あらすじ
〈私〉と〈物〉とをつなぐ味のある生き方。眼鏡、自転車、カメラ、鞄、刃物……。さまざまな〈物〉を通して〈私〉の中への風変わりな旅を描く。〈物〉をキ-ワ-ドに自己の半生を描ききる珠玉のエッセイ集。
●モノ(物)は店頭に並べられていたり、道端に捨てられていたりするときは、ただのモノにすぎない。だが、それを私がお金を出して購入したり、拾って持ち帰ったりしたとたんに、モノは「私のもの」になり、モノと私とは特別なつながりを持ちはじめる。 そのつながりは、ときに人間関係よりも濃いものになることがある。「私」が死んだあとまでも形見というかたちで続いたりもする。(「あとがき」より)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
物欲の煩悩を刺激してくるタイトル。
目次を見れば、次のような魅力的なラインナップ。
・時計 ・鞄
・眼鏡 ・机
・杖 ・寝床
・自転車 ・電灯
・カメラ ・鍵
・万年筆 ・背広
・煙草 ・刃物
・帽子 ・ストーブ
・履きもの ・食器
・傘 ・石
これらのモノへの愛情を、さぞや熱く語っているんだろうなと思ったら、まったく違っていた。
本書のタイトルは「物と心の履歴書」だった。これらのモノと出会い、使っているうちに、やがて心を支配していく何かがあった。それを綴ったエッセイが本書だったのだ。
所有から、自由へ。
モノを所有することにより、心の自由に制約を受ける。それを著者は窮屈に感じたようだ。モノに対し、人は愛着心のような感情を抱くことがある。モノと自分とに特別な繋がりがある、と感じてしまうことがある。「自分のもの」となったモノとの繋がりは、時として、人と人との繋がりや、人と世間の繋がり以上に大切なものに思えてしまうことはないだろうか。
私もいろいろなモノ好きである。だから、本書にあるようなことは漠然としたものではあるものの、常に頭の片隅にあった。時には後悔や反省を感じることもあることだ。所有欲を満たし、しかも使うたびに愛着を感じるなら幸せだろう。でも、もし所有することだけが目的になってしまったら。いつまでたってもあれもこれもとコレクションすることだけにしか頭が行かなくなってしまったなら。その心境はどんな状態になっているのだろう。傍から見ればかっこ悪い。心の自由を奪われているのではないかと疑ってしまう。