あらすじ
【改革のベースとなる理論と戦略を日本企業目線で解説】
ジョブ型雇用、人的資本経営、テレワークなど日本企業の人事担当者は様々な課題に取り組んでいるが、その意義や取り組み方について必ずしも十分な理解が行き渡っているとはいえない。それは、議論を行うための共通の土台であるフレームワークに大きな隔たりがあるからだ。人事の経済学は、雇用・人事システムがどのように機能しているのか、その基本的なメカニズム、その背後にある理論を知るために企業の人事担当者が理解しておくべきフレームワークだ。本書は、人事の経済学と雇用システムを解説し、雇用・人事システム変革の際にベースとして考慮すべき戦略を明らかにする実務家必読の書。
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Posted by ブクログ
著者は、以前からジョブ型雇用の普及を推進してきた立場とのことだが、最近のジョブ型雇用ブームには誤解が多いと言う。
ジョブ型だから解雇自由というのは完全な誤解だし、ジョブ型=成果主義というのも誤解で、ジョブ型雇用は職務に賃金が結びついているので成果主義の要素が元来無い。Job Description(ジョブ定義書)があればジョブ型ということでもなく、メンバーシップ型雇用でもJDは有用であり得る。
そして、ジョブ型雇用はテレワークの要件でもない。テレワークが進まないのはジョブ型とは関係なく、環境・制度の準備ができていなかったただけ。テクノロジー遠最大活用すれば、対面と変わらぬレベルでのコミュニケーションが実現できるはずだと。
一方で、日本特有のメンバーシップ型無限定正社員システムは、年功昇進と後払い賃金の仕組みとの組み合わせで、かつては有用であったが、自己犠牲や長時間労働などの弊害を孕んだシステムであるだけでなく、経済・社会の不確実性の増大、少子高齢化などの環境変化により、イノベーション力や共働き・シニア雇用などの多様性が求められる状況下で限界を迎えている。
ここにどのようにしてジョブ型雇用を採り入れていくか?著者の提唱するジョブ型への現実的な移行戦略は「途中からジョブ型」の導入、無限定メンバーシップ型との複線化だと言う。
日本企業がマクロ環境の変化に対応して、ジョブ型雇用をうまく活用しながら、イノベーティブで多様性を生かした組織になっていくにはどうしたらよいのか?著者が挙げるポイントは、自己犠牲・減点主義に基づく評価を改め過去の成果ではなく将来に向けた変化を評価すること、多様な構成員に「職場にいないことを許容する仕組み」を提供しつつ求心力を生み出すために企業の理念・社会貢献目標などのパーパスを共有すること、構成員のウェルビーイングの向上を通じて人的資本が一定でもその稼動率を上げることでパフォーマンスを高めること。
自分の勤めている会社でも、ここにきてジョブ型雇用の導入や評価制度の改変など、動きが始まっているが、それらをどう捉えてどのように運用していくべきか、指針を与えてくれる良著であった。
Posted by ブクログ
岸田政権時代の2023年の「経済財政運営と改革の基本方針2023(いわゆる「骨太の方針2023)」には、「三位一体の労働市場改革」という政策が提言されている。当時の岸田首相の政策のメインキャッチフレーズの一つが「新しい資本主義」であり、そのための「新しい資本主義実現会議」という組織までつくり、その場で議論・答申されたのが、「三位一体の労働市場改革の指針」という文書であった。
「骨太の方針2023」は、その「三位一体の労働市場改革」を政策として取り入れた。その内容は、「リスキリング推進」「職務給(ジョブ型雇用)導入促進」「円滑な労働移動促進」であり、「転職すれば賃金が上がる」という謎の論理(上がる場合もあれば上がらない場合もあると考えるのが普通だし、統計的にもそうなっている)を取り入れ、転職を促進しよう→そのためには仕事の定義がはっきりしており、どのようなスキルを持っていれば転職が可能になるのかを、はっきりさせよう(ジョブ型雇用)→そして、そのスキルを身に付けてもらうためにリスキリングに力を入れよう、というものであった。
これに対して、多くの学者や論者が異を唱えた。一つは上記の転職すれば賃金が上がるというのは嘘だろうという話。政府の主張は、マクロの労働市場で見ても、生産性の高い(賃金の高い)業界に、生産性の低い(賃金の低い)業界から転職することによって、平均的な賃金は上がるという、これも謎の論理をとっている。謎の論理という意味は、現在、人手不足で人を多く採用しているのは、介護やサービス(飲食店やホテルなど)であり、その業界の賃金は必ずしも高くない(というよりも、低い)。逆に、賃金が高いのは製造大企業等であり、こちらの雇用吸収力はマクロで見ると高くない。すなわち、生産性の低い業界から生産性の高い業界への大量の転職という現象は起きていないし、それは、労働需給バランス次第なので、政府がコントロールできる話ではないのである。その他の批判としては、「政府はジョブ型雇用ってどういうものか分かってるの?」というものである。仕事の内容を契約に書き込んで、それを変更するには、契約の再締結、すなわち、本人の同意が必要なものが、本来の意味での(例えばヨーロッパでの)ジョブ型雇用の定義であり、それは、生産性の低い産業から生産性の高い産業への転職とは、全く関係のない、インディペンデントなものであり、そういう意味では、ここでも、政府は謎理論を使っているのである。
これらは、私が自分の修士論文で取り上げようとしているテーマの背景の一部をなすことである。
本書、「人事の経済学」の前半は、その「ジョブ型雇用」の議論に多くを割いている。筆者は、「マイルドなジョブ型雇用推進派」とでも呼ぶべき人である。筆者はジョブ型雇用導入を提言しているが、その理論は政府の謎理論とは異なる。
日本のサラリーマンの雇用形態は、「メンバーシップ型雇用」と呼ばれることがあるが、そこでは、職務等が特定されず、サラリーマンは、その時々の会社の命に従い、職務も勤務場所も勤務時間も拘束されることになる。その替わりに、長期的・安定的な雇用を得ているというのが、「メンバーシップ型雇用」の理解である。
そこでは何が起こるかと言うと、会社の命によって、異動が行われ、経験のない職務に就いたり、あるいは、転勤を突然命じられたりする、また、行うべき仕事がはっきりと定義されている訳ではないので、長時間労働が発生しやすくなり、ワークライフバランスに悪影響を与えたり、ひどい場合には、ブラック労働、過労死等も発生する。「そういうことを防ぐ」という趣旨で、職務・勤務場所・勤務時間のうち、少なくともどれかを特定しましょう、というのが、筆者の主張であり、それはブラック労働の予防策であり、ワークライフバランスの改善策という意図を持っている。
こういう論理展開であれば、賛成するかどうかは別として、議論の俎上に乗せることが可能となる(政府の言う「ジョブ型雇用」は謎論理過ぎて、議論も出来ない)。
ということで、長々と書いたが、「ジョブ型雇用」とか「ワークライフバランス」とかに興味を持っている人にとっては一読に値する書籍だと思う。