【感想・ネタバレ】ファスター ──1930年代のモータースポーツカルチャーのレビュー

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Posted by ブクログ

ニール・バスコム著、吉野弘人訳『ファスター ──1930年代のモータースポーツカルチャー (フェニックスシリーズ No. 127)』(パンローリング株式会社、2021年)は20世紀前半のモータースポーツ草創期のノンフィクション。フランスのチームがナチスが国家を挙げて臨んだドイツのチームを破ることがクライマックスである。

モータースポーツがスポーツと呼ばれることに違和感を抱く向きもあるだろう。機械の性能に依存するところが大きく、人間の体力勝負ではないためである。しかし、草創期のモータースポーツの描写を見ると人間も大変である。人間も限界に挑んでいる。マラソンやトライアスロンを観るようなドラマがある。

事故という危険と隣り合わせという点も人々を興奮させるのだろう。ローマの剣闘士に興奮したことと同じである。人間の限界に挑戦という点と危険と隣り合わせという点は現代のモータースポーツも受け継いでいる。

女性ドライバーはモータースポーツの世界で差別や偏見に苦しめられた。これはどこの世界でも同じである。むしろ女性がモータースポーツの早い段階から参加していたことに注目する。歴史が浅いと参入障壁が低い。

ナチスはモータースポーツを国威発揚に利用する。国と国の競争になり、スポーツが歪められる。これはオリンピックやワールドカップへの批判と重なる。国毎に代表チームを作らなくて良いのではないか。普段活動しているチームが地域で勝ち上がり、世界大会に出ればよい。政治的配慮から八百長が行われる。八百長を指摘された人物はモルヒネに手を出し、人生を破滅させた(242頁)。往々にして転落の裏には依存性薬物が存在する。

自動車レースへの取り組みは、ムッソリーニのエチオピア侵略やスペイン内戦が起きている中で進む。地中海の向こうやピレネー山脈の向こうでは戦争をしていた。しかし、やがてはヨーロッパ全土を巻き込む第二次世界大戦が起きる。戦争は遠い国の出来事ではなかった。ロシア連邦のウクライナ侵略がなされている現代も他人事ではない。

ドイツの自動車メーカーのメルセデスはナチスの国策に協力し、莫大な利益を上げた。『ファスター』はメルセデスが国家から命令されただけの存在ではないことを述べている。企業も戦争責任と無縁ではない。個人の頑張りの物語に終始せず、組織のマイナス面を指摘する点はノンフィクションとして社会性を示している。

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2022年04月10日

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