終戦から20年過ぎた1965年、雑誌『新潮』に連載された広島市への原爆投下を題材にした小説。
被爆者である重松静馬の日記と、軍医の岩竹博の手記が元になっています。
「閑間重松」という被爆者が中心となります。
原爆後遺症によって労働をすることができない彼は、被爆者の仲間と共に川釣り等へでかけますが、
...続きを読む村人からは心無い言葉を投げかけられ、除け者扱いされます。
また、同居する姪の「矢須子」は、実際は爆心地から離れた場所におり、原爆の影響がある兆候は見られないにも関わらず、被爆者という噂が立っているがために縁談が決まらずにいます。
そんな姪を不憫に思った重松は、矢須子が影響を受けなかったことの証明と、彼が経験した原爆の悲惨さを残すために、当時の日記を持ち出して清書します。
本作は、日記に書かれた原爆投下当時の様子と、落とされてずいぶん立つにも関わらず現在も原爆の影響を受ける重松たち家族の日々が書かれた内容となっています。
激しい光と巨大な轟音、立ち上るきのこ雲は、普段どおりの変わらない日常を過ごしていた大勢の人々の生活を一瞬で破壊しました。
人は溶け、弔いもされないままやがて蠅まみれになって、無惨にも人骨を晒す。
生き残っても、正体の分からない新型の兵器とやらによって苦しみ、内蔵が不調を来し、生きたまま蛆が湧いて呻きながら死んでいく。
"原爆の恐ろしさ"といえばそうなのですが、"原爆"というものがわからない当時の人々に取っては、"原爆"という兵器ではなく"戦争は嫌だ 平和が良い"という祈りを感じる内容だと思いました。
戦争小説というと、軍機の厳しさ、兵隊の勇ましさがクローズアップされますが、本作に登場する人々は、兵隊、勤め人、含めて、そこに住んでいた人です。
原爆によって焦土と化した広島にいた人々がどうなってしまったのかが描かれていて、戦争の悲惨さを訴えかける戦争小説でした。
2021年、「黒い雨」訴訟で、住民側が勝訴したというのが話題になりました。
落下現場から遠く離れた場所にいた人々も、原爆による健康被害を受けたと思われる人がおり、その人々を被爆者と認めるための訴訟でした。
作中でも、健康体に見えた矢須子ですが、実は原爆投下後に降った黒い雨を全身に浴びており、後に原爆症に苦しむことになります。
その後、重松は、原爆症で死地の淵から回復したという『軍医予備員・岩竹博の手記』を手に入れ、本作中で紹介しますが、その内容も壮絶なものでした。
本作は矢須子の回復を祈るシーンで終幕していますが、その文面には、諦念が込められているように感じます。
本作で書かれた矢須子が被爆者であるということが、57年越しにようやく認められたというのは、なにかすごいことのように思いました。
原爆の影響は落とされた場所だけではなく広範囲であることが認められ、改めて原爆の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを再認識させられる名著だと思いました。