香原斗志のレビュー一覧
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本書は「各地の城址を訪ねる」ということの御案内に留まらず、判り易く目立つ形で残る建築、或いは存在が伝わる巨大な城ということを入口に「近世の文化の変遷」を説くような、なかなかに興味深い内容を展開していると思う。
「城」とでも言うと、色々な史跡が在って、その内容は様々である。が、「城」とでも言えば「大きな石垣の上に、大きな建物が建つ」というような様子を思い浮かべるというのが「公約数的な理解」になると思う。そういう「大きな石垣の上に、大きな建物が建つ」というような様子の「多分“元祖”」は、かの安土城と思われる。本書はその安土城に纏わる篇を冒頭に置き、以降は「近世の文化の変遷」の中で語るべき内容を持つ各地の城を取上げた篇を連ねている。
本書で取上げられている各地の城は、安土城、大坂城、小田原城、熊本城、姫路城、二条城、彦根城、名古屋城、江戸城、島原城、原城、丸亀城、宇和島城、高知城、松山城、松前城、五稜郭ということになる。これらの中、個人的には原城、宇和島城、松前城は近寄った、または遠望したということも無い。江戸城も「城址を訪ねて」というようなことはしていないかもしれないが、東京に在れば、その城址に相当する場所を動き廻った経過は在る。そういう具合ではあるが、とりあえず取上げられた場所の多くを訪ねた、または立寄った―「訪ねた」と言いたい程にゆっくりしたということでもないながら、近くに行ってみた、眺めてみた、辺りを歩き廻った記憶が在るという感じ―という経過が在る。本書の叙述で「そうだ…あそこは…」と色々と思い出す場面も非常に多かった。
安土城が登場したような頃の、それ以前の時代には余り知られなかった「遠い国の宣教師の見聞」というような外国の建築の様子の伝承、鉄砲の類のような新しい武器を多量に用いる戦術の導入と普及を踏まえて、新しい様式の城が登場した。やがて、「徳川方と豊臣方で全国の諸勢力を巻き込む戦い?」という中で城の建設が流行り、建築の技術等が著しく発展した時期が在る。その後は「火災等で損なわれたモノを“旧に復する”」ということが専らである時代が続く。やがて幕末期に新しい発想での築城も見受けられるが、戊辰戦争関係の戦闘で、それらの城が大きな存在感を示し得たとも思い悪い面も否めない。こうした変遷が、現在に伝わる城の建物等の様子の紹介も交えて、詳しく語られているのが本書だ。読み易く面白いので、頁を繰る手が停まらずにドンドン読み進めた。
更に本書では、「火災等で損なわれたモノを“旧に復する”」ということで、防火のための工夫等が加えられる、そうした意図で改められるということが無いままに何度も「建直し」が繰り返されたらしい経過、新しい工夫が入るでもないままに創建時の形での「建直し」が為されて現在に伝わっているという経過、他所の建物の旧い建材が大胆に再利用されていると見受けられる建物等、「諸外国の事情と比べると、少し驚く」という内容も取上げられている。
本書は、訪ねてみて興味深い各地の城址の豊富な話題を供しているが、それに留まらず「近世の日本?」を広く深く思う材料を供してくれているというようにも思う。非常に興味深いと思う。 -
Posted by ブクログ
『お城の値打ち』について考える
筆者は歴史評論家であり、音楽評論家でもある香原斗志さん
音楽の方の専門はオペラだそうで、オペラとお城…なんかすごい組み合わせ
そして香原さん、だいぶお怒りのよう
日本にはお城が様々にた〜〜〜くさんあったんだけど、現存する天守閣はなんと12しかないのよ
無くなってしまった原因としては老朽化や火災(失火や放火、落雷が原因)が大きいんだけど、近代における大きな原因は明治政府の文化意識の低さと太平洋戦争における焼夷弾なんだそう
特に明治政府が行った「廃城」や軍事施設への転用などは、文化的素養の低い下級武士たち(が作った新政府)の限界と手厳しい
また、近年の「お城ブーム」によって建造されている天守閣についても、史実とは懸け離れた姿となっているものも多いと嘆いている
極端な例だが、あの豊臣秀吉が織田信長のもとで頭角を現すきっかけともなったと言われる墨俣一夜城
もちろん一夜で建てたと言われているくらいなので単なる砦ですが、今そこには墨俣城として立派な天守閣が建っています
もちろんこれは史実(そもそも墨俣一夜城伝説自体が創作なんだが)とは違いますよという前提で聳え立っているんだが、秀吉これ一夜で建てたんか〜という誤った感想を…持つ人いねーわ!香原さんさすがにこれは言い過ぎw
まぁ、でもその他、確かに首を傾げたくなる代物(ダジャレじゃない)が多いのも事実
だが、さらに近年になってお城の持つ歴史的価値に重きを置いて、史実に忠実に再建、補修を行うという流れが主流となってきているらしく、とても良いことであり、近視眼的利益に走るのではなく、お城を通して日本の歴史や文化、伝統を考えることが大切で、それは日本人のあり方を考えることにも繋がるとまとめている
まぁ、難しいことは置いておいても、やっぱりみんなお城好きだよね
