対象になっています。
同じ人なのに…
そして…

著者はその研究が広いのもあり
結局国外追放(実質帰国予定でしたが)
となってしまいます。
いずれ隠し通せなくなる日がきていたことでしょう。
いや、隠せなくなりましたね。

新書ではたまにある読むべき本。
トルコへの見方が変わります。

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2015年07月20日

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心に炎が燃え移った。10代で読んでいたら、もっと人生変わったかも。いや、酸いも甘いも知った今だからこそ共感できるのかも。若さって保守的な傾向をもつこともあるから。

トルコが舞台だが、同じようなことはいくつかの国にも当てはまるのでは。日本も例外ではない。「普通」に生きていると社会や国家、教育内容に疑問を持つことは少ないかもしれない。しかし、一歩はみ出たときに果てしない荒野が急激な崖が見えてくるのだ。

トルコを知る格好の書物だが、問題意識をトルコに終わらせないことが大事な本だと思った。

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2013年05月24日

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自分が知らない世界が完結にではあるがしっかりと描かれていることで、知らぬ間にどんどん引きこまれていった。
民族・宗教・言語が当事者同士で複雑に絡みあっている。

宗教なんて関係なくていいじゃん、言語共同体なんて、とか考えていた自分が恥ずかしくなってくるくらい。

次も早く読みたい。

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2012年07月03日

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トルコに対する認識が改められる本。
少なくともトルコに関する知識が貧弱過ぎた自分には、インパクトが強かった。

現地視点からのクルド問題の提起、言語学者として「隠れ民俗」「忘れ民俗」など足を使って(時には妨害されながらも)調査、分析した筆者の功績はとても大きい。

アレウィー教徒を扱った章では、マイノリティに対する差別と自民族のアイデンティティに対する誇りの間で生きる人達の姿が、印象的なエピソードで綴られていて、考えさせられた。

続編の「漂流するトルコ」を早く読みたい。

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2012年06月17日

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読む前はイスタンブールやカッパドキアなど観光地としてのイメージしかもっていませんでした。言語学者の筆者の紀行文の形式で書かれていますが、すごい旅です。トルコをくまなくトルコ人より多くの地を回っているようです。多言語、他民族国家なのに、政府はそれを認めず土着の言語を話すだけで逮捕拘留、拷問など知らないトルコが現れてきます。
登場する地方の人々などの登場人物がまた魅力的です。
読んでいてぐんぐん引き込まれます。
現在のトルコはEU加盟をにらんで少しかわってきているようです。
2011は少数民族出身の人が大統領?になったというニュースがありました。
詳しくはどの程度変わったかわかりませんが。自由に固有の言語を話せるようになることを願っています。
これでもこの本はトルコ政府の諜報機関に命を狙われる危険がるため、出版社に文を丸めるようにいわれてかなり丸めさせられたようです。
続編の方はこれより具体的で過激です。

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2012年05月30日

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ネタバレ

トルコは多民族国家で、度々クルド人問題がニュースになる程度は知っていました。
クルド人問題は氷山の一角で、それ以上にもっと民族問題があることを本書から学べました。
トルコ語を話さないと罰せられたり、すべての言語はトルコ語から派生していると学校で教えているという事実には驚きました。

トルコは旅行で訪れたこともあり、好感を持っている国ですが、真実はこうであったとは思いませんでした。続編も読むつもりです。

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2012年04月03日

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知人が「これは名著だ!」と言っていたから読んでみたが、なるほど確かにこれは名著だ。まず単純に刺激的で面白い。そして、他の国を知るとはどういうことなのかということを伝えてくれる本でもある。

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2012年03月26日

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「トルコにはトルコ人しかいない」を国是として、クルド人の存在を公式に認めないトルコ。トルコは何度も行って好きな国だけに、複雑な思いもあるのだけれど、とにかく面白い!(カテゴリは「冒険譚」にしようかと思ったくらい。)フィールドの言語学をやりたくなる。

