宣教師ニコライとその時代

宣教師ニコライとその時代

ビジネス・実用
990円 (税込)

4pt

4.7

幕末の文久元年(1861)七月、25歳の若きロシア人司祭が箱館に到着した。その名はニコライ。それから約50年にわたって、彼は日本人にロシアのキリスト教を伝えるべく奮闘。 ロシアに帰ったのは二回だけ。それも布教の資金を集めるための一時帰国だった。「(駿河台にある)ニコライ堂のニコライ」として知られ、多くの人びとの尊敬を集めた彼が遺した膨大な日記から読み解く「もう一つの明治」。

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

     東京・お茶の水のニコライ堂の創設者として知られる、ロシアからやって来た宣教師ニコライ。幕末から明治にかけての歴史上の人物の多くが彼に直接会ったことがあるとこの本を読んで知り、自分が今まで勉強したことと繋がっていくのがとてもうれしかった。戊辰戦争の頃の記録でも、箱館(函館)でニコライのすぐ近くに桑名藩主・松平定敬や土方歳三がいたことがわかっている。一時帰国中にドストエフスキーと会っていたことも新発見の史実だ。帝政末期のロシアのことや、ニコライが巡った日本中の村々に関する簡単な記録も貴重。古き良き日本と日本人の姿が浮かび上がり、特に日本人が朝起きてすぐお日様を拝むという記述にはとても感激した。
     一方で50年間金策に走り続けた実務家としての一面、それでいて宗教の神秘も信じているところ、無私の人であることを感じさせる清廉さなど多様な魅力を読み取ることができる。新書としてはかなり厚みがあるが、面白くてどんどん引き込まれた。充実した、実に内容の濃い好著。

    0
    2021年08月15日

    Posted by ブクログ

    東京復活大聖堂と言ってもピンと来ないかもしれない。
    東京・駿河台のランドマーク・ニコライ堂の正式名称だ。

    聖堂にその名前は残っているものの、この聖堂を建立した
    ニコライとはどういう人物だったのか。名前だけが残されて
    少々忘れ去られたような存在だった宣教師ニコライと、彼が
    日本に正教の伝道に訪れた時代の日本とロシアを描く。

    日本にロシア正教を根付かせようと北海道へ上陸を果たし、
    日本語と日本文化を勉強し、聖堂建立の為に一時帰国した
    ロシアで資金集めをし、伝道の為に日本を縦断する。

    副島種臣や後藤新平と交流し、信者からの金の無心に苛立ち、
    ロシアへ留学生を送り込んでも日本帰国後は正教から離れる
    者の多さに頭を抱える。

    日露戦争が始まると周囲の強い勧めも断りロシアへ帰国する
    こともなく、25歳からの50年間をひたすら信仰に生き、
    日本に骨を埋めた。

    その遺骸は谷中墓地に葬られたが、1970年の墓地改修の際に
    棺を開けたところ、その遺骸は不朽体となっていた為、ロシア
    正教会により列聖された。

    著者が発見したニコライの日記からの引用が多用され、実は辛辣な
    観察者の目を持っていたことが分かる。

    ニコライ堂、しばらく行ってないなぁ。今度行く時はニコライの
    生涯に思いを馳せながら佇んでみよう。

    0
    2017年08月17日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    幕末1861年、24歳のエリート神学者のニコライは函館に到着した。以後明治最後の年45年に死去するまで50年間、大変な情熱と義務感で日本全国にロシア正教を広める。当時はロシア正教は現在よりずっと身近な宗教だったようである。駿河台のニコライ堂の創設者。
    昨年の大河ドラマ「龍馬伝」で龍馬の甥が酒に酔って町人から金時計を奪ったことが武市半平太に知られ、切腹を命じられるが、龍馬の情けで逃がされる場面があった。この人沢辺(山本)琢馬こそがニコライの日本の弟子第1号。以後共に布教活動にいそしむ。他にも密航前の新島襄、土方歳三ら明治の偉人たち多数と深い交流がある。
    ニコライは大変な知識人だが、日本語読み書きも完璧。日本文化や歴史にも造詣が深く、激しいが清潔な人柄で誰にも尊敬された。日露戦争の間も帰国せず、日露両国の相互理解に努める。当時の日本政府も迫害などせず、ニコライ堂に近衛兵を配置し、ニコライらを保護した。
    ニコライの偉大さももちろんだが、異国の宗教を素直に受け入れる明治日本人の度量にも感服。
    筆者の誠意とニコライへの愛情にあふれる記述も実に好ましい。

    0
    2011年07月29日

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