【感想・ネタバレ】デカルト入門のレビュー

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Posted by ブクログ 2020年09月11日

デカルトの思想だけにとどまらず、実績全般をざっくりと解説。「我あり」から先についても、どのように考えたのかという道筋をわかりやすく解説してある。

おもしろかったのはデカルトの考える自由について書簡などから解説してある箇所。
「我あり」までは同意しない自由としての「無選択の自由」を強調し、以降は「自...続きを読む由意志」を使って先に進んだとの解説は新鮮でした。

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Posted by ブクログ 2013年11月22日

 「我思う故に我あり」を一番に思い出す。数学と自然哲学を総合し現代科学の礎を築いたデカルト。このコトバは物事を観るときに一度純粋なコギト(自我)に立ち返ることの重要性を表しているのではないだろうか。まアインシュタインもまた「常識とは成人になるまで集めた偏見のコレクションである」と言ったと伝えられる。...続きを読む
 物事をありのまま曇りなき目でみること、それが明晰判明に繋がるのかもしれない。

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Posted by ブクログ 2011年08月19日

一般にデカルトは「我思う、ゆえに我あり」という言葉とともに、近代的自我の確立者として知られているが、本書は、自然科学をはじめとする近代的学問の方法とその体系の基礎を構築した思想家としてのデカルトを紹介している。

デカルトは『精神指導の規則』において、アリストテレスの存在論に基づく従来の学問体系から...続きを読むの脱却を図った。アリストテレス以来、学問は「存在の類」に基づいて分類されると考えられてきた。デカルトはこうした発想を退け、数量的関係一般を扱う「普遍数学」という発想に基づいて、新たに学問体系を組織しようと試みたのである。

ただし『精神指導の規則』では、いまだアリストテレス的な認識論を脱却することに成功していない。彼は認識を、私たちの想像力の内に観念が形成されることと理解していたが、これは「感覚の内に存在しないものは理性の内には存在しない」というアリストテレスの認識論を受け継いでいたのである。

その後デカルトは、「永遠真理創造説」という考えによって、アリストテレス的な認識論を克服することに成功する。この説は、神が数学的真理を創造し、それを感性や想像力から独立のものとして私たちの理性に刻印するとともに、他方で物理的自然の法則として構成したというものである。これによって彼は、感性や想像力に立脚するアリストテレスの立場を脱却するとともに、プラトン的なイデアリズムとも異なる立場に立つことができた。というのは、そこでは数学的真理は、自然から超越した実在としてではなく、自然現象の内にその法則を構成するものとして存在していると考えられているからである。これによって、自然現象の数学的探求の可能性がはじめて開かれることになった。

本書は、デカルトの思想の「全体」像についての正確な理解へと導いてくれる良書だと思う。ただ、学問の方法と体系を刷新するという彼の仕事がどれほど革命的なことだったのか、初学者に伝わりやすく書かれていないように感じた。退屈な記述だという印象を与えがちなのも、そのせいなのではないだろうか。

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Posted by ブクログ 2023年05月09日

哲学史の中の重要性はわかった。地形で言えば入江とか湾とか?でも大きな山、何度も登ろう、って感じは、芽生えず。起点としては良いのだろうけど、自分は深掘りしなくてよいです。

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Posted by ブクログ 2022年01月15日

デカルト初挑戦。こんなに多岐に渡り功績を残している人だとはつゆ知らず、コギトを確立した人だとしか認識してなかった。

ラディカルなて懐疑による徹底的な排除、そうして帰結された考えている私というものは確かに存在するという論理かと。肯定、否定を判断する自由意志は上位に置かれて神の似姿とも表現されています...続きを読むが、こちらを良心に沿って発揮することがよく生きるということでしょうか。

まだまだ理解が足りないので、もう何冊か読み込んでみたいと思います。宇宙論、自然科学、幾何学とか理系色強くて少しついていけなかったわ。

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Posted by ブクログ 2014年03月10日

少なくとも、第二章「デカルトの認識論と形而上学」は、入門のレベルを超えている。というか、入門書で理解できるような内容ではないのだろう。

この本に限った話ではないけど、入門書は、最初に読むのではなくて、対象の哲学者の代表的な著書を読んだ後にまとめ的に読んだ方がいいかも知れないと感じた。

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Posted by ブクログ 2012年07月27日

デカルトについての全体的な入門書のうち最も簡単な一冊である。

デカルトについて殆ど知らず、これから知ろうとする人の、日本語での最良の入門書であろう。

この書のよいところは、しばしば軽視されがちなデカルトの情念論についても、きちんと一章を割いて解説している点である。

近代の礎の1人であるデカルト...続きを読む。もし思いつきで近代について論じようというなら、この本を踏まえるだけでも多少「っぽく」なるだろう。偉人デカルト、踏み入れば難解だが、このように平易な入門書のある言語の使用者であることを感謝したい。

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Posted by ブクログ 2011年08月18日

学生のときに習った「コギトエルゴスム、我考える故に我あり」が懐疑主義の中から考える主体だけは確実なのだということがやっと納得がいった。哲学だけでなく数学、物理等の自然科学にまで足跡を残しておられるが、これら哲学、自然科学の足跡の土台としてはキリスト教、神の観念が当然のように含まれていたことに改めて驚...続きを読むいた。

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Posted by ブクログ 2010年10月21日

我思う、ゆえに我あり
「コギト・エルゴ・スム(cogito,ergo sum)」

この有名な言葉から、連想していた思想観とは、
全く異なった思想の持ち主であることを知った。

デカルトは、数学的、物理学的見識から、「最高に能力のある者」として神の存在を位置づけ、「神の誠実性」から「人間の明晰性」導...続きを読むき出した。
完全である神が、欺く人間を創ろうとするはずがない、ということらしい。

では何故、人間は誤りを犯しうるのか?
明晰に判断しうる能力を持ちながらも、不完全な思索、早合点によって誤りを犯すのだという。

「人間知性の有限性は、創造された人間知性の本質であるから、そのことに関して、創造者に不平を言うべきでない。」とも言っているらしい。

ん~、納得はいかないが・・・
「普遍的懐疑」から理論を構築しようとしたデカルトが、「慎重に思索を重ねれば、真なる答えを導くことは可能」と言っているのは、おもしろい。

物理学者として、多くの偉大な発見を成したデカルトも、全てが正しかったわけではない。だが、その誤りも後の科学者によって正されることになる。
有限な個人による誤りも、人類という大きな枠を以てすれば、いずれは真なる答えに辿りつけるはずだ、という解釈をすればいいのかも。

完全なる唯一神というのは、プラトン的な神に似ている気がする。
また、宇宙は神による創造としながらも、創造後の神による干渉は想定していないらしい。これは、現代的な感じもするかな。

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