ホームレスの老女が殺され燃やされた事件から物語は始まる。
殺された老女の身元を調べる所轄の刑事・奥貫綾乃目線と、ある団塊ジュニアの男目線の語りが交互に描かれる。
そして、物語は単純なミステリではなく、男の半生を通して、現代日本が抱える大人の引きこもり問題、いわゆる「8050問題」へと舵を切る。
...続きを読む「明日は今日よりも豊かになる」と信じていられた時代。高度経済成長からのバブル狂乱、そしてその崩壊。その後長きにわたる失われた30年。時代からこぼれ落ちた人々が一体どれほどいるのかと暗澹たる思いになる。
自己肯定感を得られず、他者からの承認を希求し、過剰な自意識に縛られて孤独のうちに自らの内に引きこもる者たち。自己責任と切り捨てられた彼らのうちには、自らを承認してくれない世の中を恨み、いわゆる「無敵の人」となって社会に復讐しようとするものもいる。
そんな彼らに容赦なく投げつけられる「甘えるな」「死ぬなら一人で死ね」という言葉。でも、運良くそちらに転ばなかっただけで、時代が時代なら自分も……と想像することはできる。
草鹿が18年の引きこもりの果てに気づいた自分で自分を承認することに必要な強さ。自分は弱いけれど、せめて生きてこの世に「いる」ことは赦そうとしていたその心の変化に涙が出る。
そして絶望を抱えているのは草鹿だけではないということ。一見強者のように見える綾乃ですら、人には言えない絶望を身の内に抱えているところにこの物語の深みがある。終盤、取調室で二人が対峙するシーンはグッとくる。
重くてやるせない社会派作品だったけど、草鹿の今に少しの光が見出せたことが救い。