永福門院の和歌は、透徹しているように思う。厳しい。雑多がない。ひんやりとした印象をもつ。
和歌の価値や真偽は、読み手の体感した「空間」の深みと、それを再現する言葉の凝集性にあるのではないかということを思った。
例えば「夜の雨のなごりの風に雲絶えて花ふきみだす春のあけぼの」という歌。
これは決し
...続きを読むて悪い歌ではないが、読み手の感動であったり、迫真性といったものの表現には至っていない。眼前の風景に対して、そこに「入りきらない」ままにしているから、「動き」を「動き」として定着することには失敗しているように思う。悪く言えば冷静にすぎる。京極派の透徹したリアリズムは決して、対象との乖離から、導かれているわけではないと思う。第1句~3句と、それ以降の関連が飛躍しすぎている、断絶している。防寒している感じがする。
一方で「風の音のはげしくわたる梢よりむら雲さむき三日月の影」
という永福門院の歌。ここには驚きがあるように私には思える。眼前の風景の中に入って、そこで行われていることに、「立ち会って」いる、そうした身体の挿入が垣間見える。だから、一瞬間が凍結されていながら、映像のようなダイナミズムの展開がここには映されている。
◎以下引用
為兼の歌論ー為兼卿和歌抄
今どきの風流人の一般に考えているものではない。心にある志、胸中に動く思い、それを言葉に表し書いたのが詩であり歌。あくまで自分自身の眼に見て、肌に感じ、心に響いた現実の自然を、生きた姿のまま捉える
明恵-歌が風雅にもやさしくも詠めるのは、心が風雅であり又やさしいから。
B梢よりよこぎる花をさきだてて山本わたる春の夕風
Bあふち散る梢に雨はやや晴れて軒のあやめに残る玉水
B峯の雪をむらむら雲に吹きまぜてわたる嵐はかたもさだめず
⇔野守鏡(のもりのかがみ):いつはり飾れる事ながら、おもしろくやさしう詠め
夜の雨のなごりの風に雲たえて花ふきみだす春のあけぼの →動きがない。要素の羅列。要素同士が浸透しあっている感じがない。ぶつ切り。花がふきみだすことのダイナミズムが、第1,2,3句によって高まっていかない。ふきみだす花を見た時の、空間における集中の度合いが低い。()
うす霧の晴るる朝けの庭見れば草にあまれる秋のしら露
→ひとつの線でもって、要素が連なっている。その連関を構成している空間が凝集されている。草にあまれる秋のしら露への凝視や、その出会いにおける空間の密度が、第1,2,3句によって見事に装飾され、高まりを見せている。
風の音のはげしくわたる梢よりむら雲さむき三日月の影
花のうへにしばしうつろふ夕づく日入るともなしにかげ消えにけり
寒き雨はかれ野の野原に降りしめて山松風のおともだにせず
→素晴らしい。空間の奥行を感じる。沈黙が見事に象徴されている。
沈みはつる入日のきはにあらはれぬ霞める山のなほ奥の峯
→西行を彷彿とする。人生の果てのなさ、無窮が明確に表現されている。「奥の峯」の登場や、それとの出会いまでのプロセスが動的に表現されている。秀作。
み雪降る枯れ木の末のさむけきにつばさをたれて鳥なくなり
→音調的にはやや第五句でしまりが悪かったように思うが、「枯れ木」と、「つばさたれた鳥」の関連、その全体を多く「情感」や「空気」がよく表象されている。佳作
なほさゆる嵐は雪を吹きまぜて夕暮さむき春雨のそら
→表したい状況が明確。佳作。
をちこちの山は桜の花ざかり野べは霞みにうぐひすの声
→うららかな春が的確に表現されている。幽玄や観照の世界ではなく、みずみずしさ、初々しさに満ちた作品、佳作。
山もとの鳥の声よりあけそめて花もむらむら色ぞみえゆく
→花もの『も』がきいていると思う。鳥の声であけたのに「くわえて」「連動して」というところが「も」の存在によってうまく喚起されている。歌全体としては、花の色が「だんだん」と浮き彫りになってくる、こちらに明確になってくるそのダイナミズムが表現されている。優品。
入相の声する山のかげくれて花の木のまに月いでにけり
→対比が利いている。月が出てくるときの高揚をよく示している。佳品。
しほりつる風はまがきにしづまりて小萩が上に雨そそくなり
→優品。転換がよく示されている。雨へと移行するその瞬間のなんともいえない継起がよく見える
うす霧の晴るるあさけの庭みれば草にあまれる秋のしらつゆ
→優品。生命の潤いがすぐに想起される。気品がある。
秋の雨のものさむくふる夕暮の空にしほれてわたるかりがね
→佳品。洗練はされていないが、僕は好き
ふりまさる雨夜のねやにきりぎりすたえだえになる声もかなしき
→4、5句がそのままなのが惜しい。佳品
空きよく月さしのぼる山のはにとまりてきゆる雲の一むら
→とまりてきゆる という表現が素晴らしい。優品。
夕暮れの庭すさまじき秋風に葉おちてむら雨ぞふる
→秋風、葉落ちて、雨ふる が論理的にすぎる。
風の音のはげしくわたる梢よりむら雲さむき三日月の影
→躍動感がある。優品。
さ夜深き軒ばの峯に月は入りてくらき日原に嵐をぞきく
→大きい歌だと思う。大柄。佳品。
山吹の吹きわたるかと聞くほどに檜原に雨のかかるなりけり
→空間がよく想像される。佳品