夢二の東京さんぽ手帖

夢二の東京さんぽ手帖

ビジネス・実用
2,200円 (税込)

11pt

4.0

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令和の時が刻まれる今、漫画、アニメ、小説、音楽シーンなどで大正時代や大正ロマンが注目され、特に若い世代を中心に、大正へ寄せる関心が高まっています。
今からちょうど100年前は大正時代(1912-1926)に当たりますが、この時期に和洋折衷の文化や風俗をいち早く発信した東京は、竹久夢二が上京し、引越を繰り返しながら長く暮らした土地でした。日々めまぐるしく変貌を遂げつつも、東京にはレトロな趣に包まれた、夢二ゆかりのスポットが現在も点在します。
本書は夢二を通じて、大正の古き良き時代に思いを巡らせながら、東京を新たな角度から楽しむことを目的に、散歩に役立つ情報を網羅しました。夢二ゆかりの東京の街、及び老舗の味や技などをご紹介します。
2024年、竹久夢二生誕140年で没後80年の記念年に、知られざる夢二と東京を、大正ロマンの視点から再発見できる一冊です。

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    Posted by ブクログ

    竹久夢二は文化学院で教鞭をとったか否か、という問題が今の私の中の関心事。

    ウィキペディアの「文化学院の人物一覧」の中の「著名な教師(教授・講師)」、の項に竹久夢二の名前があり、疑問符だらけ???。名前があげられているからには、何か根拠があるのか?
    手がかりはないかと手に取った一冊。

    そんな問題は別にして、この本は、竹久夢二の通ったお店や出版社、場所などがまとめられていて、眺めるだけでも楽しいもの。

    御茶ノ水の項には、下記のような記述が、
    夢二は息子、不二彦を文化学院に通わせていた旨の記述。しかし、自身が教鞭をとっていた、とは書かれていない。これまで手に取った書籍と同様。

    しかし、こんな夢二の日記の一節がかかれていて、ほほ笑ましい。

    「「ニコライの会堂の中で、聖母マリアのまえで キスをしました チュッてね」日記 1918年12月16日」79p

    この日記の書かれた3年前の1915年11月22日に夢二と彦乃はニコライ堂の聖母マリアの前で永遠の愛を誓ったとのこと。

    この本を手に、東京散歩してみたいものです。

    0
    2025年06月22日

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