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私たちの身近な存在でありながら、流されてしまえば忘れられてしまうウンコ。しかし、お尻の拭き方、始末の仕方も世界では様々な方法があったりするし、歴史的にはそれが重宝される時代もあったのだ。さらに、処理の対象とされるがその処理も一筋縄ではいかなかった。ウンコの視点から環境、経済、世界を見渡せば、新たな一面が見えてくる。
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Posted by ブクログ
下水道処理システムについて知りたくて手にしたけど、そんな専門的で視野狭窄なお話ではなく、ウンコ総論、そもそもウンコは汚いのか、汚いとはなんぞや、そしてウンコ史、世界のウンコ事情と、ウンコ話がてんこ盛り。我が人生においても、トイレも処理紙も大いなる変遷があった。大学受験で上京し、ホテルの洋式トイレに惑...続きを読むってなかなか用が足せなかった友人がいた。郊外の畑には肥溜めがあり、漂う香りは田舎の香水と称していたっけ。忌避するのは仕方ないとして、改めて学ぶこと多し。椎名誠氏に世界のトイレ事情をまとめていただけば楽しそうだ。
ヨーロッパの歴史系の映画や、アニメのヨーロッパ風の街並みの風景は綺麗に描かれていたが、実際は窓からウンコや小便を放り捨てていたのでかなり汚かった。 しかし、アジアではウンコも小便も肥料にしており、道端が糞尿まみれにはなっていなかった。 江戸時代では居住人がウンコを回収する農民にお金を払うのではなく、...続きを読む農民が居住人からウンコを買っていたという話が大変面白かった。 ヨーロッパとアジアでウンコに対する向き合い方が異なっていて面白い。 明治維新以降は、都市部に人口が集中しすぎてウンコが大量に生産されてしまい余りすぎたために、肥料として使うことから段々と離れてしまったが、この再利用する姿勢はこれからも残り続けて欲しいと思った。
食べる事は生きる事 そんなフレーズがあった。 もちろんその通りだと思う。 母の看取りの時、母が食べられなくなった時に、その最期を思ったが、本当に最期の予兆は排泄出来なくなった時だった。 食べたら、出す。 生きていく上で、どちらかだけでは成り立たない。 食べ物の歴史は排泄の歴史とセットでないと、...続きを読む完全とはいかないのかもしれない。そして、私たちが食べている、牛や豚や鶏も食べて排泄している。 家の近くに、養鶏場も牛の牧場もあるので、風向きではその『香り』が漂ってくる。 視界に入る糞と、なんとも不快な香りに顔を顰めていたが、この本を読んで、なんと私は傲慢なのかと思った。 牛も豚も鶏も生きているので、当たり前に排泄をするし、臭いもあるのだ。 子どもたちが、肉をパックされた姿でしか知らないことが問題だと言う言葉を聞いたことがある。この肉がかつて生きていた動物であることを知ってもらうなら、それらの動物が食べて排泄して臭うことも知らなければ、食育とは言い難いのではないか?そんな事を思った。 今は、自分の排泄物すら見る機会も無くなってきている。臭いだけで、汚いと顔を顰める時代だ。 人糞が下肥として農地の肥料となり、育てられた作物を人が食べ、そして排泄物がまた下肥となって作物を育てる。 江戸時代のそのサイクルに戻そうという気にはならない。そこから切離した事で、救われた命もあるからだ。 でも、食べる事と排泄する事を切り離して考えては、より生きにくい世界になっていくのではないか?不快なものは世界から排除する、不寛容な世界観に繋がるのではないか?論理の飛躍かもしれないが、そう感じた。
今まで特に意識したことのなかった、身近であるはずのウンコが人々の目につかないようになった背景、うんこに対する人々がもつイメージの変化が真剣に語られてておもろかった。1950年代になって初めて日本にバキュームカーが登場したが以前は汲み取りで行っていたとは思わなかったので面白かった。 金を払ってまで百...続きを読む姓がウンコを欲しがるのは面白いと思った。
肥料として集められ市場経済まで形成した糞が、いつ屎尿として処理されるに至ったか。化学肥料の普及のせいかな、と思ってたんだけど都市サイドの問題だったんだね。あと米国の占領と五輪。 ウンコの話だから川崎も出てきた。トイレットペーパー以前に使われていた棒とか、バキュームカーなどは日本民家園で4年前に開催さ...続きを読むれた「うんことくらし」展でも見ていたので良い復習になった。
