【感想・ネタバレ】フェミニスト・シティのレビュー

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

女性が都市の中でどう生き延びてきたか
いつも恐怖を感じている
危険があっても都市の中でしか生きられない
安全なまちをつくるなかで、排除されている人もいるということ

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2022年12月20日

Posted by ブクログ

確かにね、と思うことが文章となり書いてあった。たしかに、安全なショッピングモール、女性が好きなのはそうか落ち着くからか。
その他、気づかなかったことも発見があった。
最後まで読みきれなかった...

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2023年09月26日

Posted by ブクログ

難書だが、最初の3章あたりが1番面白かったな。研究者で子持ちの彼女が都市で感じた違和感をうまくエピソードとともに表現していて、気持ちがわかるわかる。確かに街はmale-dominant でつくられているわぁ、と納得した。研究者らしく、研究もいくつも紹介されていて、とても面白い一冊だった。最後の方は難しかったなぁ。

p.103 ケイリーン・シェーファー『家に着いたらメッセージしてーー現代の女友達の進化と成功』

p.129 孤独を楽しめる条件は、パーソナルスペースが尊重されることだが、女性がこの特権を享受できる事は少ない。理想的な遊歩者(フラヌーズ)とは都市の群衆の中に自由に出入りできるような、都市にいながらにして、匿名で独立した存在である。現代風の夕歩車は、イヤホンから爆音の音楽を流しながら、街を彷徨、好きな音楽をBGM に都市の冒険を楽しもうと言ったところだろうか。

私も街中でヘッドホンをして音楽を聴くのが好きだ。ただし、私を含めて多くの女性にとって、これには単なるエンターテイメント以上の意味がある。そうすることでささやかながらも社会的なバリアを作り、絶え間ない、およそ迷惑な男性の感情を防いでいるのだ。望まない会話や街でのハラスメントヘッドホンがどれだけ防いできたか、あるいはヘッドホンのおかげで、気づかずにやり過ごせたかはもはやわからないが、逆に、もしあの時、小さな白い手イヤホンでもあれば、侮辱やひどい性差別に合わずに済んだのに、と言う経験はいろいろ思いつく。

p.142 カフェでカバーとか、あるいは公園のベンチに座って小説や雑誌を広げるのをしみじみ嬉しい瞬間だ。それが家庭とか仕事からの1時の脱出であればなおさらに。1人でいられどこかで仕事をしていても、その時間がご褒美のように思えることさえある。環境の違いや、周囲の喧騒も集中力の助けになり、書物や研究の構想がはかどることもある。それが学生のレポートの採点であっても、普段より気分は軽い。もし私が今都会に住んでいたら、多分この本をお気に入りのカフェを巡りながら書いていただろう。

家庭では、四六時中何かを求められ、人間関係やケアワークでは、男女差のある過剰な責務が降りかかると言う状況にあると、突発的に入る。邪魔は殊更に腹立たしく感じる。公共の場所で、ただ座って本を読んでいると言う行為でさえ、やがてどこかの男が何を読んでいるかと話しかけてくるのはわかりきっている。もちろん男の連れと一緒に勉強や書物をしていた。邪魔が入った経験は無い。つまり問題は、ひとりでいる女は、いつでも男の「相手をする余地がある」とみなされることだ。源流をたどれば、これは女は男の所有物であると言う考え方にまで遡る。側に男がいるとか、結婚指輪をしているとかといった、どこかの男の所有物であると言う明確な徴がない限り、公共の場にいろんなは狩ってもいいものと言うわけだ。(もちろん結婚指輪が意味するのは異性愛関係とは限らない)。女は、厄介な干渉を遠ざける1番手軽な方法は、彼氏や夫の存在を告げることだと本能的に知っている。男が女の「ノー」ではなく、他の男の所有権を尊重する事は医師によくある。

都市とは「石に刻まれた家父長制」であると看破したジェイン・ダークは、都市において女性は、せいぜい「ゲスト」だとも述べている。そこは男性の領域である「その流儀に従って身を処す」ことをしない限りは、不法侵入者とみなされる、と。ダークはいかにもうんざりといった調子で、ひとりでいる女性への「元気出せよ!」と言うお決まりの呼びかけについて書いている。私も用事のために街に出かけた時に男から「笑って!」と声をかけられた(命令された?)の事はもはや数え切れない。男の無礼な振る舞いを指摘されたときには、もっと「おしとやかに」するように諭されもした。しかも、私が笑顔見せないと、つまり、私が感じがよく、従順で男を喜ばせる女でないと言うことになると、私はビッチかデブスかレズかと言うことにされるのだ。男が女に笑顔を見せるように頼む事は、差別とは限らないと言う者もあるならば、街で男が他の男に向かって「笑って!」と声をかけることが想像できるだろうか?

p.156 トイレの必要性やそのアクセスの問題には生産も深く関わっている。身体の形が異なれば、トイレの利用形態も異なり、そこには複雑な生物学的・文化的背景も関係する。多くの女性の場合、用足しに要する時間を長くなりがちで、月経に伴う処置も定期的に必要になり、衣類を整えるのも大掛かりである。トイレットペーパーも比較的多く使うし、コートやハンドバッグをかけるところも必要で、ドアの閉まる個室でなければならない。さらに、赤ちゃんや子供、障害者、恒例の家族などに手を貸す役回りになっていることも多い。ロウも指摘している通り、それにもかかわらず、公衆トイレは悲惨なまでにそうした需要について認識の対応もしていない。

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2022年11月03日

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