知的な「数の世界」に触れられるオススメの数学漫画8選
※2020/11/11:『寿司 虚空編』『数字であそぼ。』『数学ゴールデン』を追加しました。
「リーマン予想」や「フェルマーの最終定理」「ラングランズ・プログラム」に関するドキュメンタリーが放送されるなど、人の目に触れる機会が増えた高等数学の世界。漫画でも、ヒット作の『数学ガール』を筆頭に、数学を題材にした作品がいくつもあります。今回は、理解が容易な入門編にピッタリな漫画から、専門知識があるとより楽しめる上級編の漫画まで、難易度付きで8作を紹介。数学を巡る人間ドラマに興味がある文系のあなたも、登場人物たちの数学論議をとことん味わいたい理系のあなたも、ぜひ参考してみてください!
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『はじめアルゴリズム』
完結『はじめアルゴリズム』 全10巻 三原和人 / 講談社
難易度★★★★☆
小学生のはじめが、世界を形作る数学の世界に魅了される
物語は、年老いた数学者・内田豊が、生まれ故郷の離島を久しぶりに訪れたところから始まります。廃校になった母校の壁には、彼が中学生時代に書いた数式のらく書きが今でも残っていました。しかし、よく見るとそこには自分が解けなかった続きが。しかも、「ラグランジュの平均値の定理」「アーベルの定理」などが展開されていて、内田は驚きます。いったい誰がこれを……。壁に続く数式をたどっていった先で、内田が出会ったのが、本作の主人公・関口ハジメでした。
まだ小学5年生ながら、高度な数学を駆使するハジメ。しかし、本格的に学んだことはなく、彼の数式は独自の記号によるものでした。それは内田にとっては、「まるで違う世界の生き物の数学を見ているよう」なもの。いわば数学の獣道をたった一人で歩んできたハジメに、「人類が築いてきた数学という道」を歩ませたいと内田は考えます。一方のハジメは、内田が教えてくれた正式な数学にワクワク。そうして、生まれ育った離島を離れ、京都にある内田の家に移り住むことになったのでした。
ハジメの数学は、勉強というより遊びです。空に浮かぶ雲の流れ、木の枝の分かれ方、水の波紋の伝わりなどを数式で表し、9541と1459という2台の車のナンバーから「カプレカ数」と呼ばれる数字を導き出します。たった1人で数字と戯れてきたため、その発想は自由奔放。読者は、ハジメが書く計算式が理解できなくても、彼の心が数学によって広い世界を自在に飛び回っていることを感じられるでしょう。
ハジメは明るく素直で、誰とでも仲良くなれる性格。女の子とも自然に話せて、言動がスマートなので、同年代からも年上からも慕われるモテキャラです。内田は数学者らしい頑なさを持ちつつも、実の息子に対する過去の失敗から、ハジメの自由な発想を大事に育てていこうとします。そして京都では、一歳上の「数学の天才児」手嶋ナナオとの出会いも。数学を通して、ハジメはすくすくと成長していきます。
ドーナツとコーヒーカップを同じとみなす「トポロジー」の考え方や、平行線が交わると考えるための「射影空間」など、数学の術語、概念を作中で分かりやすく解説。監修者・三澤大太郎先生による巻末のオマケページも読み応え十分です。数学によって
「世界を全部知りたい」
と目を輝かせるハジメ。彼の活躍を通して、読者もまた、数学が世界を表現する手段であることを教えられるのです。
『寿司 虚空編』
完結『寿司 虚空編』 全1巻 小林銅蟲 / 三才ブックス
難易度★★★★★
日常離れした「巨大数」の世界が、寿司屋の閉鎖空間に広がる
数学の上級者にぜひ読んでいただきたいのが本作。寿司屋の親方と、弟子のマシモ、親方の一人娘で幽霊のうるかが、「巨大数」の話をひたすら繰り広げていくという、シュールかつ高度な数学ギャグ漫画です。
「巨大数」とは、親方によれば「日常生活で使うどんな数よりも べらぼうに大きい数」のこと。第1話で取り上げられるのは「グラハム数」。あまりにも巨大すぎるため、特別な記号を用いなければ表記できない数字だということです。
その記号を使って「グラハム数」をどのように書き表していくかを、親方がマシモにこんこんと語っていくのが第1話。マシモは親方の説明を理解しているのですが、はっきり言って、この紹介原稿を書いている自分には、何がなんだかさっぱり分かりませんでした(笑)。
