ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
3pt
第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞、ダブル受賞! 中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。 2020年、コロナ禍で予定がなくなった春休み、 ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。 ロード・ノベルの傑作! 第164回芥川賞候補作。
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
コロナ禍の春休み。中学入学を控えるサッカー少女の亜美とその叔父で小説家の私は、利根川沿いを歩き、千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地へ向かう。私は風景を言葉へ変換し、亜美はボールを蹴り続ける。歩く、書く、蹴る。オムライスを食べて、歩く、書く、蹴る——— 日本でのコロナウイルス感染拡大による政策...続きを読むの影響で、外に出る人はほとんどいない。そんな中外の世界を旅する二人の様子は、比較的現実味のある夢を見ている気分になる。旅の中で遭遇するのは、常々動きを見せる自然や動物と、歴史を感じさせる人工物。語り手がペンを走らせて文字に変換された世界と、亜美と語り手が織りなす微笑ましい会話には大きな差異が見られるが、それもまた互いの良さを引き立たせ合っている。 語り手による情景描写は、ひたすらに自然を描く。そこに確かに在るものを表現していく様子は語り手の文章に対する拘りが感じられ、とても好み。人工的な自然(餌を用いて鳥を誘き寄せる)は描写せず、生きているものたちを巧みな表現で摘み取る。生命を感じさせる文体は、私の目の前にないものを、あたかもあるように錯覚させられる。 p124から始まる、サッカー大好き少女の亜美による「おジャ魔女カーニバル‼︎」の歌詞の解釈についての話の後、実際に聴いてみたら少し涙が出てきた。元の曲、歌詞がいいのは前々から知っているし、好きだった。だけど、私は魔法が使えたらいいのにな、驚きだけどそれって最高じゃん、といった空想の状況を謳ったものだと思っていた。しかし、亜美の解釈は違う。実際には魔法は使えないという事実を念頭に置いた上で、魔法みたいにサッカーがうまくなるためには、やっぱり練習しかない。教科書見たって書いていないし、子猫に聴いたってわからないけど、その事実は揺るがない。だけど、亜美はサッカーができればそれでいいし、それがいい。テストは三点で、パパママに怒られようとも、笑顔で居続けられる。年中無休で! なんとも前向きな捉え方で、自分にはできないと思う一方で、出来ならいいのになとも思う。魔法みたいに自分の考え方を変えることなんてできないけど、好きなことを目一杯し続けられたらそれだけで最高だな。だから今、読書をし続けている現実が魔法みたいだと思うし、年中無休でスマイルやってます。 馬乗り馬頭観音、排水門の側のカワモ。この旅の中で語り手は、いくつもの生と死について思案する。死はありふれたものだと知りながら、何か失われたように感じる。それは生きることが何事かをもたらすという思い上がりなのか。本来死の後には何も残らない。そこにあったはずのものは姿を消し、あたかもはじめから何もなかったかのように振る舞う。しかし、それを文字に残していたら? 石碑として形あるものを残していたら? 今あるものを保存し続けるためには、それ相応の行動が必要で、言葉を紡ぎ続けなけらばならない。私たちがこの物語を受け止めた後、すべき行動は何なのか。ひたすら悲しみに体を任せることではない。再び旅の記録を読み返し、そこにあった世界を実感し、私たちが住む今を何かに変換し、先々へと今をつなぐことなのではないか。 本書はただのお涙頂戴話なんかではない。私たちの未来を守るため、未来の後悔をなくすため、本当に重要なことを訴えかけてくれる。私たちへの優しさが溢れてやまない一冊。
淡々と話が進んでいく感じが好きです。 ですが、最後はえっ!となり、号泣でした。 それもそれまでの何気ない出来事があってこそでした。 乗代さん、好きな作家さんになりました。
乗代さんの作品の中でも瑞々しい文体が光る作品です。主人公が見つめるサッカー好きの少女の描写に始終、愛情を感じます。
