8月には戦争物を読む。
確固とした主義を持っているわけではないけれど、なんとなく読みたい気持ちになるのだ。
タイトルも、カバーイラストも美しい。
繰り返し出てくる『紺碧』のイメージは何なのだろうかと考える。
海と、空?
それは刻々と色を変えるものであり、しかし実は何の色にも染まらないものである。
...続きを読む人間に何があろうと、いつでもそこにある、青は特別な色。
浦賀で育った、永峰(会沢)鷹志の家は、会津の武家の末裔。
父は日露戦争の生き残りだが、昔のことは話さない。
無口だが反戦の気持ちがある。
朝敵、と蔑まれた会津の出だからこそ、「負ければ何もかも失う。変わらないと信じていた正義や美徳も全て奪われ、地べたに叩きつけられ、唾を吐かれる」「勝てない喧嘩はしてはならない」と語る。
まるで、これから鷹志が戦うことになる太平洋戦争を予言しているかのようだが、若い鷹志には噛み砕くことのできない言葉であった。
遠縁で、鷹志を可愛がってくれる海軍士官の永峰宗二の養子に入り、軍人を目指した。
鷹志の3つ下の妹・雪子は父に似て手先が器用。
幼い頃から兄を言い負かす気の強さと知性がある。
ただし、ちょっと変わった子であった。
とても仲の良い兄妹であったが、鷹志が永峰家の養子になって家を出たことで、“繋いでいた手を離された”と雪子は感じる。
兄のいなくなった家を出て、奔放な芸術家の道を歩もうとする。
章の間に、雪子から鷹志に宛てた手紙が挿入されている。
時系列がランダムだ。
あれ?この雪子の気持ちを、なぜ鷹志は知らないのだろう?といぶかしく思うが…
雪子は常に紺碧の中に“飛び去った鷹”を追い求め、探し続けた。
鷹志は兵学校で友を得て青春を謳歌し、海軍に入隊して士官となる。
一見すれば、体育会系の学生生活、そしてお仕事小説のようでもある。
鷹志たちの気持ちもそうだったろう。
その“お仕事”が戦争でなかったならば。
先輩が、友が、散ってゆく中、上層部の愚策に憤る鷹志は、任された艦の運用に自分なりの「被害を出さないための工夫」を凝らし生き延びて行く。
鷹志は艦長という立場だったからこそそれが出来たのかもしれないが、時流に洗脳され、精神論だけをたよりに、上層部からの命令で紙っぺらのように命を燃やしつくしていく若者たちは哀れだ。
この戦争は負ける、と悟った鷹志は、そんな若者たちを、せめて自分の息子のように思う、艦の乗組員たちだけでも、あらゆる手段を使って生き延びさせたいと思うようになる。
鷹志は時々家に戻る。
その日常の部分では、雪子や妻の早苗という女たちの人生も描かれる。
時代に新しすぎて世間に痛めつけられ続けた雪子も、一見地味な女だが芯の強い早苗も、とても魅力的だ。
最後に、鷹志が部下たちに語る言葉には、崇高な感動を覚えずにいられない。
雪子の元から飛び去った鷹は、今は海と空の紺碧の果てを悠々と飛んでいるに違いない。
雪子はそれを、いつまでも見守りつづけるだろう。
第一章 始まりの夏
第二章 江田島
第三章 リメンバー・パネー
第四章 空墓
第五章 紺碧の果て