2013年第17回若山牧水賞受賞歌集。
片岡忠彦装幀 鳥と樹木が交互に並ぶイラスト
大きく3つに分けられて小テーマが設けられ、日常の様子や育児、震災、宗教など等身大の大口さんの生活を伴走するような気持で味わった。旧かなつかいは真似したい
わたしが見落としたのか、トリさんの歌は探しきれなかった
Ⅰ
スキップで八十八歩わが家の近くには良き居酒屋あり
(お酒好きなのかな 近所という距離を八十八歩とあらわしていてスキップも高揚している様子が感じられる いいなあ、こういうお店ほしい)
泣くときはひとり泣くべしぽうぽうとたんぽぽの綿毛にじんで見える
(オノマトペが効いている ぽうぽうって初めて聞くけどたんぽぽと合っている じんわり悲しみが伝わってくる)
海の日と海の記念日の違ひなど言いつつきみがワインを開ける
満月のカマンベールを分け合ひて大きい方はわたしがもらふ
(なんだか平和な時間 ワイン乾杯してあとの何気ない話題も楽しそう
満月という比喩で食卓の様子に彩を添える 大きい方もらうわたしとあなたの関係性 安心している感じの表現が素敵)
Ⅱ
祈るときヨガのとき合はするてのひらの小さき闇に蛍がともる
ベビーカー押しどこまでも行けさうな蒼天の下どこへも行かず
お迎への時間に遅れまいとしてエレベーターに母殺到す
子育てののちわれに来る老いらくの恋を予言し人は去りたり
豆腐握りつぶして食べて言葉持たぬ子どもは豆腐にもつとも近し
吾亦紅の2010年子殺し事件を羅列しての歌は衝撃だった
子育て中の母の殺気を浄化させるような祈りに近い歌が並ぶ
犯行の動機に「疲れた」とあれば夫はいたく共感したり
可哀想な子どもは可哀想なわれになり可哀想なわれの父母になる
Ⅲ
近い将来必ず来ると言はれゐし揺れと思ひつつ子を抱き耐へつ
(地震の揺れの恐怖を予感しつつ子を必死に抱く様子が臨場感あり)
被災地はここなのかわれは被災地に居るのか真闇にラジオ聴きつつ
(災害が起こった当初の混乱した状況 ラジオは本当に助かる 真闇で特に緊迫感が伝わる)
のど風邪を子にうつされてハシゴするたんぽぽ薬局なのはな薬局
(今のコロナ禍でもしっくりきそうな薬を求めてさまよう心許ない不安な様子)
感電
ウクライナ製国防軍正式採用放射線計測器でのシーベルト値と九州各地立ち寄った土地の歌
アルバイトの宮本武蔵は汗ぬぐひ息子の汗もぬぐひくれたり
(熊本城天守閣見学時の暑い夏の様子が浮かぶ)
なぜ避難したかと問われ「子が大事」と答へてまた誰かを傷つけて
(理由を問う方も問われる方も後ろめたさを共有しその場の何とも言えない空気が漂う)