「口縫い」と聞いてすぐに思い出すのは、私の棺桶に入れてほしいほど好きな、珠玉の小説『猫を抱いて象と泳ぐ』。しかしこの『くちぬい』は絶対に入れてほしくない(笑)。
夫の強い希望で東京から高知の過疎村・白縫集落に移住した夫婦。定年まで美術教師を務めた夫・竣亮は、ここで趣味の陶芸に打ち込めると大喜び。最
...続きを読む初は移住に反対していた妻・麻由子も、震災に遭って放射能汚染の不安を感じてからは賛成に転じる。老人ばかりの住民はみな善人に見えたが、竣亮が陶芸用の窯をつくった場所に文句をつけられる。自分の敷地内に何をつくろうが勝手だろうと竣亮は反発。以来、嫌がらせを受けるようになり……。
著者自身が過疎村に移住していじめを受けたとの話が、文庫版のあとがきに特別収録されています。その経験に着想を得た物語。いろいろと問題発言の見受けられる著者ながら、移住話には同情する部分もあるかと思われますが、この物語の主人公夫婦にはなぜだかまったく共感できません。何も悪いことをしていないといえばしていないけれど、なんとなく鼻につく。そこでハタと気づく、村でのいじめって、結局こういう「鼻につく」感覚から始まってしまうのだろうかと。自分はいじめる側には決して回らないと思うのに、こういうことを考えてしまうおのれが嫌です。
村人たちの狂気にさらされ、狂っていくことを認識せずに狂ってゆく転入者。まともな感覚を持つわずかな人も、この村では生きられない。フィクションではあるけれど、過疎村について考えさせられます。住民たちが村の活性化を本当に望むなら、村意識の改革は必要なのでしょう。しかし望ましい人ばかりが転入してきてくれるわけではないというジレンマ。
ものすごく後味の悪い作品。著者が移住した村への恨みも込めて書かれた物語のような気もします。他界後半年であとがきをつけて文庫化出版されているから、余計に怨念がこもっているようで、怖い。