玉城絵美のレビュー一覧
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まったく想像していなかった未来が見えた一冊でした。人間は、自分の体からも自由に放たれる日がもう間近に迫っているようです。Body Sharingという技術について学ぶことができる本でした。私たちは、一人一人身体を持ち、その身体を通じて体感したことを経験として記憶していきます。この自分でしか体感できなかった経験を他人の身体を通じて、あたかも自分が経験しているが如くに体感できるような世界が遠くない未来には実現しているというのだ。他人という人間のみならず、動物の体を借りることも可能になるようだ。こういう世界が待っているのであれば、頑張って長生きしたくなります。
玉城絵美さんの今後の活躍に大注目です。 -
Posted by ブクログ
面白かった。最先端のテクノロジーを人間とのインターフェースに着目して最先端の動向を語ってくれる。
私がワクワクしたのが、人が移動することの概念が変わりつつあるのだというところ。「認知科学的な意識のみの移動」も選択肢に含まれつつあるというのだ。
映画「アバター」の世界がもうすぐそこにきているということなのかな?身体を人に貸すということも不可能ではないような実験も紹介されている。
ということは、場所の制約がなくなる世界が広がっていることになる。そんな世界で、家族の在り方、生活スタイル、教育、などにどのような変化をもたらすのかも考察されている。読んでいてワクワクが止まらなくなった。
これからも、著者が発信する情報に注目していこうと思った。 -
Posted by ブクログ
これから先、インタフェースの進化が物凄く楽しみになる反面で格差が無くなることに少し恐怖を感じた。
コロナのおかげでリモートが盛んになった今の世界で、実際に地域格差というモノが無くなっているように感じる。
どこの地域にいても同じように情報を受け取る事ができ仕事も可能になった。
PCを共有せずに製造や接客をすることはまだ難しいが近い将来、現実的になるのではないかと今は思える
空間、場所、外見、年齢の格差が無くなると
全世界の人が競争相手になるので日本の金銭的な格差は大きくなるのではないかと感じた
私はIT従事者なので3、4年以上先を見越して自らのスキルセットアップを考える事が出来ないとテクノロジーに代替えされてしまうというのはリアルに感じている。
全体の統括が出来る人というのも、そんなに数はいらない
本当に優秀な人だけが残る世界になるのだろう -
Posted by ブクログ
この人は相当にすごい。
若者を久しぶりに見た。
沖縄出身で琉球大学卒。
そこからたった4年で東大で博士号を取得する。
沖縄は大学進学率も低く、教育格差の最底辺だという。
これが、今後テクノロジーの進化で大きく変わって行く。
教育はもちろんオンライン化が進めば、地域による格差は無くなる訳だ。
しかしそこは、沖縄ですらウカウカしていられない事情がある。
世界規模でこの教育格差が是正されていくのが、これからの時代なのだ。
今までは発展途上国でまともな教育を受けられなかった人たちと、今後は戦っていかなくてはいけない。
これはまさにグローバル化だ。
教育に限らないが、当然に仕事だってグローバルが基本になっていく。
フラット化する社会の中で、逆の格差が生まれていくという状態。
この格差は、本当の実力の差だ。
グローバル規模で実力がランキングされ、下位になればなるほど社会的にも幸福を享受しづらくなる。
今までは日本に生まれただけで恵まれていたが、そういうアドバンスがなくなってしまい、完全実力主義になるという。
ある面では正しいだろう。それが何年後の話なのか?
面白かったのは、人間の肉体すらシェアリングされていくということ。
これはSFではなくある意味でありえる話だ。
物理的に肉体が移動をするよりも、すでにその場所にいる人に、テックを使って遠隔で肉体を借りた方が効率的だ。
移動すらバーチャルになっている状態。
今はテレビ電話だって、バーチャルの一部であるが、それがVR化されていけば、疑似的な肉体シェアリングの状態になる。
後は物理的に「指を動かせたり」「足を動かせたり」憑依に近いけど、そんな事が出来れば、肉体の貸し借りは成立してしまう。
テックの力、電気信号で筋肉を直接動かす技術は既にできている。
これらの精度を高めて、実用化されれば、それは「肉体シェアリング」が可能な状態になってしまうのだ。
その頃には「自分の肉体、何時から何時まで貸しまーす!」に対して、ギャラを払って借りる人がいる訳だ。
すでに今の社会で浸透しつつあるマッチングなのだから、技術的にそんな難しいことではない。
実際に自分が移動することを考えると、ギャラを払っても現地の肉体を借りた方が案外と安上がりだ。
そう考えると、ビジネスモデルとして成立する可能性は十分にある。
テクノロジーの進化で社会がどう変わるか?
