【感想・ネタバレ】快楽亭ブラック集 ――明治探偵冒険小説集2のレビュー

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Posted by ブクログ

私は「快楽亭ブラック」といったら立川談志や桂三枝の弟子出身の落語家さんを連想してしまうのですが(名前だけで、演目を聞いたことはないが)、こちらは初代ご本家の「快楽亭ブラック」です。現代の落語家さんは「二代目」らしい。
漫画『美味しんぼ』でも、来日して落語家になりこの名前を襲名したアメリカ人キャラクターが出てきますね。


初代快楽亭ブラックはイギリスの名門軍人一家の出身で、一家で来日したのは6歳の時。多芸多才で日本で寄席に出て「英国人落語家快楽亭ブラック」を称する。一時期はかなりの人気だったが、名門の実家からは芸人になったことを猛反発され、芸も飽きられ、晩年はかなり不遇だったようだ。
こちらに収録されている四作は、快楽亭ブラックの噺を口述筆記したもの。
日本の客への口演のため、客に語りかける口調であり、フランス人やイギリス人を日本人名にしたり、ヨーロッパと日本の違いの説明を入れてきている。
時代を感じるのは、身分の差がはっきり出てくることと、犯罪に対しては死刑が当然というもの。収録の四作とも犯罪が出てくる「冒険・推理・人情」という感じなのだが、犯人は捕まったら死刑になることをわかった上で犯罪を実行している。

【流の暁】
今を距(さ)ること百二十年前(ぜん)、仏国(ふつこく)に暴動起こりし。
…というような語り口(口述筆記)で語られる欧州人情噺。
日本の客相手なので日本と欧州の違いの解説の入る。フランス革命のことを話してから「まさかたったの百年前に、国内で八万人も首を切り落とされるなんてこことがあったはずがないとお考えかもしれませんが…」という感じ。たしかに明治時代の日本人には遠いフランスの革命なんて俄に信じがたい出来事だろう。

…そのフランス革命のさなか、青年貴族の沢辺男爵は英国に亡命し、百姓娘のおせんを女房にした。
だがナポレオンの帝政により貴族の復権が約束されると、沢辺男爵はおせんを捨ててフランスに帰国する。残されたおせんは双子の男の子を産んだが、あまりの貧しさに一人を手放さざるを得なかった。
捨てられた方の赤子は養父母の漁師から「丈治」と名付けられれ、やがて丈治は倫敦の金貸し爺さんの番頭になった。
そんな丈治が倫敦の街を歩いていると、いかにもボロボロの婆さんが声をかけてくるではないか。「これこれ治郎吉、お前は何処へ行っていたんだェ。ちょっと立派になったからッて阿母さんやお婆さんを知らんぷりすることがありましょうかェ」
それは、あの時丈治を捨てたおせんの母親(双子にとっての祖母)だったのだ。
丈治は自分の身の上を知り、母おせんと祖母、そして双子の次郎吉を知った。だが彼らは貧しさのあまりに貧民街でその日暮らしをしていたのだ。特に次郎吉にとっては、勤め人の丈治はよい金蔓としか思わない。
そしてそれまで真面目に勤めていた丈治は、一家を助けるために犯罪者の道へと転がり込んでいく。
ついに大事件を起こした丈治はフランスに逃げる。そこで貴族のお嬢さんと役者との合い挽きを目撃し、お嬢さんを強請ることにする。しかしこの貴族のお嬢さんこそが、沢辺男爵と再婚相手との間の娘、つまり丈治の異母妹にあたるのだった。

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口演の口述のため、流れるような語りかけるような文章だ。そんな親しみやすい口調ながらも話の展開はかなり厳しい。夫に捨てられて貧しさのどん底に突き落とされる女。そしてかつて捨てた子供が出世したとなると、一家総掛かりで集って犯罪まで推奨する。(あまりに貧しく教育も受けていないので、使い込みとか泥棒を悪いことだと思っていない)男が気軽に女を捨てて、すべてが悪い道悪い道へと進んでいく。それを当たり前のように語られるので、この時代は「すべてを失う」ことがよくあることだと受け入れられていたのかと思った。

【車中の毒針】
巴里の乗合馬車の女性乗客が急死する。
偶然乗り合わせた絵描きの加納元吉は、馬車に落ちていた女性用の針(多分スカーフ留め)を持ち帰る。調べたところその針には人を即死させる毒が塗ってあることがわかる。
伊藤には、婚約間近の娘がいた。山田金三郎のむすめのお高だ。だが乗り合いで殺された女性は、山田金三郎の姪にあたるということが分かる。彼女の死により土屋は経済的にかなりの利益を得るのだ。
はたして山田はこの殺人に関与しているのか…


【幻燈】
倫敦の銀行家の岩出義雄は身寄りも住処もなくした小僧の山田又七に財布を摺られる。だが正直に申し出て真摯に侘びる姿を見込み、身元を引き取ることにした。
又七はこのご恩を返そうと真面目に働き、ついには岩出のもとで番頭にまでなった。そして岩出の総領娘お政と恋仲になる。
だがそれを知った岩出は「和紙の跡取り娘を誑かして財産をかすめ取る気か!」と又七を追い出す。
その晩事件が起きた。岩出が銀行の一室で殺されていたのだ。又七は容疑者として逮捕されてしまう。

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被害者の身内素人が殺人犯人を探すのに、銀行員の手形を取り、当時流行の幻燈機(スライド映写機のようなもの)で、事件現場に残されていた血の手形と写し合わせてみるという科学捜査手法を使っているのが、当時にはモダンだったんじゃないかな。
この頃は警察による科学捜査が行われなかったのでこのように、知恵のある素人さんが色々やりますね。


【かる業武太郎】
倫敦の町外に暮らす松本義平老人が強盗に殺された。娘のお静さんは阿父さん(おとっつあん)の敵討ちを誓う。
お静さんは、犯人は軽業師の「世界亭東一(せかいていとういち)」と突き止めるのだが証拠もない。
お静さんに結婚を申し込む青年島田市太郎は、素人探偵をして東一を捕らえようとするがどうにもうまくいかない。
そんなときに、お静さんは危ないところを神田武太郎という青年に助けられる。だがこの武太郎こそが、義平を殺した軽業師東一の返送した姿だったのだ。

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本書に出てくる女性は、男性上位社会で自分の意志で生きようとする強さがあるのはいいんだが、やはり社会の性質上限界がある…。
こちらの噺のお静さんは、なんの後ろ盾もなく父の敵討ちに突き進むのは立派なのだが、身分の低い者を巻き込み酷い目に合わせたり、下女の心配からの忠告を聞く耳持たなかったり、殺人犯人にあっさりと騙されるし。善意の者の言うことを聞かずに、悪意の者に騙されまくるので、読んでいて「しっかりしろーーーー」と言いたくなった…
まあ「それなら自分ならできるのか?」と言われたら無理なんですけどね…。

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2023年08月15日

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