わいも大好きだし、世界中の人に見てもらいたいとも思う
そうした時にやっぱり歴史と懸け離れた単なるテーマパークでは、ちょっとなんだかな〜って思っちゃうよね
「お城」大事にしたいね -
Posted by ブクログ
日本各地に残るお城。だが、現存する天守は12しかなく、他は全て復元・復興されたものである・・・。
以前、家族で小田原城を訪れたことがあるのだが、中に踏み入ってみるとあらびっくり。かつての木造の城の面影などなく、無機質で近代的なRC造の博物館になっているではないか。これには特に子供ががっくり。それ以来「次は本物のお城が見たい」と言われていた折も折、実に丁度良さそうな本が出版されているではないか、ということで手に取った。
本書は、日本の城がいかに作られ、最盛期を迎えたか。そしてそれらがどのように扱われ、次第に打ち捨てられ、あるいは破壊されていったか。そして、どのように復興・復元の道を辿ったかが記されている。
戦国時代以前の土塁を中心とした「中世城郭」に対し、石垣の上に天守を備えた我々のよく知るスタイルの「近代城郭」は織田信長による安土城を画期として、それ以降急速に普及していった。
しかし、江戸の世に入り一国一城令が出ると、各藩の中核となった城以外は打ち捨てられる。
また、城はその維持修繕にも莫大な費用がかかるため、江戸時代が下るにつれ、天災地変で失われたまま再建されない天守もあった。
更に明治維新を経て、城は旧時代の象徴として文化的な価値は一切顧みられることなく、軍事施設として使えるか否かの観点でのみ評価し、多くが破壊されていった。天守が残った城であっても、天守を取り巻く様々な施設は破壊されどんどん市街化されていった。
そして、太平洋戦争において、市街地が爆撃されるにあたり、市街のど真ん中に位置することになっていた城も大きな被害を受け、現存する天守は遂に12のみとなった・・・。
戦後の城の復興においては、まず戦争の記憶が生々しかったゆえかほぼすべてがRC造にて再建された。また、復興の意義としては、文化的価値を評価する側面もさることながら「地域おこし」の役割を期待されることが次第に増え、史実通りに復元するよりも、観光客にウケそうな姿かたちで復興するような例さえしばしば見られた。
平成に入り、ようやく旧来の資料を徹底的に検証し、在りし日の姿に近づける姿勢が全国的に広がってきているが、そこには建築基準法等の法律との難しい関係があり、復元も容易でないことが語られる。
上記のような流れを、かなり多数の城の歴史と復元・復興の経緯を列挙していく事で浮き彫りにしている一冊だ。
著者は徹底して、城を復元するのであれば「在りし日の姿の通り」に最大限近づける努力をすべしとの姿勢である。それを通じて、日本の歴史・文化を省察し、適切に評価することに繋がるのだとさえ説く。
日本人と歴史的遺産との向き合い方について考える一冊とも言えるし、
当初私が目的としていた、「観光に行ってがっかりすることのない、ちゃんとした城はどれか」という目星もちゃんとつく。笑
細かい築城技術が述べられている個所などは、さすがに何十もの事例を読んでいるうちに飽いてくる部分もあったが、全般的には楽しめたし、勉強になった。 -
Posted by ブクログ
ある時からお城巡りを始めた。
立派な天守のあるお城はもちろんだが、土塁だけの城跡にもなぜか魅力を感じる。
「お城」の文字がタイトルにある本は見つけると手に取ってしまう。
この本もそうだ。
天守が現存するお城は全国に12ある。12しかないともいう。
弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城だ。
この本では、天守がなかった城に建った天守が紹介されていたり、平成、令和の復元事情が語られている。
中でも、名古屋城に多くのページがさかれていることは単純にとても嬉しい。
名古屋城の木造再建についてメディアで多く取り上げられているが、「名古屋城天守は特別な建築だった。「日本の伝統的木造建築技術の最高到達点」だった。それほどの建築が、ほかの天守とは比較にならないほど正統的で、正確で、精密な復元が可能である。だからこそ、500億円ともいわれる費用を投じる価値があしり、巨費を投じる以上は、可能な限り史実に忠実に復元し、後世に伝える必要がある」という著者の主張に首肯できる。
あーあ。でも、名古屋城、第2次世界大戦末期に空襲で焼失してしまったことは本当に惜しい。残念でならない。 -
Posted by ブクログ
私たちが「日本の城」と聞いて
イメージする天守閣や堀、石垣の連なり。
それらは意外と、戦国時代以降のものなのね。
確かに室町くらいまでは
城というより、お屋敷の映像が浮かぶ。
最初に取り上げられているのは安土城。
信長様が宣教師などから
海外の「城」についての情報を得て
そういうカッコいいのを作ったろ!と
作ったのではないか…というのが
著者の考える説みたいです。
形に残る事実と違って
当時の人々の思考回路までは
記録に残りにくいのだそうですが
そのぶん想像の翼が広げられて楽しい。
姫路城の美しさの秘密
彦根城の資材再利用の歴史
江戸期の築城の話などもおもしろかった。