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推しが燃えた。ファンを殴ったらしい――。第164回芥川賞受賞、世代も国境も超えた大ベストセラー、待望の文庫化! 解説=金原ひとみ
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Posted by ブクログ
文章を読むというより脳内で主人公の内面を体験するような気持ちで読むと楽しめた。 自己という主体、この小説で言うところの背骨が崩れていく後半の描写が好き。
めちゃ良い作品! 最後の、暗闇の中で這いつくばって綿棒を拾う描写が本当に印象的!まさきはあかりの背骨。まさきありきの生活であったあかりにとって、まさきの引退は「自分の中に存在したまさきの死」であり「まさきと共に生きた自分の死」でもあるという二つの意味を含ませているように感じた!まさきを背骨と例え、綿...続きを読む棒をお骨と例えていたことで、まさきという存在があかりにとっては全てで、生命の要であるような印象を受けた! 推し活するというありふれた流行りの作品かと思ってたけど、推し活を通して発達障害を抱えるあかりやその家族の生きづらさが浮き彫りになっているのがこの作品の面白い所! 家でもバイトでもなんにもできない子として扱われているあかりをみていてとても心が苦しくなった( ; ; ) 自分の苦しみを誰にも理解してもらえない、そんなあかりだからこそ誤解されやすいまさきのこと「全部わかってあげたい!」と背骨のように愛していたのかな!? あかりにとってまさきを推すということは「推し活」という俗っぽいワードでは片付けられない凄みを感じる作品でした!!!!
主人公は勉強が苦手で学校にも馴染めない、バイトでも失敗ばかりな女子高生。何かしらの診断がおりているらしいことが明言されている。 そんな彼女の推しが炎上するところから物語は始まる。 主人公は推しの炎上をどのように捉えたのか。「推しを解釈したい」と熱をあげているが、結局は自分に都合の良い部分を拾って、推...続きを読むしを神格化しているように思う。推しも人間であり、メディアでみる記号化された姿の裏には、複雑に入り組んだ思いや生活がある。それをまざまざと見せつけられ支えを失った主人公は、どのように生きて行くのだろう。 主人公の散らかった頭の中が文章表現からも読み取れて、共感というか、同情というか。 そんな彼女も色々なものに目を瞑りながら、這いつくばって生きるしかないんだよなぁ。
正直、主人公が僅かに羨ましい
アルコールやギャンブルと同じように推し活も、病気として治療が必要な依存症の域に達することがある。主人公は推し依存症であるが、何かに沼ることで憂き世を忘れて生きる活力を得て、そこで歯止めが効かなくなることは誰しもあり得る。 さて、五十路の自分はつまらない人生を歩み、今はマッサージ屋で肩をほぐしても...続きを読むらうこと、TRPGのニコニコ動画を観ること、ラジオで問わず語りの神田伯山を聴くことを、ささやかな楽しみに生をつないでいる。推し活に燃えたひとときに一片の悔いも残していない若い主人公が、僅かに羨ましい。
#切ない
主人公あかりの日常生活はうまくできなくても、推しを理解するための努力はできること、言葉にできない苦しみを推しという存在で保っていること、あかりは極端すぎるのか、それとも推しとはそういう存在なのか、わからないからこそ興味が湧いて、あかりを知りたくて必死に読んでしまった。小説を主人公と一緒にもがきながら...続きを読む読んだのは初めてかもしれない。
人間は生きていれば誰しも心に穴が空く。そして何かでその穴を埋める必要に迫られる。長らくその役目は宗教が担ってきたが、実在する人物で埋めようとする行為を現代では推し活というのだろう。 心の穴は当然人それぞれ違う形をしている。宗教でも推し活でも全ての形の穴を塞ぐ存在にはなり得ない。では救いを求める人間...続きを読むはどうするか。 宗教の場合、信仰によって自分の穴を宗教側に適合させて、自分を宗教と一体化させる努力をする。 推し活の場合は逆で、今作の主人公のように「解釈」という行為で実在の人物を偶像化(まさしくアイドルだ)することで自分の穴に無理やり適合させようとしてしまう。 しかしひとりのアイドルにファンの数だけ「解釈」があれば、その数だけ矛盾も生まれる。裏切られた(と感じた)ファンの注いだ愛情はある時石に姿を変える。炎上する偶像にファンが石を投げる。現実に何度も見てきた救いの無い光景だ。 本作はアイドルの燃えゆく様が「ガチ勢」の主人公の目線を通し描かれる。聡明な人物とは言い難い主人公は、それでも最後まで「石を投げる側」に回らなかった。自分の推しもひとりの人間で、同じように心に穴の空いた存在なのだと悟り、その不完全さまで愛したのだろう。推し活に救いを求め推し活に真摯であり続けた主人公が、逆に神仏のような境地まで近づいたのかもしれないと考えるとなかなか面白い。 私にはスポーツや芸能などで応援している人がたくさんいるが、本作の主人公のような熱量をもって推す存在はいない。「推しのいない人生は余生だった」と言えるほどの経験をした後で見る景色はどんなものか。それが幸せとは限らないけれども一度見てみたい気もする。
史上3番目の若さでの芥川賞受賞ということで話題になったやつ。 主人公にとって「推し」は趣味や娯楽 じゃなく、 身体を支える骨格みたいなもの。 だから推しが炎上した瞬間に世界観、自分の立ち位置、生き方、全部が揺れる。 「推し」という主人公の「背骨」=人生の軸、体の軸が揺らいでいく物語。 若い才能に...続きを読む感嘆
宇佐美りんの中では好みではない方だけど、宇佐美りんの書く小説がとても好きなので、面白かった。 ラストの冴え方が、すごい。身体感覚がすごいというか、身体に作用させる言葉の使い方がすごいというか。 全ての写真は遺影に似ている。仏壇に備えた蜜柑を食べた記憶から、推しの誕生日に買ったケーキを食べた記憶へと...続きを読む繋がる。夜明けは光で視認するのではなく、夜に浸していたはずの体が奇妙に浮くような感覚で認識する。死体が水中から浮かんでくるように。 あらゆる記憶やイメージが死に結び付けられて行く。バスに乗り、川の流れに乗るようにマンションへ着く。そこで女が洗濯物というあまりにも現在の生活、生そのものを示すような光景を見て傷つく。 ネットで炎上することは、火葬と重ねられる。そして、背骨に例えられた推しが炎上したことは、主人公が投げた綿棒が散らばるイメージに結実する。 主人公は普通の生活そのものに傷つく。自分が普通に生活をすることができないから。誰かを推すことは、一つの非日常状態でもあるのだろう。ラストシーンは葬式のようでもある。生活を見て傷つき、綿棒を拾う。あとがきにも書かれていたが、推すことは生きがいとしては描かれていない。苦しい生を、やり過ごすためにある。
タイトルからはミーハーな印象を受けるが、感情表現の秀逸さが際立っている。万人におすすめ出来るわけではないが、一風変わった小説が読みたいという人におすすめ。
普通じゃないし、推しも追うことができなくなって、とても辛いはずなのに死のうとしないのかと思いました。
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推し、燃ゆ
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