歴史街道編集部のレビュー一覧

  • 太平洋戦争の名将たち

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    日本陸海軍の名将6人について、研究者がそれぞれの視点から考証しています。
    特に今村均は素晴らしい方で、この人が中枢にいたら歴史は確実に変わっていたでしょう。
    ページ数も少ないので、昨日から読み始めて、あっという読み終わりました。

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    2023年06月05日
  • 太平洋戦争の名将たち

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    映画MIDWAYで浅野忠信氏が演じている山口多門という人がどのような人物であったか興味を持ったことがきっかけで本書を手に取った。

    帝国軍人というと、プライドが高くそれ故に柔軟性に欠けるようなイメージが漠然とあったが、名将と呼ばれる人々は皆総じて己のメンツよりも部下や現地の人々のことを非常に大事にする人格者であり、同時に、現場の状況を冷静に分析し判断する軍人としても優れていた人たちであったと知ることができた。

    日本が全て悪かったという自虐的な歴史観が我々の世代には当たり前になってしまっているが、パラオやインドネシアのように、日本の統治が肯定的に受け止められている地域があるというのもまた事実であり、そう言ったことも同時に伝えていかないとフェアではないし、倒れていった方々にも浮かばれない。青山繁晴氏の真珠湾攻撃に関する書籍を読んだ後なので尚更そのように思う。

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    2023年04月02日
  • 太平洋戦争の新常識

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    IF~なものもあるが、かなり掘り下げて戦争とヨーロッパの情勢を知ることができる。読み進めるのが楽しみであっという間に読んだ。おススメです。

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    2019年09月29日
  • 太平洋戦争の新常識

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    私自身は戦後の生まれで、その当時の状況を体験したわけではなく、ただ漫然と戦後の時代を暮らしてきています。当時の時代において、国を思い、人を思い、より良くするため行動された諸氏の活動に、感動を受けました。また日本の戦争のことをよく知り、次につなげるべきと思います。私自身もなにかできることから行動すべきと気付かされました。
    本書は複数の著者により、多方面からの視点で、太平洋戦争を分析され、興味のもてる分野を見つけるための良書と思います。

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    2021年09月03日
  • 太平洋戦争の名将たち

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    時代も価値観も当時と違うが、
    戦争時代の名将の生き様を現代に置き換えると
    という永遠の問いが集められた1冊

    そんな中、ペリリュー島が書かれた第四章は必読です

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    2020年10月18日
  • 新視点で読み解く! 関ケ原合戦と大坂の陣

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    寧(北政所)と茶々(淀殿)に言えば、秀吉が伏見城に没した時。63歳。寧は50歳、茶々は30歳で合った。色々と有りますなあ。

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    2026年07月09日
  • アンソロジー 豊臣合戦

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    各編とも短くまとめられていて、読みやすいものの物足りなくかんじる。
    それぞれの武将の視点にて語られていることから、多角的に落ちていく豊臣家の様相がわかってくる。が、表層がつかめる。
    関ヶ原などが、どちらに転ぶかわからないものだったことが、どの作品からも伝わる。

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    2026年03月26日
  • アンソロジー 豊臣合戦

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    一つ共通のお題を据えて、各作者の描きっぷりを読み比べられる、居酒屋メニューで言えば、地酒飲み比べセットみたいな感じで趣きがあり、面白かった。

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    2025年11月03日
  • 新視点で読み解く! 関ケ原合戦と大坂の陣

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    いつも楽しみにしている大人の休日倶楽部パスを使って、新幹線・特急に乗って駅にあるピアノを弾きながら、鉄道旅をしました、その途中の売店で見つけた本です。記録によれば、今年(2025)のGW頃に読んでいました、しかし読み返してみて面白いポイントが前回よりも増えています、

    当時は目の調子が悪く、入力作業が辛かったのかもしれません。あれから音声入力も使えるようになったので、多くのポイントを記しておきたいと思います。

    以下は気になったポイントです。

    ・伏見城内にある自分の管理する曲輪が 一番安全であり、そこに逃げ込む方が理にかなっている。つまり 石田三成は伏見城の治部 少輔曲輪に籠り、 家康の屋敷に逃げ込んだのではないと考えられる。この当時の家康の屋敷は伏見城から離れた、宇治川 対岸の向島であった(p16)

    ・ 当時の兵士動員の原則は、 敵地に近いところに領地を持つ大名の順で、従軍する義務を負う。 これを 義務的従軍という(駿府の中村、浜松の堀尾、吉田の池田、岡崎の田中、清洲の福島) 。一方 義務を課されない大名では、中津の黒田長政、 宇和島の藤堂高虎、 宮津の細川忠興 などは 天下分け目の対戦が始まるだろう こと を見越して、上杉征伐に従軍した(p22)

