無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
Twitterフォロワー10万人のプロダクトデザイナー秋田道夫が語る、
まわりに左右されず機嫌よく生きるためのシンプルな考え方。
Twitterでは語られていない、仕事に対する姿勢や思考の背景について
会話文形式で触れることができる。
仕事も人生もラクになる1冊。
◎数々の名言がTwitterで話題となった69歳のプロダクトデザイナー、秋田道夫。
仕事や人生の本質に迫るシンプルな言葉は非常に多くの共感を呼び、わずか2日間で7万人が彼をフォローした。
◎昔知った言葉「悩むとは物事を複雑にする事。考えるとは物事をシンプルにする事。」
→8万「いいね」
「伝わらない」が当たり前です。人は「非伝導体」で出来ていると知ることです。
→3.8万「いいね」
何事につけ「期待するな」です。世間にも家族にも友人にもさらには自分にも。
期待=負荷(負担)です。→2.3万「いいね」
その他にも、定期的に拡散される名言を残し続け、注目を集めている。
◎本書では、Twitterでは語られていない秋田氏の仕事とビジネスに対する姿勢や「まわりに左右されないシンプルな考え方」の背景となる生き方と哲学を初めて明らかにしている。
◎仕事や人生に悩んでいる人が、自分の考え方を客観的に見直すことで、「機嫌よく」生きることができるようになる1冊。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
機嫌の良さを持ち歩く 景色としての自分を整える
期待をしない 摩擦を生まない 挨拶は間合いを測る技術 嫌だと思ったら離れる
気が利く=先回り 気を使う=相手への負担
飽きの来ないデザイン さりげなく穏かで ちょっとした豊かさ
気もちの豊かさが 人生の満足度
言葉を70cmの高さに置く 口で勝たない 目(見識)で負けない
一位だとマ―ケットの全容がわかるが 二位だと見えてこない
成功よりも有名に 有名だと大切に思ってもらえる 仕事を呼ぶのは仕事
50%で早く出し 相手の方向性の確認 結論が出ていない段階で燃え尽きない
コンセプトといった無形のものを追いかけない それによって阻害されてしまう
創造力は光より早い
身につけるものは自分で責任をもって選ぶ
やみくもに情報を負わない 自分を起点に検索する 生活に溺れない
デザインしないデザイン 機能を削ぎ落す哲学 基本性能の質を磨く
相手に委ねるのがコミュニケーション 価値観の共有 一致ではなく
自分の形を決めない ぼんやりしている状態
相手の機微を察することで 摩擦のない関係を築く
隣の芝生が青く見えたことはない、手入れの大変さが分かるから
Posted by ブクログ
機嫌をよく保つにはまわりに期待をしない。即ち景色としての自分を美しく保つ。出かける時はユーモアをポケットに持ち合わせることです。要は、機嫌の良さを軽やかに持ち歩くということです。
挨拶は形式的な礼儀ではなく、間合いを測るための技術である。イルカは超音波を出して仲間との距離感を評価している。摩擦を産まないために、適度な距離感を意識すべきである。
人は環境に左右される。負の影響を我慢せず自ら離れましょう。無理な適応が1番ダメモチベが1番アテになりません。天気の良し悪しに左右されてはいけないです。
小心者でも構わない。それでも結果を出せる方法を考える。相手が喧嘩を打ってきても自分が逃げればいいわけで、摩擦を招く行動はしないこと。
Posted by ブクログ
筆者の人間性がよく伝わる内容で非常に読みやすかったです。
機嫌をデザインするというのは一見すると自分一番な感じがしますが、私はむしろ反対なんだろうなと感じました。
相手を思いやる結果として常に機嫌良くいる必要があるし、そのために自分の心の余白を大切にしていると言ったような感じです。
要するにWin-Winの関係になるためのスキルの一つとして機嫌をデザインするという能力があるのだなと理解しました。
特に印象に残っている私が好きなところは『気を使う』行動ではなく、『気が利く』行動のほうが優しさがあるという所です。
気を使うアクションは相手に見られているというニュアンスが強いため神経をすり減らしますが、気が利くアクションは相手に喜んでほしいという思いが前提なので気づけばラッキーくらいの感覚です。
この差を理解できたことはこの本を読んでよかったポイントの一つだなと強く思いました。
