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Posted by ブクログ
家族に共通した好物(趣味とか、好きなものとかでもいいのだけれど)があるっていいなと思った。
主であるところのおとうさんが「こんばんはコロッケだ!」といえば
おじいちゃんは踊りながら畑に行き、自慢のじゃがいもを収穫し
こどもたちは、学校からそそくさと帰宅し、コロッケの食材を買い出しに行く
言い出しっぺのおとうさんも会社から早く帰ってきて、じゃがいもをつぶすという大仕事を成し遂げる
おかあさんもおばあちゃんも気持ちを込めて手際よくコロッケの準備をすすめる。
こんな風に、一つのことに家族が一丸となって取り組んでいる。
その姿も、最後に食卓を囲んでいる風景も
とってもウキウキ、にこにこ、楽しい気分になる。
何気ないことなのに、この家族にとってはコロッケがスペシャルなんだ。
私もこんな家庭が築きたいなぁ。
Posted by ブクログ
コロッケがごちそうだったよき日のこと。
お父さんが、「今日の晩御飯は、コロッケに決定」と朝食の時に宣言する。
みんなは、おおよろこび。
そして、おじいちゃんは畑に行って、ジャガイモを掘る。
おじいちゃんは、「このいもがコロッケに最高じゃ」という。
お兄ちゃんとお姉ちゃんはコロッケの材料を買いに行きました。
お父さんは、早く帰ってきて、ホクホクのジャガイモをつぶします。
そして、玉ねぎを炒め、肉も炒める。潰したじゃがいもと混ぜる。
小麦粉の封を切ったら、真っ白になり、コロッケの形に丸める。
お母さんはキャベツを一生懸命切る。
みんなで作ったコロッケ、家族そろって、いただきます。
うちの晩御飯は最高です。
ふーむ。いつの時代なのだろうか。家族一緒で、わいわいとコロッケを作り、コロッケがごちそうになったのは。今だと、惣菜で、コロッケを買ってきて並べるだけ。時間帯を変えて孤食という感じだ。
ホテルで、朝ごはんにコロッケを提供する。コーンコロッケ、クリームコロッケ、男爵芋コロッケ、牛肉コロッケと毎日変えているが、なんだ。今日もコロッケかと言われる。中身が変わっていても、コロッケはコロッケだ。でも、朝にコロッケは欠かせない。
コロッケのルーツは、フランス料理の「クロケット(Croquette)」やオランダの「クロケット(Kroket)」だ。明治維新以降、文明開化の波に乗って日本に伝わった。
当時のフランス式クロケットは、ホワイトソースにひき肉を混ぜて揚げる、いわゆる「クリームコロッケ」が主流。明治時代のコロッケは、銀座の高級洋食店で提供される高嶺の花。当時の新聞の物価表を見ても、トンカツやビーフステーキと並ぶ最高級メニューの一つだった。
これが一気に庶民の味へと転換したきっかけが、大正から昭和初期にかけての「ポテトコロッケ」へのドラスティックな変化と、街の精肉店(肉屋)での惣菜販売。コロッケは、肉屋で買っていた。当時の日本は、牛乳やバターといった乳製品がまだ貴重で、ホワイトソースを大量生産するのはコストがかかりすぎていた。そこで、安価で大量に手に入り、お腹にたまる「ジャガイモ」をマッシュして代用するという、日本独自のイノベーションが起きた。当時の牛肉や豚肉は非常に高価だった。トンカツのように「肉そのもの」を食べるのは贅沢すぎた時代、ほんの少しのひき肉をジャガイモに混ぜるだけで、全体に肉の脂のコクと風味が広がる。コロッケは、「最少の肉で、最大の満足感を得る」ための発明だった。コロッケを食べることは、庶民にとって「手軽に買えるハイカラな最先端カルチャー」に触れることそのものだった。
淡泊なジャガイモ味のコロッケに劇的なパンチを与えたのが「ウスターソース」だ。醤油に慣れ親しんだ日本人の舌に、酸味と塩気、スパイスの効いたソースは衝撃的だった。ソースをたっぷり吸った衣とホクホクのジャガイモは、驚くほど白米が進む「最強のご飯の友」へと生まれ変わった。
コロッケは「お母さんが夕方に肉屋で買ってくるお惣菜」の代名詞になった。
昭和の夕暮れ、どこからか漂ってくる油の香りと、紙に包まれた揚げたての温かさ。日本人がコロッケに求めたのは、単なる栄養や満腹感だけでなく、「今日も一日無事に終わった」という安堵感や、どこか哀愁を帯びた家庭の温もりだった。そういう、昭和とともに、忘れ去られて、残ったのがホテルのコロッケなのかもしれない。
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