中澤晶子のレビュー一覧
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朝日小学生新聞で知った本です。
戦争が終わった日から約80年経ちました。
たった80年。
戦争のない、平和な時代に産まれてきたことは奇跡としか言いようがないですね。
その時代に生きていた人も、日常の中に楽しみや期待、幸せ、大笑いするようなこと、当たり前のように思えますが、あったんだろなあと考えたら胸が苦しくなりました。
ある日突然、この平和で、当たり前の日常がなくなったら?
隣にいるはずの大切な人がいなくなったら?
わたしたちは人生に“もっともっと!”と求めすぎたり人と比べて落ち込んだり。
勝手に頑張りすぎたり悩みすぎたり。
本当は生きているだけで大したものなのに。
生きているだけでありがとうと思ってくれる人がいるのに。
着るもの、食べるもの、住むところ、好きな人、好きなこと、好きなもの、今自分が存在すること。
その全部が当たり前ではないですよね。
ワタシゴト。
出合えてよかったです。 -
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また新しい気づきを私に示してくれた一冊。
広島市内には仕事で何度か訪れてはいるけれど、この本と出会って街並みを見る目が確実に変わったと思う。
前作は被爆した街に遺った「モノ」、すなわち遺品を通してその時に確かに生きていた方達と、今時の中学生(と書くといかにも説教臭いかもだけど)が心の交流を経て何かを感じ取ることで気持ちに変化が訪れる、という内容であった。
続編であるこの『2』は「トコロ」、場所に遺る人々の意志や願いを生徒だけでなく教師も受け取る描写があり、子ども・大人関係なく気づきを得るという話4篇が収められている。
個人的には前作よりもシビアというか、優しい語り口ながら鋭く『ひろしま』のその時を伝えているように感じられた。
とりわけハッとさせられたのは2篇目《もと防空作戦室》。「当時、広島には、何万人もの朝鮮半島、中国大陸、台湾のひとびとが住んでいて、そのほかにも、東南アジアからの留学生やロシア人、ドイツ人、アメリカ人の捕虜もいたという。外国のひとが、そんなに大勢?」(p35)という一節には本当にガツンと食らった気分。そうだよな、被爆したのは日本人だけな訳ないんだよな。この歳になるまで考えたことがなかった。また、この話では引率の〈村木先生〉が学生当時、真面目に被爆体験者の方の話を聞かなかった(聞けなかった)ことを後悔する様子が描かれており、その点も真摯だなというか、確かに大人だってその昔、修学旅行の時は浮ついていてちゃんと聞いてないよ。そういうものだ。
4篇目《似島》もすごく印象的。広島市から真南方向に浮かぶこの島には明治の頃から陸軍の施設が造られていて、ある意味で戦争と関わってきた歴史が深い場所。もちろんこの島上が交戦地になった事実はないけれど、多数の傷病者を収容したことで被爆の記憶が色濃く遺った地。バウムクーヘンのユーハイムさんが居たという事しか知らなかったよ。いつかこの島から広島の空を見上げてみたい。
戦後80年を前に、今一度ひろく読まれるべきだと切に思う。核兵器廃絶の運動にも改めて関心を持ちました。
1刷
2024.8.11 -
Posted by ブクログ
やっと読みましたよ!
これはブク友のたださんのレビューを拝見してからずっと読まなければ、と思いつつ中々書店で見かけなくて、注文すれば良かっただけなんだけど、運命の出会いを求めるあまり手に入れるまでにえらい時間が掛かってしまった色々思い入れがある一作。しかも買えたのは広島市内の書店で。うれしい。
「この五つの物語の主人公は、あなたかもしれない。」というオビの落合恵子先生のコメントや、タイトル『ワタシゴト』に込められた意味「物語の題名『ワタシゴト』は、「記憶を手渡すこと=渡し事」と「他人のことではない、私のこと=私事」を意味する、作者の造語です。」(p126 付記より)にある通り、この本に収められている五つの話には中学生の主人公が登場して其々名前も設定されてはいますが、彼ら彼女らが見聞きして改めて感じ入った事は読み手である私たちにも本を通して伝わってきて、私たちの中で蓄積・咀嚼されて、こうして周囲の方へ「記憶を手渡すこと」つまりは感想を伝え合うことで我が事のように染み渡って完成をする物語であるなと思いました。
主題としてはかつて広島に起こった事、いまから80年余り前に原爆が落とされた出来事による遺物、残念ながら持ち主はその際にいなくなってしまいましたが、その時に人々が実際に日常で使っていたモノを通していまを生きる我々に戦争体験の一端を垣間見せることにより戦争というものを少しでも『ワタシゴト』として受け止めてもらいたいという強い想いが込められています。
違うと思うのはそれで良いので、ともかくも関心を持っていっぺん考えてみてちょうだい、という願いでしょう。
この本を読んだならば、軽々にどこそこへ爆弾を落とせば良いだとかミサイルが飛んできてからかったりだとか誰かを殺せだとか騒ぐ事は出来なくなると思います。
