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もし、明日が来ないとしたら、
わたしは今日、どんなにあなたを愛しているか伝えたい。
9.11同時テロの後、アメリカで朗読され、世界中が涙した感動の詩。
子供を、恋人を、兄弟を、親を…、
大切な人を想いながら、この詩を読んでください。
(本文より一部抜粋)
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら
わたしは今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
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Posted by ブクログ
A tribute to a beloved child I lost,in hopes it would cause people to never be careless or too busy to let our loved ones know we love them.
Norma Cornett Marek
今は亡き、愛する我が子に捧ぐ-
この詩を読まれるみなさんが、
無関心や忙しさから愛する人にその愛を伝えることを忘れてしまわないように、
この詩が、それを伝えるきっかけになるように、祈りつつ。
ノーマ コーネット マレック
この本を読んで、作者のこの言葉に全部込められてるなと思い、紹介しました。
9.11同時多発テロのあと話題となり世界中が涙した感動の詩。
私の大好きな学校司書さんの絵本コラムからの紹介。
Posted by ブクログ
離れて暮らしている娘から、小学校の頃お母さんが買ってくれた本を探してるんだけど覚えてない?と連絡があった。どんな本かと尋ねると、薄い本で和訳で、絵か写真があって、朝はいってらっしゃいと言おうみたいな、と、とりとめない返信。もしかして、最後だと分かっていたなら、じゃないかなと尋ねたら、それだ、ありがとうと返ってきた。私はその本を娘に渡した記憶はなかった。私はまともな子育てが出来なかったといつも思う。こどもが優先の、こどものために動くことが楽しいと思える母じゃない自分に後ろめたい思いがあった。でも、私はこの本を娘に渡していたのか、そして、娘が今、その本を記憶の中から探してまた手に取ろうとしているのか、と思ったら、少しだけ報われた気がした。私はそんな母でもあったのだ。
Posted by ブクログ
作者はノーマさん。自身の長男が亡くなってしまったことの悲しみを詩にされる。
それを読んだ佐川さんが大切な姉を亡くしてしまった時に重ね、心打たれて翻訳。
そしたら奇しくもアメリカで起きた同時多発テロの頃で、その時の作業員さんが書き残した詩だと話題になって反響を呼んだそうな。
人は大切な人が亡くなってしまった時、どれだけ尽くしたと思っても絶対に後悔する、もう絶対。
だから、後悔しないよう、伝えたいことは伝えるべき、ということがかかれてますん。
タイトルの「最後だとわかっていたなら」が何よりも物語っている気がしますん( ´・ω・`)
事故や事件や災害や……何があるか分からないからこそ、明日やろうは後悔を産むよ、って、こんなに小さくて短い本なのに、思いの詰まった本でしたんฅ(*´꒳`*ฅ)ꪆ
Posted by ブクログ
先日、幼い頃からよく知っていた方がお亡くなりになった。突然のことだったという。
親睦が深かった両親にとってショックの程は大きく、自分も涙が止まらなかった。それよりも、ご家族の悲しみはいかばかりかを考えると胸が締め付けられる思いである。一緒に迎えてきた朝を永遠に失うことになるなんて。
悲しみに暮れる中、本書のタイトルが不意によぎった。
中学時代の教師が読み聞かせてくれた詩で、確か9.11のご遺族が書かれたんだっけな…残された人たちへの慰安というより戒めのような内容だった気がするけど、何故だか今はそっち寄りの言葉を聞いていたい。そんな思いで今一度読み直すことにした。
「あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら わたしは もっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう」
各ページの見開きには1節ずつ、受け止めるだけで精一杯な言葉が和英で記されている。受け止めていくのがしんどかったけど、両言語ともに全文書き写した。
原語(英語)だと若干ニュアンスが違うのも今回初めて知った。例えばタイトルは”Tomorrow Never Comes”。直訳すれば「明日は二度と来ない」だが、読み進めるうちにそれが「大切な人と、また明日を迎えられるとは限らない」ということが分かってくる。
まさに冒頭の話そのままだ。理屈で分かっていても現実として受け入れられない今の自分たちに、やはり必要な言葉だった。
この詩に触れる時、多くの人が自分にとっての大切な存在を思い浮かべるだろう。その存在がまだ存命なら、「最後だとわかっていたなら」必死にするであろうことを今目一杯やり切って欲しい。
そんな作者のメッセージが、最後の「そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから」にギュッと込められていた。
作者はノーマ・コーネット・マレック氏というアメリカ人女性。詩は亡くなった我が子を偲んで1989年に書かれたものだと、訳者あとがきで知る。それが9.11の後、チェーンメールで世界中に広まっていったという。
あとがきにはマレック氏他、翻訳者の佐川氏が体験された大切な存在との別れが綴られている。佐川氏はお姉様を病気で亡くされたが、何もしていない自分からしてみれば必死に手を尽くされていた。「それでも後悔が残った」と言うのなら、これから誰かを失うたびに申し訳なさを抱えていかなきゃいけないのか。
「愛する人を失った時、どんなに心を尽くしても自分の足りなさを嘆かずにはいられない。それはもしかしたら、その人を忘れないでいたいという心の表れなのかもしれない。自分のためよりも、むしろその人の魂のために」
それに対して佐川氏は「どちらにせよ後悔する」と結論を出されている。
大切な存在を失い「最後だとわかっていたなら…」と後悔することがあっても、その人を心に留めたまま生きていくこと。そういえば「思い出すことが一番の供養」と母も言っていたな。
今いる大切な存在のためにも、まだまだやることは残されている。
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