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Posted by ブクログ
「気の輝きに包まれて」で島田氏のアドヴァイタ的な覚醒に至った経緯を読み、興味を持った。
悟りが起こるためには、まず忘我の体験が必要であるが、それだけでは不十分であるとする。忘我の体験は主客の区別がないので、それを通常の意識で認識することができないためだ。忘我の主観的状態から通常の主客のある意識状態に遷移する一瞬を捉えて主客一体の境地を直感することにより初めて悟ることができるのだと言う。
この直感を得るのが難しいのであって、忘我の体験自体は比較的容易であるとのこと。
ここで言う直感あるいは洞察というものは、自我意識の範疇にはないので言語的な論理では掴むことができない。哲学者が悟ることができない理由はここにあるという。
つまり悟りを希求する情熱が必要になると。
仏教的に言えば菩提心ということか。
で、忘我のテクニックについては、禅でも気功でもかまわないということらしい。それらについては個別のテクニックがあり、口伝による部分が多いということで詳細の説明はない。
悟りのプロセスについて、禅などとは少し違う角度から分かりやすく書かれていて面白かった。
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