月並みですがまさに‘読む修学旅行’の如く、ミサイルを飛ばした先に何が起こるのかを学ぶことができる素晴らしい書籍だと思いました。
そう、自国だけでなく相手側にも何が起こるかを理解する事が出来ると思います。
あらゆる世代や国で読み継がれるべき物語だと思いますし、強制は出来ないですが、なるべくなら全世代へ広めるべき作品ではないかと私は思いました。
汐文社さん、ぜひ頑張って下さいね。
3刷
2024.7.10 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本は『ブタのお腹に手を入れるシーン』が教科書にあった事が印象的で調べてタイトルを見つけた。
ネットで調べると、教科書掲載の時期は短かい。その短期間に出会えてよかった。ブタの『お腹』だと思っていたけど、読み直すと『背中』でした。細部の記憶は曖昧。
副題に『ぼくたちのチェルノブイリ』とあるように、中身はチェルノブイリ原発事故の話。教科書に掲載されてたシーンにそんなのあったかなと思ったけど、掲載シーンは事故がまだ起きていないシーンでした。
あらすじ
ドイツに住む日本人『トオル』(日本で言えば小学六年生)が主人公。
物語は、ママが旅行に行くところから始まる。残されたパパの料理の腕は期待外れでトオルは文句を言って過ごしていた。学校では『農場見学』に行くことになり、トオルもそれに参加する(参加自由)。
ブタの悲鳴と、目の前で流れる血に皆が怖気づいてしり込みする中、マドンナBが真っ先に進み出て切り裂かれた豚の背中に手を入れる。トオルもブタの中に手を入れて、その命を感じる。
チェルノブイリ原発事故のニュースが流れ、日常が変わっていく。サッカーが禁止され、外遊びも出来なくなり、雨も浴びないように気を付けないといけない。呑気に旅行しているママにヤキモキしながらも、帰ってきたママは食料にも気を付けて、日本産を選ぶようになっていた。ヨーロッパ周辺は放射能で汚染されているため、日本食なら大丈夫と思われていた。
学校での特別授業が行われ、事故についてクラスメイト達が話し合う。みんな、禁止事項が多くてうんざりしていた。その中でマドンナBが『危険を承知で便利な生活を続けてきたはずで、原子力発電所が悪いわけではない』と発言し、クラスメイトの不快を買う。しかし先生は、マドンナBの言い分も一理あるとクラス中に伝える。
ママの妊娠。マドンナBの引っ越しが発覚して、トオルはマドンナBと最後に会う。何もできないトオルはヨウ素剤の瓶をマドンナBに渡した。
奇形が産まれるなど不安な話を聞きながらも、トオルの弟が無事に誕生する。
こんな感じで物語は進んでいた。どこかで聞いたような話が満載だが、チェルノブイリ原発事故は1986年。37年前に起きている。日本で起きた福島原発事故は2011年。12年前。
最初に『復刊にあたって』という文章があり、この本が福島原発事故があったために復刊されたことが書かれている。
日本で起きた事故のおかげで、『ヨウ素剤』も理解できるようになってしまっている。それまでは一切聞いたことがなかった言葉や状況が、理解できてしまう事が少し悲しい。
食肉のブタのシーンしか読んでなかった私は、こんな話だとは思っていなかった。
当時、中学一年生だった私は教科書を読みながらも『命』を感じた。
「あたたかいわ、本当にあたたかい」
というマドンナBの言葉が迫ってくるように感じたのだ。
さらに、一人暮らしをして初めてサンマを捌いた時にも同じものを感じた。こちらは、文面だけの感動とは違う、実感として……サンマは冷たかったけど、『命』を感じた。
『人間は他の動物の命を頂いている』
切り刻まれた肉を焼くだけだと決して感じる事はないけど、生きていた時の形を解体して『食べやすいように自分の手で切り分ける』のは、『命』だと思う。
……私は食には興味がないので、まともな料理をしてない。サンマを捌いたのはたまたま食べたくなって安かったから。今では高くて無理ですね。
食育(食物連鎖)の話だろうと思ってたのに、実は原発事故の話で放射能で生き物たちを殺し汚し、食べる事すらできないものを生み出す土地になってしまったという話だった。
思ったよりも壮大な話。
トオルの弟は生まれてきたけど、『中絶を選ぶ女性も多い』という話題も出ている。広島の原子爆弾の話やポピ族の石板、聖書の話など、いろんな話が挟まっているのも読みごたえがあった。
原子力発電所は悪なのか……という話も深かった。人は一度手にした便利さは手放せない。私もだけど。
原発事故のあれこれを改めて思い出させてくれた本。
ブタの背中に手を突っ込んでみたいけど、さすがにそんな機会はなさそうだ。私は『サンマ』だったけど、今はサンマもないだろう……今の時代だと何に手を突っ込むのだろう。
読んでよかったのです。ごちそうさまです。 -
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1985年から2019年までに、原爆資料館(広島平和記念資料館)を見学した、修学旅行生は、およそ1352万人だそうです。
その1352万人という、莫大な数の、かつての中学生たちは、その時、どのような思いを抱いたのでしょうか?