Posted by ブクログ
新しい考えというよりも、今までうまくいっていたことを方程式で説明してくれたような内容だった。「なるほど、道理でそうなるわけか」と感じることが多かった。普段人に説明が難しいと感じていたことを、綺麗に言語化し、整理してくれた感じ。すごく、読んでいて気持ちが良かった。
秋田さんは、足るを知る人なんだろうと感じた。目的思考がしっかりとあり、信念を持ってそこに突き進んでいる。だからこそ、余計なことには一切反応しない。それぐらいブレない軸があるんだろうと思った。
これは本の内容とは関係ないが、一部「そうかな?共感できないな」と感じる部分があった。(悪い心象はなく、価値観が違うなー程度)その時に、自分は意外と自分なりの価値観や信念が強くなっていることに気づいた。その芯ができつつあることに対する嬉しさと、そうして固定観念にとらわれていくのではないかという危うさも感じた。ここの線引きは、どうしていくのだろうか。
答えは出ていないが、こうして読書を続けていく先に、見えてくる気がしたので、焦らず頑張ろうと思う。
Posted by ブクログ
1336
森博嗣さんとか秋田道夫さんとか工学畑の人って基本出版界に出てこないんだよね。理由は言葉の世界の人じゃないからと、出版界の人が多分ほぼ文系でそういう人達の面白さを見出しづらいというのがあるんだけど、そういう人たちの書く本が好きという矛盾。東野圭吾のエッセイとかも好きだな。あと科学系レーベル。
秋田 道夫
プロダクトデザイナー・京都芸術大学客員教授。1953年大阪生まれ。愛知県立芸術大学卒業。ケンウッド、ソニーで製品デザインを担当。1988年よりフリーランスとして活動を続ける。代表作に、省力型フードレスLED車両灯器、LED薄型歩行者灯器、六本木ヒルズ・虎ノ門ヒルズセキュリティゲート、交通系ICカードのチャージ機、一本用ワインセラー、サーモマグコーヒーメーカー、土鍋「do-nabe240」など。2020年には現在世界一受賞が難しいと言われるGerman Design Award でGold(最優秀賞)を獲得するなど、受賞多数。2021年3月よりTwitterで「自分の思ったことや感じたこと」の発信を開始。2022年7月からフォロワーが急増し、10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』(夜間飛行)がある。
プロダクトデザイナーの秋田道夫さんの考え方が好きで追ってたんだけど、建築好きでまさかの3大巨匠でミースが一番好きらしい。考え方が好きな人とは好きなものが被るんだな。プロダクトデザインと建築が近いのはほんとそうで、プロダクトデザイナーの人の本は建築家の本と同じぐらい面白いしワクワクする。亡くなったけど栄久庵憲司さんとかよく読んでた。
機嫌のデザイン――まわりに左右されないシンプルな考え方
by 秋田 道夫
機嫌よくあろうと心がける意味は、自分を「景色」として考えた時に「綺麗な景色」でありたいと願うからなのです。 わたしの姿はまわりから見た時に「景色」の一部ですよね。 世界が美しくあってほしいのならば、その景色の一部である自分からまず整える。わたしが機嫌にこだわるのは、そんな理由からです。
ちょっとした「捉え方の発明」をしたんですね。「陰で言われる悪口は、褒め言葉だ」。 どうでもいい存在なら話題にも上らないし〝気になる存在〟になり得たということでしょう。 集団でいる時の発言がそのままその人の「本心」ではありません。 場の受けを狙って意識的に「悪く」言ったほうがその場が盛り上がるのは世の常です。
「服装は出会った人へのプレゼント」だといっているのですが、それはおしゃれな人と会うと「自分もおしゃれな人に感じる」し、「おしゃれな人とお話をしている自分が誇らしく思える」作用があるからではないかと思っています。
服というのは自分がどういう人であるかの視覚的メッセージがあります。さりとて派手である必要はまったく無くて、シンプルな服装をしていてもメッセージはあると思います。 つまり、服は公共的なコミュニケーションになり得ると思います。
つまり、「安いものを買って積極的に自分から失敗の経験を買いに行く」わけです。「物事損をしないと得にいたらない」と常々思っています。 この順序が大切ですね。 得をしようとして失敗するのは当たり前です。 まず損を引き受けて「新しい買い物」に挑戦する。そうすると意外な道が見えてきたりし
