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Posted by ブクログ
今年1月、「ゴジラー1.0」のモノクロ映像版を観た。機会があれば是非観て欲しい。カラー版に残っていた「特撮色」が上手い事消え去って、まるで戦後間も無く作られたのではないかと錯覚するようなリアル感が時々襲って来ることによって、ゴジラというとんでもない怪物を招来させてしまった「時代」という化け物が浮かび上がる作品になっていた。
小説版は、映画のあとに読んだり聴いたりした方が良いと思える(私はaudibleで聴いた)。幾つかの興味深い「監督自身の世界観の表出」はあるのだけど、映画俳優たち個々の感情表現の方が、ナレーターの台詞回しを残念ながら凌駕しているからだ。何よりもゴジラの存在感は、映像を見ていないとイメージしにくい。
その上で、「小説版描写」によって興味深かったことを幾つか。
・1946年夏、ビキニ環礁で原爆実験が行われ、古代恐竜のゴジラも被爆した。小説ではその描写は、正に原子炉の暴走のように描かれる。また、ゴジラの発する「熱線」は「物質の水蒸気爆発」を起こし、その後には「巨大なキノコ雲」さえ残っており、今迄のゴジラ映画以上に「原爆映画」になるように、少なくとも脚本段階では、監督は思っていたようだ。映画では少し薄まっているのが残念。
・秋津の言う「情報統制はこの国のお家芸だ」と言う台詞や、ゆきかぜ元艦長堀田が「(米国や日本の)軍事行動は大国の刺激するために不可能だ」と言ったり、元海軍技術士官野田が最終決戦に向けて元兵士に呼びかける言葉「日本政府も米軍も当てにできない今、我々(民間市民)しかこの国の未来を切り拓くことができないんだ。これは命令ではありません。」等の台詞は、そのまま映画に使われた。ここまで日本政府と同等にアメリカ米軍を構造的に批判する作品を作るのは、日本のエンタメ映画としては珍しいのではないか。反対に言えば、よくぞアカデミー賞とれたな、と思う。
・私には、これが山﨑貴監督作品でヒットした「永遠の0」のアンサー作品のような気がしてならない。「永遠」は、原作はもとより、映画オリジナルの最後ニヤッと笑って特攻して死んでゆく主人公含めて、私は「糞映画だ」と思っている。今作では、あろうことか冒頭主人公は、特攻命令に背いて不時着するのである。それでも尚且つ「お前は逃げた」という死亡兵士たちの声に苛まれ続けているという設定である。「永遠」と真逆の主人公なのだ。
敷島が「僕は生きているんでしょうかね」
と愚図っているのに対して、この時18歳設定の典子は
「生きている限りは、生きていかなくちゃならない」
と、母親のように主人公をかき抱く。最後の最後まで、エンタメらしく奇跡を演出しながら、「生きて、抗え」とテーマを貫き通した。
山﨑貴監督は、「永遠」に満足していなかったのだ、と分かり、私は嬉しかった。2回も観たはずなのに、audible聴きながら恥ずかしい顔になってしまった。
・ゴジラ初上陸のときに銀座を歩いていたのは晴見通りで、典子が落ちたのは外堀川。その時の犠牲者は死亡者3万名、被災家屋二万以上らしい。
・銀座にやってきたとき、勇敢にもアナウンサーがゴジラを実況中継していた。朝日新聞社前の松田ビル屋上だった。これは生中継ではなかった。録音のためだったのだ。勿論、ゴジラの尻尾の一振りで亡くなって仕舞う。ただ、この時の録音が、ゴジラを最終決戦で相模湾に誘導するための「ゴジラの咆哮」に使われていた!アナウンサーの死は無駄ではなかった!という事は小説で初めて知った。
・「何故、ゴジラは何度も日本を襲うのか」というよくある疑問に、野田は「この前の上陸で、ここもゴジラの縄張りの一つに加えられた。(録音された)ゴジラの声で、ゴジラは別個体に縄張りを荒らされたと考え、追って来る、はずです。」と答えている。これは映画にはなかった台詞(?)。
・最後、沈みゆくゴジラに対して、まるで荒ぶる神に敬意を表するように、海軍兵士は思わず「敬礼」をした、とある。これは映画にあったろうか?ハリウッド映画では、決して出てこない場面のはず。もしかして、編集で削ったか?海外進出するなら、賛否両論ある場面だろうと思う。
・典子の最後のアザは、私は気がついていない。あった?(もしあれば、とんでもない可能性が浮かび上がる)
・これら重要な疑問が湧いた。もう一度観ないといけない。えっ?アマプラに入ったの?
Posted by ブクログ
Audibleにて。
痣の正体がゴジラ細胞だった場合、次作はゴジラ対ノリランテになるのかしら。…だとしたら見ない。
戦争と核の象徴としてのゴジラではあるが、今回のはどちらかというと神とか自然災害とか、人の手ではどうしようもないものの象徴のように感じるな。
その意味では人災よりも天災に近いイメージ。
が、そもそも人災は本当に人間だけのせいなのか?とも考える。たとえ人災といえど、抗い難く起こったのだとすれば、もはやそれは運命に近いのではないか。人の手でどうにかなるのか?戦争は人災なのか?
…なかなかに人の叡智、その可能性を信じられなくなってるな。
しかしこれとは逆説であろうか。「その責任は人にあり!!」と過剰なまでに罵る事態が起きるのは。本来は、神レベルに向けるべき憤りを人レベルに矮小化させて責任追及をしている事象に出会う。
なるほどあれはまだ人間の可能性を信じているんだな。そう思えば、過剰な人叩きも希望の光を持って見ることができそうだ。
悲しく愚かしいことにかわりはないけれど…。
Posted by ブクログ
山崎貴『小説版 ゴジラ-1.0』集英社オレンジ文庫。
ゴジラ70周年記念作品となる映画『ゴジラ-1.0』を山崎貴監督が自ら小説化した作品。
原点回帰のゴジラといった感じで、ストーリーは単純明解だ。初代ゴジラと同様にビキニ環礁での原爆実験によって巨大化した古来からの生物がゴジラと化し、戦後の日本を襲う。ゴジラに必死で立ち向かう日本。果たして日本はゴジラを打ち倒すことができるのか……
戦争末期、零戦で特攻出撃した敷島浩一は自らの命を長らえるために卑怯にもUターンし、大戸島に軟着陸する。しかし、その島に突如現れた未知の巨大生物、呉爾羅。呉爾羅は大戸島の整備兵たちを襲う。逃げまどう整備兵たちに零戦で機銃掃射することを懇願される敷島は零戦から逃走する。
大戸島から日本に戻った敷島は荒れ果てた東京で両親を失ったことを知る。そんな中、敷島は明子という赤ん坊を抱えながら強く生きる大石典子という女性と出会う。
そして、ビキニ環礁での原爆実験により放射能を浴びた呉爾羅は巨大化して、ゴジラとなり、東京の町を襲う。
自らの汚名を晴らすためにゴジラに立ち向かう敷島浩一の運命や如何に。
本体価格680円
★★★★
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