続く第2話に登場するのは、「グラハム数」を上回る巨大さの「ふぃっしゅ数」。日本の巨大数研究家ふぃっしゅっしゅ(現在は、フィッシュ)さんが作った巨大数で、グラハム数が「数学の問題の解である数がたまたま異常にでかかった」という必然性をもった数だったのに対し、こちらは「ただ純粋にでかさを追求して生み出された数」とのこと。
「ふぃっしゅ数」を表す数式が大ゴマでバババーンと紹介され、親方は大興奮しますが、これも、数学に詳しくない者にとってはちんぷんかんぷん。しかし、なんだかすごそうということは、親方とマシモのやり取りから伝わってきます。一人娘のうるかは、第2話が初登場。彼女が非常に丁寧に「ふぃっしゅ数」について解説してくれるのですが、こちらもなんだか数字がすごいことになっている…ということしかわからない、という人もいそう。でもそのわからなさ、すさまじい数字の羅列が快感なのです。
作者の小林先生は、実際に「ふぃっしゅ数」の解析に関わり、日本における「巨大数」ブームの発生に大きく貢献したとのこと。本作は数学の専門家の査読を受けていて、正確さに万全を期していることもポイントです。また、かわいくて不気味な絵柄もクセになります。
普段の生活の中では、なかなか触れることのない「巨大数」の世界に、ぜひ入り込んでみてください。
『数字であそぼ。』
『数字であそぼ。』 1~4巻 絹田村子 / 小学館
難易度★★★★☆
数学を愛する大学生たちの、奇人変人キャンパスライフ
高校までとはまったく違う、大学での数学。いったいどんな講義がおこなわれているのか、詳しく教えてくれるのが本作です。しかも主人公は、入学早々に数学に挫折し、2年も休学してしまった青年。講義が理解できない! という彼の視点から描くことで、専門知識のない読者にも優しい数学漫画となっています。
京都の名門・吉田大学の理学部に入学した横辺建己(よこべ たてき)。一度見たものは忘れないという驚異の記憶力を持つ彼は、暗記のみで好成績を収めてきました。しかしそれは高校までの話。大学の初日の講義「微分積分学」でいきなり挫折し、そのまま下宿で引きこもり状態になってしまいます。
あっという間に2年が経ち、彼がやっと復学したところから物語は本格的にスタート。横辺は同じく2年留年した北方創介(きたかた そうすけ)と出会い、もう一度、大学の数学に挑みます。北方がまず教えてくれたのは、高校と大学の数学の違いでした。
ひたすら考えて理解し続けていく それが大学の数学!
与えられた問題を解くのではなく、定義や公式を知って思考することこそが大学の数学、と北方は言うわけです。目からウロコが落ちた横辺は、大学生活にやっと希望の兆しが。
作中で描かれる講義の内容はかなり専門的ですが、物語の中でうまく解説してくれます。たとえば2巻に出てくる「集合と位相」。「集合」について理解できた横辺が、銭湯でばったり会ったおじさん二人組に嬉しそうに解説する場面があったりして、現代数学の難しい概念が、優しくかみ砕かれています。
少しずつ増えていく横辺の友人は、数学を愛する奇人変人ばかり。四季を通した京都の大学のキャンパスライフが、数学の知識とともに楽しめるのも本作のポイントです。彼らのやり取りに見られるとぼけたギャグセンスも光っていて、佐々木倫子先生の『動物のお医者さん』の数学バージョンといった感がある作品です。
『数学ゴールデン』
『数学ゴールデン』 1~巻 藏丸竜彦 / 白泉社
難易度★★★☆☆
数学オリンピック代表を目指す高校生コンビの熱血ドラマ
世界各国から集まった高校生以下の少年少女が、数学で競い合う「国際数学オリンピック」。日本からは、国内大会の上位6人が代表として送られることになります。本作は、その代表の座を目指して奮闘する高校生たちの物語です。
まず目を引くのは、なんといっても主人公・小野田春一(おのだ はるいち)の熱さです。主席で福岡の県立高校に入学した彼は、入学式の新入生挨拶で、高校生活の目標は「数学オリンピックの日本代表」と宣言。生徒たちを驚かせるというか、ドン引きさせます。
そんな彼に「数学好きなの?」と近づいてきたのが、同じく新入生の七瀬マミ。知識量では春一に及びませんが、情熱は負けず劣らず。インドの伝説的な天才数学者ラマヌジャンの大ファンで、自分の部屋には手描きのラマヌジャンのポスターが貼ってあるという濃い女の子です。
そんなコンビが数学オリンピック出場を目指して難問に取り組んでいく姿を、エモーショナルに描いていくのが本作。もちろん、数学オリンピックの問題に絡んで、さまざまな数学ネタが登場します。たとえば、「鳩ノ巣の原理」です。
n,mを自然数、n>mとする.
n個のものをm組にわけるとき、少なくともひとつの組は2個以上のものを含む.