    ・3奉行と秀頼生母の淀殿は、三成 たち が不穏な動きをしている、早く 上方に戻って 不穏な動きを鎮静してほしいという内容の手紙を 家康に送っていたので、ほとんどの 豊臣系 大名が家康に味方するのは当然であった。しかし3 奉行と 淀殿が 鞍替えして「内府違いの条々」 を出して、家康を謀反人と 弾劾 したことで、 家康と行動を共にする軍は反乱軍となった(P24)

    ・関ヶ原戦いの紛争処理にあたり 家康は毛利輝元と 起請文を交換して政治的連携を誓約しあった、家康は 輝元を弟として扱い 、輝元は家康を父として扱うもので家康の主導性は明らかであった、 上杉景勝については、 家康の子供を、まだ 嫡男のいなかった養嗣子にすることを取り決めている(P36)

    ・徳川家康は 西の丸に入城すると、秀吉が晩年に制定していた「御置目」「御掟」や遺言を刷新し、新たに「御置目」「法度」を 制定した、家康はそれに基づいて 秀頼の後見人として 天下統治を行うようになった。その立場は 執政に当たるもので、 これは事実上のクーデターとみなされる(P38)

    ・石田三成は小早川秀秋の離反を知り、 その近所に布陣 していた 大谷吉継 が危険にさらされるということで救出のために大垣城を出て 関ヶ原に進軍し、秀秋 への備えを取ることになる。それを家康が追撃して、翌月15日 関ヶ原で両軍は激突する。両軍が関ヶ原で衝突したのは、 この秀秋離反の露見が 原因であった(P43)

    ・ 毛利輝元は 四国から北部九州に至る 広範囲で自領を拡大しようとした、 この行動の背景には関白 豊臣秀次が 失脚した 1595年 秀吉が「大坂より西については 輝元と小早川隆景に申しつける」 が根拠であった。この秀吉の言葉を根拠に、 輝元は西国方面の大名に対して 西軍 参加を呼びかけ、それに従わない 大名には懲罰権の発動として軍事侵略を企画した(P56)

    ・関ヶ原を「関がある原」または「関があった原」と呼ぶのは、古代の関所「 不破関」に由来している。古代 律令制度では、東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道という政府の管理する7つの官道が設置され、都から放射状に伸ばされた。東へと向かう道は、東海・ 東山・北陸の3つである。 律令が整えられた 8世紀初頭 、当時 「東国」と呼ばれた東日本へは国家の支配が十分 浸透していなかったので、東日本と西日本を画す交通上・軍事上の要衝に関が設けられた、東海道:近江と伊勢間には、「鈴鹿関」、北陸道:近江と越前間に「愛発関」、東山道:近江と美濃の間に「不破関」である、この3つを「律令三関」という(P72) これが廃止されたのは 798年であり、その後現在の関東地方では、略奪などの事件が多発するようになったので、899年に、 東山道の信濃・上野間の 「碓氷峠」、東海道の 駿河・ 相模国境の「 足柄峠」(足柄坂、後には箱根)に関所が置かれた、 それ以降現在の関東平野 周辺が、関東・坂東と呼ばれるようになった(P74)

    ・寧(ねね)と茶々(淀殿)は秀吉の正妻であり、第一夫人が 寧々であり、第二夫人が 茶々であった。その関係は秀吉の死後も変わらなかった 、従って よく言われる「正妻」対「愛妾」 のという 対立構造も 史実としては成立する余地はない、 なぜなら茶々は、 愛妾ではないから(p99)

    ・ 徳川家康が関ヶ原合戦で勝利をすることができたのは、当日の彼の軍事的な采配が優れていたからだけではない。むしろ 家康がそれ以前に売っていた手が最大の勝因だと言える。合戦前の1ヶ月ほど前に、 169通にも及ぶ手紙を日本全国の大名に出していた。 つまり 事前の根回しが巧みであった。中でも、松尾山の 小早川秀秋の 寝返り 工作、南宮山の 吉川広家から不戦の約束を取り付けていた、この2点は 特に 家康勝利の大きな要因となった(p117)

    ・関ヶ原の合戦の結果 、 大名の転封・ 移封が徹底的に行われたが、これによって 幕藩体制の基礎ができた。 それまでの 地方分権 国家から中央集権国家へ 大きく変わる戦いであった。 秀吉との違いは、家康は「農民は連れて行くな」という命令が出された、結果として これが兵農分離を促進させることになり、社会の固定化と安定化が図られた(p117)

    ・関ヶ原合戦 後 、 家康による諸大名への領地の給付は、一人一人に口頭伝達するというやり方であった、 当時の 家康には領地 朱印状を 発給する権限がなかった。出すのであれば、秀頼の名前で出さなければならなかった(p137)

    ・ 関ヶ原合戦後の当時の人々は、「家康の 将軍制」と「 秀頼の関白制」 が相並ぶ「二重公儀」になるだろうと 認識していた。この体制は家康自身が設計したものと考える。 その理由として、日本の半分に当たる 京都から西に、徳川 大名が一人もいない(p139)