ジーコが鹿嶋(鹿島)にもたらした影響は果てしない。 合宿所から持ってきてしまった一冊の本を返しにひたすら、歩いて、周りの歴史的なもの見たりとテレビ東京とかでありそうな。小説でありながら旅の本みたいな
海岸で亜美の名前の由来を思いながら少女の成長を喜ぶ叔父の温かな眼差しは旅の終わりの寂しさも相まって感動する。旅後の結末は作為を感じなくもないがそれがこの作品の魅力を損ねているとも思わない。
美しい情景描写と、元気な亜美の描写が想像容易い細かい言葉で表現されてて自分も旅をしているように思った。 緩やかな旅の収穫を抱えてそれぞれ夢へ向かっていく そんなラストかと思えば、悲しい最後。 一読したもののもう一周読みたくなった。作者は全体を知っていて1から書いたから。僕も同じ気持ちでもう一度読もう...続きを読むと思う。
仲のよい叔父である「私」と中学入学を目前にした姪の亜美が、「私」は文章で風景を描写する練習をしつつ、亜美はサッカーの練習をしながら鹿島まで歩いて旅をするロードムービー的な物語。途中で同じく徒歩で鹿島スタジアムを目指していたみどりと合流し、彩りが加わる。人間模様でちょっとした波風は立つことはありました...続きを読むが、基本的に和やかな雰囲気の中、淡々と旅は続けられ、無事に旅を終えることができたかにと思ったのですが、物語の終盤にさりげなく書かれた数行にわが目を疑い、その箇所を数回読み返してしまいました。何ともやるせない。人生は角も儚いものと思うしかないのだろうか。
人の歴史が、その本質として土地と切り離せないことを思い出させてくれる小説。人が生き、そして死ぬ積み重ねを「歴史」とするならば、「家にいること」が称揚され、そこから切り離されたコロナ禍は異常な時期だったと言える。そんな中、あえて肉体の確かな感覚を伴って歴史を歩き、「練習」を重ねる姿は、いっそ清々しい理...続きを読む想型を感じさせる。しかしそうした爽やかさの陰には馬頭観音初め死の影がちらつくのであり、我々はコロナ禍もまた、死の匂いを帯びた季節であったことを思い出す。 惜しむらくは結末。芥川賞の選評にあざとさが指摘されていたが、個人的には「こうでもしないとこの物語は終わらない」という感じがする。むしろそれだけ生命感溢れる作品だっただけに、それにとどめを刺し、終焉をもらたす方法は慎重であってほしかった。
文庫になってからの再読。とても良かった。 好きなのは「カワウを慮って土手を下った少女が形をとるなら、私はどんなに嬉しいかわからない(中略)書き続けることで、かくされたものへの意識を絶やさない自分を、この世のささやかな光源として立たせておく」や、亜美といっしょに撮った顔はめパネルの場面、パネルの後ろで...続きを読むは亜美が叔父の肩を組んでいて、撮影者側からは見えないけど、もしこの場面を横から見ている人がいたら大きな慰めになったというところ。こういった人の残した影のようなものをを丁寧に受け取ろうという温かい姿勢がとてもととても好きです。 この本が話題になっていたとき最後の部分に注目が結構あったように記憶しているが、乗代氏のとある講演動画を最近見ていたらこのことについて言及していた。5/26の練習で見たものは実際に見たもので(カワウが死んでいた)、それを見た時違う方向にももちろんいけたけど見てしまった以上その結末にならざるを得なかったというようなことを言っていた。それを知ってから再読できたのは良かった。あとはやっぱり亜美がカワウの真似をするところでどうしても涙が込み上げてきてしまう。
鬱屈としたコロナ禍の時期に、穏やかな実りある時間があった、という事を満喫しながら読み進めた。最後は、旅で何かを得たであろう亜美と叔父さんの様子が描かれるんだろうな、と思いながら読み進めての、予想しなかった展開の破壊力。こうくるとは思わなかったので、何度も読み返し、作者がなぜこういう終わりにしたのか、...続きを読む考えてしまった。
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
旅する練習
新刊情報をお知らせします。
乗代雄介
フォロー機能について
「講談社文庫」の最新刊一覧へ
「小説」無料一覧へ
「小説」ランキングの一覧へ
GOAT meets01
最高の任務
作家と編集者
十七八より
それは誠
鳥獣戯画/我が人生最悪の時
鉄道小説
二十四五
「乗代雄介」のこれもおすすめ一覧へ
みんなの公開リストをもっと見る
一覧 >>
▲旅する練習 ページトップヘ