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2011年12月18日

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クルド人とかジプシーとかオスマントルコとかのイメージが掴めた。日本人による論評ということが私には重要でした。トルコの人たちが状況を記述しても僕にはわからなかっただろうと思う。そして、こういった歴史的な紛争のことを考えると、やっぱり戦わないことが一番と思います。ウクライナもこのような地域。で、アラビアのロレンスとかを見ると、そもそも帝国による武器供与って問題しかないのでは?とか、民族自決みたいな話ってそもそもがフィクションでしかない。とか、そういった想像をします。日本は海によって区切られていることで、こういったフリクションから比較的守られている。それがいいとか悪いとかじゃなくて、比較的守られている立場で考えて、それを発信することができるからすればいいじゃんってのが僕の立場。そして、この発想はこの本を読んで生まれました。

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2022年02月15日

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 トルコ国内の言語と民族を実地調査された小島氏の1970年から1986年までの現地調査の記録と,トルコの民族や言語の当時の現状についての紀行文です。現在でも注目されることが多い,トルコの東部や内陸部の実態についてご自身の体験を中心に記載されており,現在の目から見ても参考になる事象が多いと思います。
 今でもどこまで詳細にわかっているかは疑問に思うところがありますが,この作品で触れられているような状態であった地域がますます混迷の度を深めているということについては,いろいろと考えさせられます。やはりこの地域について,いろいろ知りたいと思うものの,難しいなという印象も同時に持ちました。

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2016年03月21日

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ネタバレ

発行された年はちょうど湾岸戦争が起こった年で、トルコ周辺の状況が非常に緊迫した年でもあり、クルド問題もクローズアップされた年でもあった。
この本はクルドの状況を知ることができる数少ない一般書である。
当時のÖzal政権下で若干政策が緩和されトルコの日刊紙にもクルド語の単語が使われたりする一方、作品に”Kurt”とキャプション入れた映画監督が逮捕されたりするというまだまだ不安定な状況。
そんな中で著者はクルド(ザザ)と深くかかわりすぎて国外退去処分になってしまう。
今もまだ続くクルド問題の一端を垣間見るにはいい本だと思う。

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2014年06月08日

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言語を通じてトルコの少数民族問題や政教分離問題を見つめる良書。少し古い本だが今日の問題に直結していて、古さを感じさせない。

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2013年11月07日

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新婚旅行のためトルコに向かう機内で読んだ。正直、読むタイミングはふさわしくなかったが(なにせ、本文中に「この国の本当の姿は夜中に警察に連行されて尋問されないと分からない」というくだりがあるのだ)、内容は素晴らしい。トルコは多民族国家であり、共和国成立の過程も複雑である(第一次世界大戦後に欧米列強に分割統治されかかったところを、独立戦争をおこし自国を勝ち取った)。トルコは基本的には軍事国家であり、そのかすかな雰囲気は短い滞在中にも感じられた。
筆者のトルコに対する非難は抑制のとれたものであり、また少数民族に対する眼差しは抑えた筆致からも十分心に響く。トルコ人すら理解できない少数民族の言語を操る日本人がいたということが、また大変な驚き。

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2013年07月24日

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言語学者である著者はトルコ共和国を1970年に訪れて以来、その地の人々と諸言語の魅力にとりつかれ、十数年にわたり一年の半分をトルコでの野外調査に費す日日が続いた。調査中に見舞われた災難に、進んで救いの手をさしのべ、言葉や歌を教えてくれた村人たち。辺境にあって歳月を越えてひそやかに生き続ける「言葉」とその守り手への愛をこめて綴る、とかく情報不足になりがちなトルコという国での得がたい体験の記録である。

タイトル的にクルド人問題とかアルメニア人大量虐殺の話かなーなんて思ってたけど、それどころじゃなかった。近代における民族問題のことが目白押し。トルコってこんなにも色んな民族および言語があるだなんて知らなかった。
1980 年代のトルコでは言語、方言というものが政治に密接に関係し、自身の話す言語次第では逮捕されることがある。というのも衝撃であった。
これが今から 20 年も前の本だとは驚き。 2010 年に続編が出たようなのでそちらも読んでおきたい。

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2012年09月30日

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 トルコで読んでいて少し怖くなった。見えていない部分というのはあるものだ。民族とか宗教というのは、これほど重要視されて縛られるものなんだなあと思った。日本人がのんきだと感じるのは、日本の中で大多数の側の強者の側にいるからか?
 それほどまでして、言葉を調べに行く著者の探究心というか研究者魂と人に対する想いに感心する。

