あらすじ
死んだらどうなるのか。「鬼神(霊魂)」は存在するのか、しないのか。「社会秩序」はいかにして生まれるのか。「道」をめぐる、儒家と国学者による「国儒論争」とは何だったのか。伊藤仁斎、荻生徂徠、太宰春台、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤ほか、近代社会の根本問題に果敢に挑んだ思想家たちの闘争を考察。「死」と「贈与」の言説への、思想史と社会学のアプローチによって江戸の思想を展望する、挑戦的な試み。
序章 贈与で読み解く江戸思想
第一章 死んだらどうなるのか ――本居宣長と死後の問い
第二章 言葉と文字─ 自言語認識と『古事記』の再発見
第三章 他者問題 ―― 「漢意」とイデオロギー批判
第四章 翻訳問題 ―― 荻生徂徠の言語観
第五章 「日常」の発見 ―― 伊藤仁斎と「道」の言説
第六章 二つの秩序問題 ―― 荻生徂徠の社会理論
第七章 「文化」の起源論争 ―― 太宰春台と賀茂真淵
第八章 論争の展開 ―― 本居宣長と「道」の言説
第九章 贈与の逆転 ―― 本居宣長から平田篤胤へ
第十章 死者の人情 ―― 平田篤胤の死後観
第十一章 死後の審判と生命の贈与 ―― 平田篤胤と「幽世」の誕生
終章 鬼神論の近代的展開 ―― 柳田国男と和辻哲郎
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
本書の冒頭では、デリダの「パルマコン」をめぐる議論や、レヴィ=ストロースの贈与論などが参照されており、そうした現代思想の問題設定にもとづいて日本近世の思想家たちの議論、とりわけ彼らのあいだで戦わされた論争について考察をおこなっている本です。
伊藤仁斎や荻生徂徠、太宰春台などの儒学者のほか、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤などの国学者がとりあげられ、さらに最終章では、「鬼神論」の現代的な展開のありようを柳田國男と和辻哲郎の議論のなかに見ようとする試みがなされています。
本書の「あとがき」で著者は、日本近世思想にかんする著者の知識は子安宣邦から学んだものだと述べていますが、日本思想史研究にフランス現代思想の問題意識を持ち込んだ子安の研究スタイルが踏襲されており、おもしろく読むことができました。ただ、こうしたスタイルが採用されている以上しかたのないことなのかもしれませんが、それぞれの思想家たちの議論そのものに深くコミットせず、著者自身があらかじめ設定しておいた議論の枠組みに考察の対象となる思想家たちが押し込められているような窮屈さを感じてしまいます。