これは星10個くらいあげたい作品だ。熱いぜ数学!
数学好きには有名な問題がある。1998年の東大後期日程数学の第3問として出題されたその問題は、今なお受験数学史上最難問として名高い。当時、大手予備校の数学講師たちにも解けず、解答速報が出せなかったという逸話も残っている。
本作は、小規模予備校の数学講師・言問(こととい)さくらが、実際の超難問に挑むという物語だ。時代は1998年3月。経営者は東大コースの廃止を打ち出した。一縷の望みに賭けて、大手予備校に先んじて解答を出したという実績を作らねば。
まず、作者の向井湘吾さん、企画・監修の西澤あおいさん、刊行した小学館に拍手喝采を送りたい。数学好きの端くれとして、自分は大いに楽しんで読んだが、数学好き以外が手に取ることは少ないだろう。興味がある方は「東大数学 1998 後期」で検索してみよう。初めて問題文を見たとき、自分も何じゃこりゃと思った。
本作は、正解に迫る過程をきっちり描いているのが素晴らしい。数学面での手抜きは一切ない。自分は、ネット上に公開されている解答を読んでも、なかなか理解できなかったが、ここまで簡潔かつ穴のない解答は初めて見た。
また、物語の面も素晴らしい。かつて東大に挑み、挫折した経験があるさくら。だからこそ、受験生たちの最難関への挑戦を心から応援したい。こんな奇問を解くことに意味はあるか? 悪足掻きと言いたければ言え。これが私の生きる道だ。
教科の垣根を越えてさくらの奮闘を支える、心強い同僚たちも魅力的だが、敵役的ポジションの人物も人間臭くて憎めない。大手予備校の超有名講師だって、根底では純粋に数学が好きなのだ。少子化の上に浪人する受験生が少ない現在、大手の塾や予備校でも経営は苦しい。あれから24年後の現在、さくらたちはどうしているか。
こんなぶっ飛んだ問題が出題されることはもうないだろうが、昔も今も、最難関に挑んだ受験生の多くが涙を呑んでいる。その挑戦は決して無駄ではないし、自分はすべての受験生に敬意を表したい。過去に受験生だった一人として。