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2012年08月15日

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ネタバレ

著者:小島剛一
出版社:中公新書

1 トルコ人ほど親切な人たちも珍しい
2 トルコのもう一つの顔
3 言語と民族の「るつぼ」
5 デルスィム地方
5 Y氏との旅
6 「トルコに移住しませんか」
7 トルコ政府の「許可」を得て

P34 クルド人の独立運動家は「社会主義者」「マルクス・レーニン主義」など自ら定義しているが
実際は超党派の民族主義者と呼んだほうがよさそう。

・経済体制と言語政策に相関がない。
ex:言語自治権のある資本主義国:スイス、スウェーデン、フィンランド
少数民族を認めていない社会主義国:ブルガリア、ルーマニア、ベトナム

・トルコ共和国を成立させたのは、第一次世界大戦後のトルコ解放軍 ムスタファ・ケマル

・トルコ語は、ペルシャ、アラブ、ギリシャ語からの借用

・トルコ語の辞典はクルド人の項をひくとそんざいしないか、
「本来トルコ系であるが、現今では崩れたペルシャ語話す集団」

・イスラーム神学では、聖典の宗教のうちユダヤ教とキリスト教は、最後の宗教イスラームにいたる前の
漸進的な段階だとみなす。

P54
・かつて、セルジュクトルコ帝国は東から遡ってビザンス帝国を脅かし、オスマン・トルク帝国は東から興ってついにビザンス帝国を滅ぼした。
「東の蛮族の脅威」はトラキア人が完全にトルコ化したあとでも集団的な記憶からきえないのである。

P60
・「隠れ民族」と「忘れ民族」(著者造語)
隠れ民族-かつての日本の隠れキリスタンのように自分たちの真の姿をひた隠しに生きている民族
その民族の秘密が漏れたら致命傷である。
忘れ民族-ひた隠しにするあまり自分たちが本当はなんであったのかわからなくなってしまった集団。

P63
離れている県のクルド人が出会ったとしてクルディスタン独立の夢を語り合うときの共通語は
ざんねんながらトルコ語しかない。(クルマンチュ語の標準語が一応は存在するが、、。国外亡命者か、外国人しか習うことができない幻の言語)

P71
チェコ語とスロバキア語の差異は、東京弁と大阪弁のちがいよりはるかに小さい。
言語と方言の本質的なちがいはないと考える(作者)

P72
オスマン・トルコ帝国時代は、ペルシャ語、アラブ語、ギリシャ語の3つで、宮廷ではオスマルン語が公用語となり、トルコ語は田舎の言葉とされていた。
(言語に関しては、オスマンは帝国主義を採ることはしなかった、、、ローマと一緒だね。)
トルコ共和国以後、政治的な後ろ盾を受けるようになって書記言語として成立した。

P149
政策決定の方式としての民主主義と、それが決定する政策とは同じものではない。
その政策が必ずしも「自由」の保障にも「平等」の保障にもならないことは、歴史が示している


[感想]

バルカン半島とよばれる地域は、学校で、世界史をならったことがない
自分からすると心理的に一番遠い地域でかつ歴史に疎い地域である。

言語と民族と国籍がほぼ同一な日本という枠内にいるなかで
、なかなか国籍と民族-言語がいちいちに紐づいているわけではなく、
一方が迫害されている状況にあるようなことは想像しずらい。
ニュースで聞いていたとしても、現実的事実として認知するのが難しい。
(クルド語とザザ語は起源が異なるまったく違う言語であるのに、トルコ政府は同じクルド語として扱い、
クルド語で喋っていると反政府クルド人ゲリラにされてしまう現実
しかし、クルド語とザザ語はお互いが通じない言語なので、
クルド語の人とザザ語の人の共通言語はトルコ語であるとか。)

言語共同体が必ずしも民族と一致しないこともあり、一方では自分たちは
あくまで「トルコ人ではなく○○人」であるという意識だけが際立っていることを認識すれば
なぜゆえに当局(トルク政府や少数民族を弾劾する国々)は、共存という形を目指さないのか
単純に考えると甚だ疑問である。
(まあ、独立して領土を分割するという話になれば嫌がる理由は当然だけど、自治政府として現実存在しているやり方もあるのだから。)
まあ、領土問題を通してみれば、統治欲なんてものはそういう(偉い)立場にならないとわからないだろうけど。

