「大空のサムライ」こと坂井三郎氏に航空力学の専門家がインタビューをして、その類い稀なる零戦操縦術と戦法の秘密を明らかにした本。
坂井三郎氏の言葉を口述筆記しているので、ズバッ、グッ、ダダッ、バラバラッ、とまるで長嶋茂雄のコメントのようなところがあるが、理路整然と語ってくれるところもあり、そのギャ
...続きを読むップが逆に臨場感を出している。
「左捻り」という技が、坂井をエースパイロットたらしめたスゴ技らしい。航空力学的な著者の説明が読んでも全然わからなかったが、なんだかすごいことらしいことはわかった。たぶんメカ好きな人には堪らない記述なんだろう。
自分はそういったところはサクッと読み流して、まるで剣豪修行のような坂井の歴戦の回想、飛行の奥義、苦境に陥っても諦めない不屈の精神、そして腕一本で窮地を切り開く職人気質を楽しんだ。
全く知らない事実もあった。
米軍の猛攻により硫黄島に残された戦闘機部隊の残存勢力はわずか十数機になったとき、もはや反撃の芽も潰された坂井ら熟練のパイロットたちに下された命令は「敵航空母艦への突撃」つまり特攻だ。敷島隊の特攻に先立つこと4カ月も前である。
特筆したいのは坂井が代弁する現場のパイロットの声だ。
「海軍の広報が敷島隊の特攻により、海軍航空隊の士気は大いに上がったというのは大嘘。士気は低下した」
「たとえ一万分の一でも帰還する確率があるなら士気は上がる。でも全員死んでこいと言われて士気があがりますか?(あがるわけがない)しかし大本営は士気は上がったという。大嘘つきです」
特攻隊が祖国のために自ら望んで捨て石になったとする美談は、前々から右傾化した危ない思想だと思っていたが、当時から現場のパイロットたちが特攻を作戦と言うにも愚かだと考えていた貴重な証言だ。
それを考えると最近話題の『永遠の0』という小説は、これらのエースパイロットの気持ちをよく酌んでいるいる良い作品だと思う。
蛇足として、読後に考えたことを付け加える。
靖国に参拝する政治家が「祖国のために命を落とした英霊たちに哀悼の意を表すのは当然」と言ったような発言をよく見る。しかし靖国に象徴される国家神道に家族や恋人を奪われたと憤っている日本人遺族だって多いはず。そこのところがなぜかテレビで報道されないから、靖国参拝を愛国的な行為だと受け取る人が非常に多い。
若い人が深く考えず受け入れる素地ができあがってきているのがなんだか怖い。