本書で描かれるのは、修学旅行を通して、多感な中学生それぞれが感じた、「ひろしま」についての物語。
『ワタシゴト』は作者の造語なのですが、これには二つの意味があり、一つは、「渡し事=記憶を手渡すこと」で、もう一つは、「私事=他人のことではない、私のこと」で、今回、この造語が、「ひろしま」について、とても言い得ているように思われ、心に留まりました。
例えば、渡し事については、
焼けて骨になった、中学生の体の下にあった、まっ黒な弁当箱。
右肩の下あたりに染みがあり、背中が裂けて、千切れて、変色しているが、繊細なレースがとても綺麗なワンピース。
約75年前、公園には、いくつもの町があったこと。
『この公園の下には、町が眠っとる。ひとも眠っとる。ここを歩くときは、そおっと歩くんよ。すみません、すみません、言うてね』
「ひろしま」の記憶を手渡すというのは、たくさんの人の命が失われた悲劇を繰り返さないことも、そうですが、その一人一人の生きた証を想像して、志半ばに人生を終えなければいけなかった瞬間、どんな思いで、どんな事をしていたのかを、考えなければいけないことも大切だと痛感するとともに、そこにあるのは、ささやかな幸せに満ちた日常生活だったことも、決して忘れてはいけないと思いました。
また、私事については、
「そこに着いたら、事前学習のことは、いったん忘れて、まっ白になれ。そのうえで、そこから聞こえてくるもの、見えてくるものを、全身で感じろ」
「いままでのぼくなら、もしかして。でもいまは、もう少し自分のなかに沈めておきたい」
「見えないものは信じない、と思ってきたけれど、ほんとうにそうなのか」
「ひと月に一回、ここに来て、みんなのこと考えるんよ。それがわたしの、この世でのつとめじゃねえ、きっと」
中学生の感じ方は、人それぞれだけれど、何か忘れたくないものがあるのは、共通しているようで、また、それは簡単に答えが出るようなものではなく、しばらく自分自身のなかに留めておきたいと感じる、それこそが、『他人のことではない、私のこと』にしているということなんだと、思いました。
また、元中学校教員「赤田圭亮」さんの、『私のひろしま修学旅行』での、語り部の松田さんと、それを聞いていた、当時中学生のH君のエピソードも印象に残り、そこには赤田さんの書かれた通り、「学校の日常生活では、けっして掬いあげることのできないものが、『ひろしま』にはある」事を、強く実感し、私の、過去の修学旅行は広島ではなかったのですが、実際に、見て聞いて感じることの意義は、何ものにも替えがたいものがある事を、本書を読んで痛感いたしました。
物語の内容は、児童書ということで、大人が読むと軽い感じに思われるかもしれませんが、最初に書いたように、1352万人の方がこれを読んで、「ああ、そういえば、こんな似たような思いを抱いたな」とか、「この時、自分の人生に擬えて、考え方を改めたんだよな」とか、そうしたところから、その人なりの『ワタシゴト』のきっかけになれば、いいのではないかと、私は感じました。
それから、私の場合、「戦争中でも楽しいことはあった」という、ごく当たり前な事を気付かせてくれました。恥ずかしながらですが、気付くことができて、涙が出そうなくらい嬉しかったのです。
『ええねえ、手つないで歩くの。うれしいねえ、こんなに若いあなたと、手つなげて。むかしはね、友だちと、こうして毎日うたいながら川岸を歩いたんよ。いろんなうた、うたって。戦争中じゃったけど、楽しいことは、いろいろあったんよ。写真館で仲良しが集まって、写真とってもろうたり。こうしていると、あのころみたいじゃね』 -
Posted by ブクログ
まさに、チェルノブイリと同じことが(それ以上のことが)
日本でおこってしまった。
この本は、3.11の震災後に再版されたもの。
チェルノブイリ事故の放射線物質漏れは3日で止まったけれど
日本は今も、出続けている。
見て見ないふりをして
勉強もせず、メディアや行政や国を信じ、
与えられるだけの情報を信じている人の多いこと。
どれだけ平和ボケしているのだろう。
チェルノブイリで何が起こったのか、
27年たった今、何が起こっているのか。。
3.11で日本はどうなってしまったのか。
大切な人を守るためには
自分で情報を得なければならない。
食べて応援している場合じゃないよ。