これが「鳩ノ巣の原理」。数学を知らない者にとってはなんのこっちゃという感じですが、マミが戦隊モノにたとえて独自の解説を展開してくれます。
数学を愛し、難しい定義を理解できたときに、一番の快感を得る春一とマミ。現在はまだ第1巻のみで、今後の展開が気になり過ぎる作品です。
『数学ガール』
完結『数学ガール』 全2巻 結城浩・日坂水柯 / KADOKAWA / メディアファクトリー
難易度★★★★★
数学漫画と言えば、これ。難易度高めの青春ストーリー
キャッチフレーズは《理系にとっての最強の萌え》。数学と青春を掛け合わせた結城浩先生の小説『数学ガール』シリーズは、高校2年生の「僕」と美少女たちが、数学について語り合ったり問題を解き合ったりしながら高校生活を送る姿を描き、大ヒットした作品です。そのうち、シリーズ第1巻の『数学ガール』を漫画化したのが本作。セクシー系ラブコメ『白衣のカノジョ』の日坂水柯先生が作画を担当しています。
高校入学と同時に、同学年のミルカと出会った「僕」。ミルカは数学好きな女の子で、挨拶や自己紹介もなく、いきなり「僕」に数列の問題を出してきたのでした。
「1,1,2,3,」「1,4,27,256,」「6,15,35,77,」と続く数列の次に来る数字は何か?
「僕」もミルカと同様、数学好きな少年で、彼女の問いにスムーズに答えていきます。それ以来、二人は学校の図書室で数学の問題を解き合う仲になっていくのでした。
出会いから1年後。高校2年生になった「僕」の前に、数学を教えてほしいという後輩の女の子テトラが現れます。「僕」がテトラの先生役を務めるのも、また図書室。ミステリアスでクールなミルカ、元気で明るいテトラという二人の美少女に囲まれた「僕」は、数学の話しかしていないのに、うらやましいほどのリア充。恋愛的な展開もありつつ、物語は進んでいきます。しかし、ミルカは数学以外の事柄については眼中にない少女で、
「虚数単位以外にどんなアイがあるの?」
という天然な名ゼリフが飛び出したりします。
「1024の約数は何個ある?」とか「なぜ1は素数に含まれないのか?」「絶対値の定義は?」「方程式と恒等式の違いとは?」といった基本的なところから、回転を行列で表現しその意味を解釈し直す「倍角公式」や、複素平面をグラフ化して解いていく「振動」の問題など、文系の人間にとっては難しいものまで、作品中にはさまざまな題材が。コマの中に数式がびっしり描かれているページもあります。
しかしそれらの数式が理解できなくても大丈夫。「僕」とミルカ、テトラのどこか甘酸っぱいやり取りは十分に楽しめます。数式を理解できる読者には、数学の話と青春ストーリーの両輪が堪能できる二度美味しい作品になるはずです。
春日旬先生の作画による『数学ガール フェルマーの最終定理』、茉崎ミユキ先生の作画による『数学ガール ゲーテルの不完全性定理』と、続編も刊行されているので、合わせてオススメです。
『数学と文系ちゃん 〜役に立つ数学のススメ〜』
完結『数学と文系ちゃん ~役に立つ数学のススメ~』 全1巻 タテノカズヒロ / 少年画報社
難易度★★☆☆☆
日常生活に即した数学の知識がたっぷり
主人公は文系の女子高生・まどかと、数学好きな男子・八神の、学校での日常会話を中心とした数学漫画で、普段の生活に役に立つ数学知識を毎回紹介してくれる作品です。
「200%自信ない!」
とまどかが数学的におかしなことを言うと、八神が
「200%なんて確率は存在しない!」
と正しくツッコミを入れる、というような流れから始まる1話完結のコメディ。まどかの悩みやトラブルを、八神が数学で解決していくというのが毎回のパターンです。
第1話のテーマは「じゃんけん必勝法」。一週間分の昼食代をかけた「食堂じゃんけん」をやるはめになったまどかに、八神が必勝法を授けることに。八神によれば、人間の出すじゃんけんの手には偏りがあるということ。グー、チョキ、パーは1/3の確率で出るわけではないのです。それを実験によって確かめたのは数学者の芳沢光雄教授。また、1対1のじゃんけんは96%の確率で3回戦までに勝敗がつくということも八神は教えてくれます。
- 「宝くじの当選確率」はどれくらいなのか?
- 32×25が3秒で解ける「インド式計算」とは?
