銀行強盗で8年間服役していた心優しき大男のムース・マロイ。
別れた踊り子の恋人ヴェルマを探して黒人街の酒場フロリアンを訪ねるが、酒場で冷たくあしらわれ激情に駆られた彼は殺人を犯して逃走してしまう。
現場に偶然居合わせた私立探偵フィリップ・マーロウはアテにならない警察に憤慨し、シンパシーを感じたマロイ
...続きを読むのため、ロサンジェルスの街でヴェルマ及びマロイ捜しを開始する。
そんな中、盗まれた宝石を取り戻すため、8000ドルの受け渡しに一緒に同行して欲しいとの依頼を受けたマーロウだったが、自らの失態により依頼人を殺害されてしまう…。
次第に絡み合う二つの事件。
果たしてマロイの一途な愛は成就するのか?
1940年に発表された私立探偵フィリップ・マーロウシリーズの長編第2作目。
今回は2009年に発表された村上春樹の新訳版に挑戦。
「10代の頃に読んだ作家を再読しよう」企画(笑)の第三弾。
いやぁ~、 この作品はチャンドラーの小説の中で
『長いお別れ』に次いで僕が好きな作品。
初めて読んだのは高校時代だけど、
いまだ夢から覚めやらず。
今読んでもチャンドラーの小説は抜群にカッコいい。
(やはり今でもフィリップ・マーロウは僕にとっての永遠のヒーローなのだ)
学生時代に読んだ清水俊二訳があまりにも素晴らしかったので不安だったけど、
なかなかどうして村上春樹訳も新鮮で、いろんな意味で楽しめた。
(ただ、微妙に改変したタイトルが物語っているとおり、 あえて比較するなら清水俊二訳の方がよりハードボイルドに則した硬質な文体だったのに対して、村上春樹の新訳版はいくぶんソフトな文体でハードボイルドに慣れてない人にも読みやすくなってる気がする。ただ、タイトルは清水訳の『さらば愛しき女よ』に分があるし、大男マロイは村上のムース・マロイより清水訳の『大鹿マロイ』と訳す方が僕は合ってると思うのだが…)
身長は180cm。体重85kg。髪は黒。肌は浅黒くガッチリした体型。
年齢は当時30代前半。服装は常に帽子と細身のスーツ着用。
拳銃はコルト38口径オートマチックを所持。
酒と煙草(キャメル)を愛し、
シニカルでいて、他人の気に障る冗談を好んで口にし、
どんなに痛めつけられても『痩せ我慢の美学』を貫き、警察や権力に屈しない、
孤高の騎士・ 私立探偵フィリップ・マーロウ。
今作でも、行きがかり上知り合った大男マロイにシンパシーを感じ、
頼まれてもいないのに自らヴェルマを探すお人好しマーロウが笑える。
いや、実にマーロウらしい(笑)。
変幻自在の比喩表現を駆使した詩的でストイックな文体。
社会批判を盛り込んだ深い文学性。
あふれるリリシズムと
散りばめられた宝石のような名言の数々。
チャンドラーの作品は
探偵小説としての物語の構成やプロット云々よりも
とにもかくにも文章が秀逸なのだ。
言葉の使い方、描写力、形容の仕方、優れたリズム感で読ませるシャレた会話、絢爛たる比喩の多用など
ストーリーを抜きにして、ただ文章を読むだけでも充分に楽しめるところが
数ある探偵小説の中でも異色だし、深い味わいを生んでる秘密だと思う。
(もちろん、その文体にはマーロウの心情が溶け込んでいる)
チャンドラーが大都会ロサンジェルスを舞台に描くのはいつも
上流階級と下層階級との対比で、
今作でも上流階級に生きるしたたかな女たちと
貧しいけれど誇り高い騎士マーロウ、そして天使のように純粋な犯罪者マロイを対照的に描いている。
常に弱者の側に立ち、
何度となく痛い目に遭いながら
マロイを放っておけないお節介なマーロウのドン・キホーテの精神。
常に自分のルールに従い、
敵が巨悪であっても気に入った人間のためには敢然と立ち向かう姿を男なら笑えるわけがない。
学生だった僕が打たれたのは、
力こそすべての古いアメリカ的な強さではなく、
マーロウが体現していた武士道に通じる精神の強さ、
信念を貫く不器用な生きる姿勢だったんだと今にして思う。
チャンドラー作品にはいつも悪女(ファム・ファタール)が出てくるのだが、
今回は美貌を武器に男を裏切ることでしか生きていけなかった女を描いていて
マロイの不器用な生き様と同様に哀切極まりない結末は
深い余韻を残す。
大男の前科者、ムース・マロイ。
行方不明のマロイの恋人、ヴェルマ・ヴァレント。
好奇心旺盛で男勝りでマーロウにゾッコンな(笑)、元警察署長の娘
アン・リオーダン。
クサい匂いを発するインディアンの用心棒、セカンド・プランティング。
暗黒街のボス、レアード・ブルーネット。
マーロウを助け賭博船までの案内人を買ってでるレッド・ノールガアドなど、
とにかく脇役たちが生き生きとして素晴らしく魅力的なのも
チャンドラー作品の醍醐味だ。
簡潔に言えば今作も『長いお別れ』同様に
男が男を助けようとする話である。
行くなと言われれば言われるほど首を突っ込んでしまうひねくれ者のマーロウが、
純粋な心を持つ一人の犯罪者のために
身も心もボロボロになる話である。
しかしそこには男たちが憧れた生きる姿勢があり、
自分が信じた者のために強くあろうと
もがき続ける男のロマンがある。
あとがきにある村上春樹の言葉、
『チャンドラーの小説のある人生と、チャンドラーの小説のない人生とでは、確実にいろんなものごとが変わってくるハズだ。』
におおいに共感。
奇しくもマーロウに憧れた松田優作フリークのリリー・フランキーが言った
『男には2種類しかない。優作が心に棲みついた男と、そうじゃない男だ』
と並ぶ、愛ある名言だと思う。
文科系「不良」少年少女たちよ、
(そして草食系男子よ!)
カッコいい男が知りたけりゃ、
迷わず読むのだ!
(なぁ~んて、ハードボイルド風に決めてみました笑)