    ・ 大坂夏の陣で徳川側が総攻撃をしなかったのは、和議を働きかけていたから。大坂城を退去し 淀殿を人質に出すよう説得したが 豊臣方の 意見 はまとまらなかった。 結局 しびれを切らした前線部隊が威嚇射撃をし、それが 呼び水となって 不規則な形で戦闘が始まってしまった。しかも 豊臣型の奮戦は凄まじく、天王寺口 中央に布陣した毛利勝永隊の目覚ましい 進撃のために 徳川方の将 兵が多数 討ち取られた ほか、 家康本陣まで後退させられた。 そうなると徳川家の面目上、 家康も 豊臣家を滅ぼさざるを得なくなる。皮肉だが善戦したことが 反って豊臣家を滅ぼしたことになる(p151)

    ・日本では大坂の陣でキリシタン大名・武士が全滅し、誰もが 檀那寺の檀家になり、檀家であることを 寺院が証明する 寺請制度が設けられた、大坂の陣こそが宗教戦争の本祭、島原の乱が裏祭りという位置付けになる(p199,201)

    2025年12月5日読破
    2025年12月5日作成

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    2025年05月07日
  • 戦国時代を読み解く新視点

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    戦国時代の定説と言われる史実を、最新の研究や客観的な視点から見直し、事実を掘り起こすことで歴史の新しい見方ができる。
    今まで悪役的扱いだった明智光秀、三好長慶、最上義光等、勝者の側から語られたが故に正当な評価を受けてこなかった傾向にある。最近発見された文献や史料を用いてそれらの歴史観に対して大胆に反証した歴史家達の最新意見集である。

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    2023年12月04日
  • 満洲国と日中戦争の真実

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    満州国とは何だったのか?
    このことに触れるのは、タブーというか
    現在では、興味を持っている人は少ないと思う。
    若い子たちにとっては歴史の授業で名称を
    聴いたことがあるぐらいなのだろう。
    そもそも太平洋戦争について語ることも
    厄介な話題だと言われそう。

    本書では、いろんな視点で満州国を捉えている。
    その経緯、関わった人たちの証言。
    何となく知ってたこと。
    聞いたことあること。
    知らなかったこと。
    興味深く読めた。

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    2023年05月31日
  • 日本とロシアの近現代史

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    北海道に住みながらソ連の悪行の情報を噂程度しか
    洩らしていないロシアの情報操作の巧みさが改めて
    思い知らされる(´・ω・`)
    ※占守島・樺太恵須取侵攻、留萌沖疎開船攻撃秘匿
    大正時代から昭和に向けて日本エリートが思考硬化
    したがために明治期のアドバンテージを使い果たす

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    2023年03月12日
  • 太平洋戦争の名将たち

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    日本人として、15年戦争について最低限のことは知っておきたいと思いながら、本によっては左右の違いが甚だしく偏りを感じることが多くありましたが、少しずつ読みやすい本が増えてきたように感じています。

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    2021年12月29日
  • 日本陸海軍、失敗の研究

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    雑誌「歴史街道」に掲載された記事を収録した本である。それぞれが得意とする分野について執筆をしているが、執筆者によっては消化不良を感じるものもある。またすでに既刊となっている書籍の要約のものもあるが、この場合には執筆者の既刊書籍を手にとってみようか、と思えた。また執筆者の中には、非常に参考となるものもある。
    この手の本は気軽に読むには最適である。私もサクサクと読み進められた。ちょっとした息抜きや隙間時間に読むには最適な本であろう。

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    2021年11月23日
  • 日本陸海軍、失敗の研究

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     この類の書は数多あって、そのどれもがたいていはそこに書かれている失敗の原因やもう少し大きな背景に言及し、どのようにすれば防ぐことができたのか、また現代への示唆はということを問う。確かに、その通りであって、反省して内省して次へと繋げられれば言うことはない。すばらしい展開が待っていることだろう。
     それでも、そんなことができるだろうか。みんな等しく失敗するものである。失敗してもいい。失敗してもやっていけるということを明らかにするという文脈において、どこまでも失敗を研究して完璧を目指すことが本筋なのだろうか。何かスッキリしないのだ。

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    2021年10月20日
  • 太平洋戦争の名将たち

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    歴史街道という雑誌に掲載された記事を太平洋戦争中の日本の将官ごとにまとめたもの。
    名将たちということで、海軍からは山本五十六、山口多聞、角田覚治、陸軍からは中川州男、栗林忠道、今村均。執筆者も懐かしい渡部昇一がいたり。

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    2020年09月22日
  • 戦国時代を読み解く新視点

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    ネタバレ

    <目次>
    第1部   定説を揺るがす新説
    第2部   あの合戦の真相とは
    第3部   あの武将と一族の実像に迫る
    第4部   戦国時代を動かした「異能の集団」

    <内容>
    ちょっと食い足りない感じ。三好長慶の話とか、巻頭の足利義昭の話とか、論文的にもうちょっと読みたい感じ。

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    2020年03月24日