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Posted by ブクログ
コンパクトなストラディヴァリウス入門書(弾けるようになるわけではないが)。
ヴァイオリン愛好家でなくともストラディヴァリウスの名前は知っているだろうというくらい有名な製作者とその楽器。弦楽器の撮影をライフワークに定め、そればかりか弦楽器製作にまで手を出したという写真家によるストラディヴァリウスの本である。本書の帯には「かくも人を狂わせる至高の楽器」とあるが、そんなに狂った話は出てこない。アントニオ・ストラディヴァリの生涯と活動した土地クレモナの話題、ストラディヴァリウスの真価を認めた製作者やコレクター、楽器商の話など、ある意味でまとまりはないが、さまざまな話題をバランスよく取り入れているともいえる。読み物として楽しいのだが、冒頭30ページ以上にわたって、クレモナの風景や楽器の写真などが掲載されているのも目に嬉しい。
著者の横山氏は1980年代に名器の写真集を何冊か出している(1冊数万円!)が、それを新書版の写真集に編み直してくれればいいのに。
Posted by ブクログ
私はヴァイオリンに関する本は何冊も読んでいる。だから、著者の体験談以外の部分、つまり、ヴァイオリンに関する知識では新たに得るところはなかった。だが、読んでよかったと思わせる美点がいくつかあった。それはそのまま本書の特徴にもなっている。箇条書きで3つ挙げてみよう。
・冒頭の32ページに渡るカラーページ内のヴァイオリン写真の美しさ
・入門者が知りたいことは網羅されており、コンパクトにまとまっている
・平易な言葉で書かれており、非常に読みやすい
著者の横山氏はストラディヴァリウス(以下ストラド)に憑かれた写真家だけあって、撮影したヴァイオリンの写真は非常に美しい。これは、一見の価値がある。他の人が書いた本の中で、横山氏の写真が使われている本も何冊か見たことがあるが、本書ほど鮮明で大きくは載っていなかったので、本書の写真を見たときのインパクトは大きかった。
たとえば、”ニスが手につくような輝きを放つ”「メシア」の美しさについて。美しさをいくら言葉で説明しようと試みても、読み手にその美しさを伝えることは困難だ。だが、うまく撮られた写真を見れば一目瞭然である。言わんとしていることが良くわかり、百聞は一見に如かずとは正にこのことだと思わされる。
ストラドの謎(ニス、木材、音の響き、価格など)や、製作者の生涯など、門外漢がストラドに関して知りたいことは、この一冊で全て知ることができる。「一冊でわかるストラディヴァリウス」というタイトルが相応しいような本である。私がこれまで読んできたヴァイオリンの本の中では、これほどうまくコンパクトにまとまっている本はなかった気がする。素材選びがうまいのだ。
3大ヴァイオリン以外のオールド・ヴァイオリンの話や、モダン・ヴァイオリン、あるいはヴァイオリニスト列伝まで話を盛り込んでしまうと、まとまりが悪くなってしまっていただろう。類書では、最後に取って付けたように演奏家を列挙しているものも見受けられるが、本書では名器を使った演奏家という視点から「演奏家が愛した名器」という紹介の仕方をしている。この書き方は懸命な選択であるように感じた。
著者は写真家・研究家という肩書きだが、プロの文筆家と比較しても遜色のないくらい文章が読みやすく、とても好感が持てた。わかりやすい文章は、まとまりの良さを感じさせることにも一役買っていただろう。
門外漢や入門者の最初の1冊としておすすめしたい本である。
Posted by ブクログ
ヴァイオリンという楽器の特殊性を改めて考えさせられる。楽器として実用性が求められる一方で、美術品としての価値を求める人たちもいる。
個人的には、娘がヴァイオリンを専門に学んでいることから、今まで、弾き方、奏法や曲の解釈ついてはいつも考えてきた。楽器について余り考えてこなかったのは、腕を楽器のせいにしてはいけないという自戒と、学生の身でストラドについて語っても、という気持ちから。以前教わっていた先生は「楽器はついてくるものだから」とおっしゃっていらした。きっとその通りなのだろう。楽器との出会いもご縁のもの、それは人に出会うことと一緒かもしれない。
演奏のことについて言えば、改めて木の箱が鳴るという素朴なことに思い至る。つい、弓を使っていかに弦を鳴らすかばかりを考えていたけれど、その振動がこんな小さな箱に伝わってそれを鳴らしているということに驚く。
そして、娘に楽器を譲ってくださったコレクターの方のお話が蘇る。何故こんなに技術が進んだ現代でストラディバリウスを超える楽器を作れないんですか、との質問に、現代人は当時のような研ぎ澄まされた感覚をもう持ち合わせていないから、とおっしゃっていた。確かに雑音に晒された現代と17世紀のイタリアでは、耳が捉える音が全く違うはず。それも一つの答えなのだろう。
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