どの点が評価されていたかは分かりませんが、大学生の頃から建築好きのわたしのデザインは構造的で建築的だといわれることが多かったのです。 六〇年代七〇年代当時はイタリアデザインの隆盛期でプロダクトデザインを手がけるデザイナーの多くが建築出身だったということも、わたしの建築好きに拍車をかけていたんだと思います。わたしも将来はイタリアのデザイン事務所に就職したいと考えていたほどでした。しかしそんな勇気はなかったですね。 わたしが建築を好きなことを同僚もよく知っていたので、会社を辞めた時に何人かの有志の方たちからもらったプレゼントも、建築家フランク・ロイド・ライトのスケッチ集でした。 もちろんライトやコルビジェも好きですが、わたしのデザインの指針となっているのはミース・ファン・デル・ローエです。
——建築のほかに、影響を受けたものはありますか? 美術や文学、音楽も好きでいろいろなものに触れていました。音楽もクラシック、ジャズと幅広く。 いわゆる基礎教養、最近注目されているリベラルアーツというものでしょうか。 やはり 純粋な興味から染み入った審美眼は、仕事に滲み出る ものではないかと思います。
小さな力で、世の中を変えていける手応えですね。 使いにくくする変化も、使いやすくする変化も、時間を重ねるうちに何万倍にも何十万倍にも拡大されていくものです。 たとえ一%の変化しか加えなかったとしても、十万をかけたらものすごい差を生みます。 ——そうやって世の中の風景がまるっきり変わっていく過程を、人知れず楽しんでいらっしゃる。
——秋田さんはデザイナーとしての知識や技術を、何から学んできたのですか。 絵やデザインのセンスというものは、教科書的なテクニックを吸収したというより、音楽や文学、美術や建築といった文化教養に対する興味によって磨かれたような気がしています。 あとは、子どもの頃から、周囲で起きていることを観察するのが好きでした。 行動とは別に、目で見た状況の判断が常にあって、違和感に対しては敏感だった と思います。とにかく客観的でした。
——秋田さんは二十代の頃、何に一番お金を注ぎ込みましたか。 明確です。本ですね。ろくに食べずに、本ばかり買っていました。 ——買っていたのはどんな本ですか。 小説もたくさん読みましたが、やはりデザイン関係の本ですね。 当時はインターネットもなく、海外から最新のデザインの情報を得るには、イタリアやドイツの本を買って取り寄せるしかありませんでしたから、かなりお金はかかったんです。毎日ID賞の賞金百万円はほとんど本に消えました。
——秋田さんは世の中の事象、出会う人、目の前で起きる出来事を独特の切り口で表現する名人だと思います。観察力を磨くコツはあるでしょうか。 いや名人ではないですが、デザインという仕事は観察力とその応用が大事なポイントですね。
ほかの人がどう思うかはわからないけれど、自分が「なんかいいな」と感じるものを写せたら満足なんです。 感性を第一に、風景を自分なりに切り取る遊びを毎日繰り返している
——商品の値段が分かるということでしょうか。 値札を見ずに商品を見て、「これはだいたいこのくらいの値段」と考えると割と外れていないことが多いです。 法則があって、見た目の価値に「一・五倍」の数字をかけるんです。するとだいたい一致します。
最近渋谷区から引っ越したばかりなんですが、部屋自体も、ものの選び方も置き方も、 背伸びせず、ちょっと緩いのがこだわりです。
あまり意識してきたわけではないですが、たしかにわたしは好奇心の無駄遣いが好きです。 ——「好奇心の無駄遣い」というのは? なんでもピンと来たものは調べたり、直接触れたりする行動を 厭わないんです。 友人から「面白かったよ」と教えてもらった映画は喜んで観に行きますしね。結構、ミーハーなんです。 必ずしも仕事に 収斂 するとも、役に立つとも思っていませんが、 流行りのものは知っておいたほうが、人との会話が盛り上がるでしょう。 大阪生まれの関西人ですから、やっぱり会った人を楽しませたいというサービス精神があるのかもしれませんね。
なのですか。では、情報収集はどのように? 前提として、やみくもに情報を拾わないようにしているのです。 ご質問に答えるならば、「自分」を起点に検索するというのがわたしの情報収集法です。 Google、Yahoo!、Microsoft Edgeの検索窓に「秋田道夫」と自分の名前を入れて、「二十四時間以内」「一週間以内」という条件設定をして、検索をかけるのです。 すると、自分に関連する最新の記事やコメントだけに絞られた情報が集められます。紐づいていろんな世の中の事象がくっついてきますが、すべてわたしに関連する情報です。この範囲であれば、自分で責任を持ってコメントができます。