[その他]

今回、読書会の課題ということで普段では絶対に手に取らないような本を
読むことになって、それはそれで新しい興味がうまれた。
しかし、この本を読むには
おそらく、この地域の地理、文化、歴史、宗教がバックボーンとして理解していないと
なかなか読み進めづらいし、その中でも宗教など意見がまとまらないものを含んでいるとなると
読書会の課題図書としてはそぐわない気もしてきた。
(安易な気持ちで臨むと自滅するきもしなくはない。)

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2012年03月18日

Posted by ブクログ

トルコ旅行の予習用として一冊目に手にとったもの。トルコの少数民族の言語の研究者たる著者のトルコ滞在記とでもいったかんじ。

内容としては民族問題といった非常にシビアなものを扱っており、単一言語・民族といった感覚、というかそのような感覚すら意識化することのない日本人にとっては水を浴びせらて目が覚める思いがする一冊。親日国としての側面ばかりでなく、このようなもう一つの顔を持っているということを知っておいても損はないだろう。

ただし、興味深いし読み物としてもおもしろいのはそうなのだが、トルコについて知りたい人のための一冊目としてよいかは怪しいとは思う。

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2012年02月15日

Posted by ブクログ

本当に面白い本でしたこの本が出てから既に20年近く経っていてしかも トルコに行けなくなってしばらくしてから書かれたようなので今のトルコがどんな風なのかわかりませんが(つい最近アルメニアと国交樹立したし)しかし20年でクルド人がそれほど 減ってしまっている気もしないしちょっと前にはNHKスペシャルに文句つけてたしなぁ 

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2011年09月20日

Posted by ブクログ

 トルコは、親日国だと聞いたことがある。その情報だけで、いい国だな、旅行に行ってみたいなと興味を持っていたところ、出会ったのが本書だ。情報不足なので、なにかトルコについての知識を得られればと思った。

 本書は、トルコに魅了された著者が、トルコで話される言語の野外調査を記したものだ。調査結果を書き連ねたものではなく、行く先々でのイベントや、そこで感じたことを時系列に沿って紹介している。「深夜特急」みたいな感じ。

 本書を読んで一番よかったことは、少数民族について知れたこと。「トルコって全員トルコ人でしょ?」「全員トルコ語話すんでしょ?」という認識をぶち壊してくれた。事実とは違う教育を受けて育った本書の中のトルコ人と同じような認識を今まで持っていたことに、少しぞっとした。いろんなことに興味を持つことの大事さを痛感した。

 あと、著者がすごい。知識欲がすごい。危ない行動をたくさんするのだが、正義感に駆られてるわけじゃなくて、ただただ「知りたい」を原動力に動いている。損得とか意味とか考えず、打ち込める強さを感じて、自分も元気が出た。

 

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2021年07月23日

Posted by ブクログ

迫害されるトルコの少数民族、トルコは単一民族国家だと信じて疑わないトルコ市民、それを促進する体制側、言語学的探求心からただひたすらに観察する日本人…理念としてはこれっぽっちも交わらないものたちが、それを覆う身体によって出会い衝突し絡み合って行く

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2012年10月16日

Posted by ブクログ

トルコの影の部分に焦点を当てた本。

読む前は、筆者がトルコを旅して、その中での意外と知られていないであろう場所での経験や感じたことを描いた本であると思っていました。

しかし、言語研究者としての立場での視点からトルコの影の部分を紹介している。

このような部分も知っているのもイイと思う。

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2011年11月28日

Posted by ブクログ

親日国として有名なトルコですが、もうひとつの顔が描かれてます。

国民はとてもやさしく外国人の旅行者を迎える反面、国内の少数民族(特にイスラームではない民族)に対しての差別的な取り扱い。

政教分離とはいいつつ、実際には政教一致ではと思える政治。
国民は一流だけど、政治は四流というところなんでしょうか。

何事も表があり裏があるものだなと、改めて感じた1冊でした。

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2011年09月11日

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