感情タグBEST3
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食をきっかけに折々に蘇る幼き日々の記憶。生まれ育った倉敷と祖父母、両親との懐かしき思い出。
食に関するエッセイで知られる筆者。今回の作品は自伝的要素が強い。岡山県の郷土料理であったり幼少期の食をあるきっかけで舌から思い出す内容。祖父母、両親の晩年に至るまでの絆が情緒溢れる文体で表現されている。私的には向田邦子の域に達したようにも思う。
大人になってからある瞬間に幼少期の謎の解ける展開がある。記憶の奥底に埋もれていた家族の愛情。どこかしんみりとした内容のエッセイ。
表題作の由来の筆者の父のビスコのエピソードも良い。
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2月の平松洋子さんの講演会で、日本各地の美味しいものをレポートしてきた平松さんに「岡山の美味しい食べ物を教えて下さい」という質問が出た。
「なかなかその質問に答えるのは難しいんです。というのは、私は岡山では滅多に店で食べなかった。私の味の記憶は全部家庭料理なんです。あの酢の物の味。柔らかくて、記憶と繋がっているから。だから、岡山と言えばママカリと言われるけど、みんなママカリ食べて生活してないよ。それに各家庭で多分微妙に味が違う。瀬戸内の文化はお酢が独自です。特に砂糖の使い方。」などと答えた。
あゝそうかもしれない。本書で岡山の郷土料理「祭り寿司」について述べた項で、平松家では「ばらずし」あるいは「おすし」と言って運動会や秋祭りに作っていたという(←うちでも全く同じ)。酢飯の上に置くのは酢〆の魚、殻ごと茹でた海老、穴子、干し椎茸、干瓢、高野豆腐、レンコン、サヤエンドウ、錦糸玉子と、うちとほぼ同じ。煮イカは入らなかったなぁ。「もし本当に祭りずしに出会いたいなら、季節の頃合いを狙ってどこかの家庭に潜り込み、御相伴に与るしか手がない」という。もっとも、現代岡山では作ったことのない家庭の方が多いだろうけど。
平松洋子さんは、まるで昨日食べたように子供の頃の「美味しいもの」の味を再現する。アキアミの塩辛、内田百閒が好物だった「大手饅頭」、倉敷市民ならば、と「むらすずめ」ことを書く。「笠を被って豊年踊りを踊る姿を羽をひろげて稲穂に群がるすずめに見立てた」と初めてその名の謂れをを知った。一度見たら忘れられない倉敷の銘菓である。秋祭りのすいんきょという被り面の「こわいもの」の思い出と綿あめの記憶。
平松洋子さんの家は、おそらく倉敷駅と倉敷美観地区の間の住宅地にあった。1964年に新築の家に引っ越したらしい。その2年後に私の家族も新築をしたので、いろんな所で「同じだ、同じだ」と思ってしまった。応接間に揃えられたソファとテーブル、油絵、赤レンガを埋め込んだ飾り棚、新品の風呂場(それまでは薪を焚き付けて風呂を沸かしていたのに)、そしてみかん風呂。お父さんは日曜大工で鉄棒を作った。うちのお父さんはコンクリートを固めて重量あげ棒を作った。なんだろ、この共通点は?
2018年7月7日の朝、平松洋子さんはテレビを見てすぐに倉敷市中心部のマンションに住むお母さんに電話する。真備町が小田川決壊で湖のようになった西日本豪雨の日である。倉敷川は少しの氾濫で済んだ。小田川決壊がなければ危なかったことは後で分かる(それは私の家の周りでも同じだ)。7月21日から平松洋子さんは数回に分けて真備町に出かけて、その被害の様をレポートしてくれている。私も15日には災害ボランティアに行っているので、平松レポートの真摯さは分かる。既に倉敷市民も忘れかけているので、ここに書籍として記録があることは、記憶しておきたい。
また、旅館くらしきの先代女将さんの丁寧な私家版記録を再掲している。大原美術館の陶芸館ができた時に、旅館くらしきに集まった面々の豪華さに目が眩むようだった(バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、棟方志功、芹沢銈介、外村吉之介、大原総一郎)。昭和36年。未だ彼らは生き集っていた。改めて大原美術館はすごい所なのである。
私たちの世代は、戦後も終わったと言われて高度成長期にスクスクと育った時代である。自伝的作品を描いてもそんなに読ませる材料は無い、と私は思ってきた。けれども抜群の味覚記憶を持つ平松洋子さんのような自伝も有り得るのだと思わせてもらった。私には、自分を振り返るには、良い本だった。
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著者だけでなく、祖父母、両親、それぞれの来し方に触れた著者の思いがギュッと詰まっています。とても豊かで、濃密で、渋い色彩のエッセイでした。
「書くべきことは、発酵物の表面に浮き上がってはぷっくり膨らむ大小のあぶくに似て際限がなく、今後も向き合いながら少しずつ言葉にしていきたい。」
と書かれているので、これからも楽しみです。
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1958年倉敷生まれ、平松洋子さん「父のビスコ」、2021.10発行。家族のこと、郷里岡山のこと、食べ物や季節の花々などを綴った良質なエッセイです。92歳で亡くなった父を語る「父のビスコ」、じーんときました。
Posted by ブクログ
平松さんの家族の歴史、食の思い出、故郷の倉敷への想いなど。変わったタイトルだな。と思い読み進めて、最後にビスコが登場し「あー、ここにも歴史が」と生きていく中での縦や横のつながりを感じた。
「知りたいことがまだたくさんある。だから死ぬわけにはいかん」(p316)のお父さんの言葉は重みがある。
読み終わるのが勿体なくて、3度も読んでしまいました。