SNSを見ていても、お子さんの写真を頻繁に載せる行動が散見されますが、自分の側からの視点だけで掲載することに違和感はあります。 もちろん子どもさんが将来そのことを喜んでくれればいいですが、やはり子どもにも独立した人格があり、子どもも自分の都合で動きたいはずです。親の都合で勝手に引っ張り出すのは失礼ではないかと思うんです。かわいい子どもの写真を載せたくなる気持ちは、もちろん分かりますけれども。逆に言えば、子どもさんがお父さんお母さんの写真をどんどん掲載する場合どう思うかですね。 たぶん 大事なことは、お互いの納得感ですよね。 わたしは自分の子どもとは生涯の友人のように対等に付き合っていきたいと考えてきましたから、「相手はどう思うだろうか」という基準でいつも判断しています。
機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学が
やたらに機能を増やすことは高級品にふさわしくなく、むしろ機能を極限まで減らして基本性能の質を磨くほうが「本物の高級」につながるという主張です。 誰かの印象に残る言葉を紡げたことが嬉しかったですね。
自分ではよく分かりませんが、思えば会社員の頃から「要約するのがうまい」といわれていました。 たとえば会議が始まって三十分ほど遅れて部屋に入ってきた人がわたしに「どんな話になっているの」と聞いてきた時、一つか二つの大事なポイントに要約して余計な情報は全部省いて伝えることが得意でした。「余計なこと」と自分で判断しているところが怖い人ですが、そういう意味では省くことは大胆ですね。
そうですね。 とくに重要なのは、最初の一言ですね。最初の一言の質が低いと、その後の話が頭に入ってきませんから。 説明をする時も、まず最初の一言を発してみて相手の反応を見ながら、どれくらい嚙み砕いて説明すべきかを探ります。
——Twitterのフォロワーがある日突然七万人も増えたとお聞きしていますが、どうして増えたのでしょうか。 ほんとなにが起きるか分からないというのが実感です。一昨年の三月に今のアカウントでTwitterを始めたのですが、一二月までの八ヶ月間フォロワーはわずか二十人でした。それもすごいなあと思いますが、ずっと誰もフォローをしていないので増える理由もないですね。 それが一二月のある日、わたしの「機能を減らすには哲学がいる」という文言をわたしの名前込みでTwitterで紹介してくださった方がいて、そこで急速にフォロワーの方が千二百人ほど増えたんです。通知音が鳴り止みませんでした。
ニュースは書かない、政治経済の話は書かない、プライベートのことも書かない、食事の話も旅行の話も書かない。たぶん多くの人が「書くネタ」になりそうなことを一切書かないで、今の心象だけで書くようにしています。
なにせ「成績のよかった子どもの頃」がないので、初めてのように書き放題描き放題ですね。 あまり適当なことをいってもなんなので真面目に補足すれば、子どもの頃から本はよく読んでいました。絵はそんなに描きませんでしたが、美術を「見る」というのは好きでした。 なにがいいたいかといえば、「絵(デザイン)と文章」が一緒くたになって成長してきて、先に絵の世界がデザインにつながって発酵し、遅れて、それも何十年も遅れて文章のチカラが発酵して、今にいたってやっと「インテグレート(統合化)」したのが現在の自分のように思います。 だから頭のなかでは常に「言葉とカタチ」が一緒に動いていたんです。 逆にいえば「カタチの言語化」は何かもよく分からないですね。とにかく何もうまく説明できないんです。
しかし面白いのはアウトプットをすると情報は「適度」に入ってくるんですね。水泳のクロールで「息を吐く」という動作の後にファーっと息を吸うような感じでしょうか。まったく「音信不通」の状態にはならないから面白いものです。息が入らないと生きてはいけませんし。
トマトの話が一切出ないのが不思議でしょう。それは「あえて痩せた土地にして水も極力与えないようにしたらとても濃厚で美味しいトマトができた」という栽培方法になぞらえたのです。 二〇〇〇年以降のわたしのトマトは濃厚です。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
ビジネス・実用