議論されつくされているようで「全然まだまだ」という印象を受けたのが面白い。
本書は「分かりやすく書いた」というが、実際理解するのは難しいかもしれない。
それでも今の時代に読んでおくべきとは思う。
(2020/3/21) -
Posted by ブクログ
今後数十年生きていくのが楽しみになる本。
凄そうな経歴を持ってテクノロジーの最先端にいる筆者が現在や今後テクノロジーがどう世の中を変えていくのか述べてくれる。
ボディシェアリングによる移動の革命、意識の移動
AI、ボディシェアリングによる教育の革命
さまざまな数値を取得できるようになることから実用化される信用スコア
IoTによるスマートシティ
など今後10年ほどで世の中は大きく変わっていく。バーチャルな世界で会議や娯楽が楽しまれるようになり、リアルで移動したり、スポーツしたりは少なくなりそう。
映画「レディプレイヤー1」の世界に近くなっていくと感じた。
今より格段に便利になると思うが、なんだか寂しさも感じた。
筆者はボディシェアリングによって身体は自宅でも心はハワイに飛ばすということができるようになるから娯楽の形は大きく変わる。と言うが、やはり飛行機で時間をかけて現地に行くことに価値があると自分は感じてしまう。VRや4Dで現地の音や匂い、触感を感じれたとしてもやっぱり現地に行くのにはかなり劣るのではと思ってしまう。
ボディシェアリングはビジネスではかなり使えるだろうが、旅行などの娯楽にはあんまり向かないかもしれない。
信用スコアというのも自分の人間性が必要以上にデータ化されてしまうのではと感じる。心拍数や表情からどういう時に緊張する人間なのかがわかるからそれを仕事の評価にも反映できるというけど、今はそういう目に見えないものをうまく隠す努力をして人間性を磨いていくものなのではと思う。それを全部数値でバラしちゃったら、改善のしようがなくなってしまう。
犯罪抑止とかそういう社会のマイナス面を少なくするという目的ではかなり有効だとは思う。
本の後半でもこうした優れた技術の発達に社会の制度整備や法整備を追いつかせていかないといけないという話がされた。技術の持ち主が人間である以上、うまく技術を使う方向に進んで欲しい -
Posted by ブクログ
本屋で目につき深く考えずに購入しました。私自身は文系で技術はほとんどよくわかりませんが、そのような素人でも理解できるようにBody Sharingの技術を解説してくれていて、とても勉強になりました。五感以外の感覚(例:重量覚、抵抗覚)をいかにデジタルデータ化し他者に共有するか、ということで、文字・絵画(視覚)、レコードやラジオなどの音声(聴覚)、動画(視聴覚)といった過去の技術進歩の延長でもあります。現在は触覚や味覚などについても同様の研究が進んでいると思いますし、著者が取り組んでいるような研究は今後必然的に進むのだろうと思いました。
その意味でBody Sharingにまつわる技術動向については理解が深まった反面、著者が描く未来像、人間像、世界観については正直あまり共感できませんでした。理由の一部は、おそらく私が単に保守的だから、ということかもしれませんが、参考までに記しておきます。
そもそも違和感を持ち続けたのが、著者が描く未来像(たとえば、1人の人間が複数人の体験をBody Sharingによって並行的に行う)が本当に「すべての」人間の幸福につながるのか?という疑問です。確かにプラス面もあると思います。私が仮説として思ったのは、他の身体を経験することで、自分の身体をより愛おしく感じる、感謝の気持ちが増すことで幸福感につながるのでは、というものです。海外に長期間住むと「気づかなかったけれど日本も良いところがたくさんあるなあ」と感じることがありますが(私はそう思いました)、そのような体験を自分の身体について感じることができると思いました。
たた、Body Sharingによって多くの人がより幸福になったとしても、絶対に嫌がる人はいるはずです。嫌がる人にも「いや、Body Sharingは納豆と一緒で、あなたが嫌いだろうと心身には良いからやりなさい」と言われるような社会は恐ろしいです。Body Sharingを嫌がっている人がBody Sharingをしているときの固有感覚はどんなものかを知る必要がありますが、そもそも倫理的にそのような実験は認められないでしょう。
また最近、西垣通氏の「AI原論」を読んだことも大きく影響してか、著者が描く人間像、世界観が、シンギュラリティで有名なレイ・カーツワイル的なものに見え、その背後にあるユダヤ・キリスト教的一神論や、素朴実在論を強く感じました。本書の最後にユヴァル・ノア・ハラリを参照していることもその印象を強めました(これは単なる印象ですので、完全に私の勘違いかもしれません)。私自身はユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」を読んで強い違和感を持った読者の1人で、一神教の人はこういう思考回路になるのか、仏教などの多神宗教ではこういう思考回路にはならないな・・・と思ったのを改めて思い出しました。
繰り返しになりますが、Body Sharingという技術の最新動向やその可能性については大変興味深く読みましたが、特に本書の後半部分については、「私は」あまり共感できませんでした(もちろんこれも人によると思いますので) -
Posted by ブクログ
生産性の次に求められるのは「体験」。
BodySharingは一人の体験をみんなで共有することを可能にするテクノロジー。
フィードバックが重要。
固有感覚(身体の深部の感覚)までをも共有し、他者そのものになる体験は、人々の共感力を上げ、意思疎通がスムーズになる。
体験共有は新たなコミュニケーション手段。
いろいろ引用されていて話が飛ぶのでわかりにくいが、著者が体験に執着していることはよくわかった。
3〜5章の社会構造とか心身の変化については違う本を読んだ方が良さそう。そこが関心のあるところだったので、結果的にはこの本は私が求めていたものでは無かった。
私は「体験共有」にあまり魅力を感じられなかったけど、それが当たり前になった未来には寝たきりになったりしていて喜んで利用しているのかもしれない。
不老不死も長寿も求めていないのでサイバー空間で生き続けるのは勘弁だ。
健康で自由に動けるうちはたくさんデータを貯めたいから自他の多様な体験を後押しするという思考になるかも。
それが人類補完計画につながってゆく?
人文系の研究の重要性が増していきそう。
「おすすめ」されないネガティブなものの行き場も気になるが、とりあえず今はSFでも読んで現実との比較を楽しみたい。