ウンコのことをこれだけ真面目に調査した本は初めてで面白かった。 江戸時代にはウンコが売買されていたとか、武家のウンコは高値で、長屋の便所は大家さんの貴重な収入源になっていたと言う話は興味深かった。
「うんこは汚いか?」 ウンコを肥料として使っていた時代までは、ウンコは汚いものではなかった。肥料として金銭で取引されたものだった。 しかし第二次大戦後、アメリカやヨーロッパから見るとウンコは寄生虫の心配のある汚物であること、人口集中で肥料としても使いきれない量が出ることなどからだんだんウンコは捨てる...続きを読む物となり、汚いものと扱われるようになっていった。 その変化が分析されていて面白かった。
ウンコという言葉をこの本以上に目にすることはないだろう。 そして、冒頭からいきなり、「はたしてウンコは『汚い』のだろうか」(13頁)と聞かれることも、またないだろう。 ウンコは汚いか?と問われれば、「そりゃそうでしょ」と答える人がほとんどだろう。 しかし、まずその常識を疑うのが学問である。 ウンコ...続きを読むは汚いのだろうか? さっきまで体内にあったものが排泄行為によって出た瞬間から気持ちの悪いもの、関係のないもの、となる。 それは、抜けた髪や切った爪、身体中から出る垢も同じだ。 もちろん感染症に敏感になっている今は、感染対策を取らなければならないものもあるだろうが、単純に不思議な気がする。 さっきまで、私の体であったものなのに、と。 ウンコが高値で買われ、肥料として使われていた時。 都市部に人が流入し、水洗トイレが出てきた時、ウォシュレットが使われた時…人はどんどんウンコから遠ざかる。 けれども、それでよかったのか? 私は東京育ちの人間だから、綺麗で高機能で臭わないトイレが当たり前だった。 昔田舎にあった「ボットン便所」はごめん被りたい(使ったことはある)。 しかし、子供のうんこを日々見て(嗅いで)いると、うんことは生きている証だと思う。。 ニラを食べれば臭くなるし、ヨーグルトを食べさせれば綺麗なバナナ型になる。 コロコロだったり、軟便だったり、「くっさ!」「ああー漏れているー!」「ぎゃぁ手についたぁーーー」も生きているからこそ。 あわやウンコ、なぜかウンコ。されどウンコ。 本書の最後でゴーギャンの話が出るなんて! ウンコから人類の来し方を考える良書であった。
下水処理後の汚泥は、肥料として使えないだろうかと思っていたのだが、さまざまな化学物質などが混ざってしまい、難しいとのことは知らなかった。生命の循環の輪が人間によって断ち切られてしまうとは、人間の罪深さはこんなところにまで及んでいるのかとガックリさせられる。 人間は自然から切り離されようとしているよう...続きを読むに見える。自然から離れては人間は生きてはいけなくなる日が来るのではないかと、排泄の問題だけ見ただけでも大きな問題提起をされたようだ。
お目当ての本がなく、たまたま目についたので。 精神年齢が小学生なので無意識にウンコに惹かれて読んだけど、こんなにウンコについて考えたことがなかった。 ウンコに対する考え方、捉え方にその人のバックボーンや地域性が出てて興味深かった。 保育園の頃に親戚の家に行ったら、まだボットン便所で、怖いし暗いし絶対...続きを読む入りたくなくて震えた記憶がある。もう久しくお目にかかってない。 "汚穢屋"のエピソードから三島由紀夫の仮面の告白を思い出した。主人公の"私"が汚穢屋に憧れるシーンである。ここからも当時の都会と田舎のウンコに対しての価値観などが現れていると感じた。 まだ糞尿が買取制だった頃、栄養価の高いものを摂る武家のものは高額で買い取られたことについては、今の感覚とは全然違うけど、納得できるしおもしろいな〜と思った。
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ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ──人糞地理学ことはじめ
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