- 40名のクラスに同じ誕生日の2人がいる確率を割り出す「誕生日問題」
- アンケートの「平均値」にありがちなウソ
などなど、全12話の中に、日常的な数学ネタがたっぷり。各話のおまけとして、文章による「八神の補習授業」が付いていて、漫画で紹介されたネタをより深く掘り下げてくれるのも興味をそそられます。
生きていると何かと選択を迫られることがあるせいか、確率のネタが多いのも特徴。まどかのように数学的な思考が苦手な文系タイプの読者には、数学漫画のはじめの一歩としてオススメしたい作品です。
『数学と文系ちゃん ~役に立つ数学のススメ~』を試し読みする
『Yの箱船』
『Yの箱船』 1~3巻 天樹征丸・石蕗永地 / 小学館
難易度★☆☆☆☆
小学生読者をメインターゲットにした数学系デスゲーム漫画
月刊コロコロコミックに連載中のサバイバルファンタジー。突然、異空間で目覚めた少年少女が、次々に出題される数学の問題を解きながら冒険する物語で、不正解は命に関わることから、デスゲーム漫画というジャンル分けも可能な作品です。
気がつくと奇妙な建物の中にいた主人公の数真(カズマ)。ドアを開けて入った部屋には、彼と同じように、この不思議な空間に迷い込んでしまった4人がいました。戸惑う彼らの前に現れたのが、この空間に数週間前から閉じ込められているという弓月悟(ユヅキサトル)。彼が言うには、壁に現れたタイマーがゼロになる前に、何者かによって出題された問題が解けないと、床が崩れて全員が死ぬということでした。
原作者は『金田一少年の事件簿』でおなじみの天樹征丸先生。小学生向けのコロコロコミックの作品ということで、問題は数学というよりも算数レベルの簡単なものです。しかし、出題の仕方が凝っていて間違えれば死という緊張もあり、大人もハマってしまう面白さがあります。
たとえば、最初の問題は
「黒と白は太陽である。日食が教えてくれるだろう。イカロスのように墜ちたくなき者は、月を目指すべきであると」
という、謎めいた文章です。部屋の床には黒と白のタイルによって幾何学模様が描かれていて、問題の文章のよく読み解くと、それがこの部屋の面積を計算する問題であることが分かってきます。
そのようにして、次から次へと現れる問題を数真が中心になって解いていくうちに、この世界の秘密が少しずつ明らかに……。各エピソードの最後には、問題の答えを詳しく解説した「Yの箱船 解明文書」があり、数学問題とストーリー展開がダブルで楽しめます。
『算法少女』
『算法少女』 1巻~ 秋月めぐる・遠藤寛子 / リイド社
難易度★★★☆☆
舞台は江戸時代。武士が独占する算法の世界に町娘が挑戦する
江戸時代に、日本独自の数学として発達した算法(和算)。本作はそれを題材にした、数学漫画にして時代劇という珍しい作品です。1973年に出版された遠藤寛子先生によるヤングアダルト向け小説を、2010年代になって秋月めぐる先生が漫画化。2015年には、長編アニメ化もされました。
主人公は安永年間の江戸で暮らす少女・千葉あき。当時、算法の高度な知識は、高名な和算家の門下生である武士が独占していて、町民は知ることができませんでした。しかし、医者で算法好きな父を持つあきは、自分なりの算法の知識を身につけていたのです。
物語は、あきが公衆の面前で、水野三之介という若い武士の算法の間違いを指摘したことから始まります。三之介は、高名な和算家が開いた算法道場の門下生。町娘になめられては道場の名折れということで、三之介の兄弟子たちが卑怯な手を使って、彼女を潰しにかかります。そこから、一部の武士に独占された和算の世界に風穴を開ける、あきの活躍が始まっていくのです。
算法の解法を絵馬にして寺に奉納する「算額」や、ピタゴラスの定理のことを指す「勾股弦の定理」、中国発祥の計算道具「算木」など、江戸時代ならではの用語や小道具が登場。町娘のあきが武士の社会に挑戦していく立身出世の物語でもあり、身分の差を乗り越える活躍には胸がすくものがあります。
また、解説を日本数学史学会の小寺裕先生が担当。和算の歴史や当時ならではの計算法を詳しく学ぶことができ、数学好き、歴史好きにはたまらない作品です。
最後に
普段の生活から宇宙の成り立ちまで、この世界の全てに関わる学問が「数学」。数学漫画の主人公達は、それぞれの問題に純粋な気持ちで立ち向かっていきます。論理的に物事を考えようとする姿は清々しく、読者を美しい世界へと導いてくれます。しかし、高度な問題を解こうとすればするほど、自分の限界との戦いに。いくつかの作品では、苦しみもがくキャラクターが登場。葛藤に満ちた人間ドラマもまた、数学漫画の魅力です。知的興奮にあふれた世界を、ぜひ覗いてみてください。