『二月の勝者 -絶対合格の教室-』これが現代の中学受験だ! 受験生のママ必見の作品を書店員が徹底考察【ネタバレ注意】
2020年のセンター試験廃止、2021年からの大学入学共通テスト導入を控え、さらに首都圏私大の合格者数大幅削減、公立中高一貫校の増加など教育環境が激変しつつある現代。子どもがいる家庭にとって「中学受験」の検討は、避けては通れない時代となっています。本作はとある受験塾を舞台に「中学受験」を多角的に描いた作品。小学6年生たちの奮闘、親の葛藤、塾講師の情熱、そして、営利企業である受験塾のお金儲けの裏側まで、あらゆるドラマが盛り込まれています。
その濃密な内容と情報量の多さは、受験のプロも注目するほど。「中学受験」から日本の現代事情を知る、全国民にオススメしたい作品です。
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※当記事に記載の内容は全て「ぶくまる編集部調べ」です。また、当記事には一部ネタバレを含みます。
目次
1. 『二月の勝者』のあらすじ
中学受験生にとっての新学期である2月。中堅受験塾「桜花ゼミナール」の吉祥寺校に、新たな校長として、黒木蔵人が就任します。彼は受験塾のトップである「フェニックス」を辞めて、「桜花」にやって来た超有能な受験のプロ。第一志望校への全員合格を目指して、黒木と新6年生たちの挑戦が始まります。
本作は、2月から始まり、翌年の2月の本番へと向かう受験塾の内幕を、新人講師・佐倉麻衣の視点から描いていきます。
2. 『二月の勝者』の基本設定
2-1. 中学受験塾とは?
中高一貫校への合格を目指して、4年生から通い始めるのが一般的。もちろん、5年生次、6年生次から通い始めることも可能です。親にとって大きな負担となるのが、その学費。桜花ゼミナールの場合、6年生の1年間だけで126万9千円が必要になるといいます。
2-2. 桜花ゼミナール
都内にいくつもの校舎を持つ中堅受験校。吉祥寺校の校長は子どもの成績に合った指導で、上位校にこだわらず受験させることを方針にしています。しかし、そうは言っても塾は営利企業。吉祥寺校の校長は、合格実績が上げられず左遷。新たに黒木が赴任してきます。子どもたちは成績順にΩクラス、Aクラス、Rクラスに分けられ、新人の佐倉はRクラスの算数を担当します。
2-3. PHOENIX(フェニックス)小学部
名門中学受験専門塾。東京の私立中学188校のうち上位20校の合格者の約6割が通っているというトップ受験塾です。黒木は昨年まで、フェニックスの最優秀クラスを担当する講師でした。経営方針は成績上位者の優遇。災害時の避難も成績優秀者を優先するという徹底ぶりです。
3. なぜ「中学受験」が大切なのか?
そもそも、なぜ「中学受験」をすることが子ども達にとって大切なのでしょうか? 『二月の勝者』は、それを詳しく解説してくれます。
3-1. 高校募集が減っている!?
中高一貫校が増えている上に、高校からの、いわば途中入学を受け入れている学校が減っているというのが現状。親世代にとっては、高校から入れた母校が、いつの間にか中学からじゃないと入れなくなっていると気づくことが多いのではないか、ということです。
3-2. 2020年の大学受験改革
2020年1月をもって従来のセンター試験は廃止され、2021年からは大学入学共通テストがスタート。これまで全てマーク式だったテストに、記述式の問題が、国語・数学で導入されます。テストの問題が大きく変わり、黒木の説明によれば、「高校の三年間だけでこんなテストの対策がしきれるのか疑問」とのこと。さらに、難関私立大学の合格者数が政府の方針によって大幅に削減。その影響を直接受けるのが、今の小学生たちなのです。
3-3. 高校受験には内申点が
さらに衝撃的なのが、高校受験の時に参照される内申点についてです。テストの成績だけでなく授業態度、部活の実績、ささいな一挙手一投足まで教師によって点数を付けられ、教師受けの良い完璧な優等生であることが求められます。かたや中学受験は本番のテストの結果のみという明快さ。この黒木のセリフには、大いに納得させられます。
4. 『二月の勝者』の登場人物たち
「中学受験」の大切さ、お分かりになったでしょうか? では次に、桜花ゼミナール吉祥寺校を取り巻くキャラクター達を紹介します。講師も生徒も親も、本当に多種多様。こんな子いる! こんな親いる!というリアルさがありつつ、彼らの言動によって、受験塾の裏側も見えてきます。
4-1. 講師たち
4-1-1. 黒木蔵人(クロキ クロウド)
本作の主人公。桜花ゼミナール吉祥寺校の新しい校長です。校舎の外ではボサボサの髪で若者然としていますが、仕事のときは髪をきっちりセットしてスーツを着こなします。親のことを「スポンサー」、新規の生徒のことを「金脈」と呼ぶような身も蓋もない言動もありますが、講師としても管理職としても超有能です。
また、黒木には、いくつかの謎があります。夜の風俗街をふらふらしている姿を目撃されたり、怪しげな男に大金(?)が入った封筒を渡したり、とある家の引きこもりと思われる子の元に通ったり。桜花ゼミナールの外にいる彼は実にミステリアスです。
4-1-2. 佐倉麻衣(サクラ マイ)
本作のもう一人の主人公。新卒採用されて、研修の後、吉祥寺校に配属。担当科目は算数です。空手の有段者で子ども好き。しかし、かつて空手道場で子どもの指導に失敗してしまったトラウマをかかえている様子。熱い気持ちを持った女性で、黒木のクールな言動に反発することもしばしば。
4-1-3. 桂(カツラ)
桜花ゼミナールの女性講師。フルネームは今のところ明らかになっていません。佐倉の先輩として、仕事の相談に乗ることもしばしば。また、受験の常識に疎い佐倉の指導役でもあり、桂の解説を通して、読者は「中学受験」のあれこれを知ることができます。
4-1-4. 橘 勇作(タチバナ ユウサク)
桜花ゼミナールの算数・理科講師。フェニックス方式を桜花ゼミナールに導入しようとする黒木とは、事あるごとに対立。また、校外で怪しげな行動をしている黒木の弱みを握ろうとしています。
4-1-5. 白柳徳道(シロヤナギ トクミチ)
桜花ゼミナール社長。飄々とした人物で、黒木を吉祥寺校に配属した当人。「吉祥寺校は桜花の「治外法権」だから」というセリフもあり、黒木の後ろ盾となっている人物です。
4-1-6. 灰谷 純(ハイタニ ジュン)
フェニックス吉祥寺校の講師。黒木の元同僚で、フェニックスの生徒を裏切って桜花ゼミナールに移籍した黒木を憎んでいます。佐倉との接触も多く、黒木についての批判を彼女に何度も繰り返します。
4-2. 生徒とその親たち
4-2-1. 三浦佑星(ミウラ ユウセイ)
新6年生の2月から桜花ゼミナールに通い始めた男の子で、Rクラスに所属。サッカークラブでレギュラー入りを果たした時期ということもあって、父親は中学受験と塾通いに消極的。一方の母親は受験に積極的で、最初は意見が分かれていました。
4-2-2. 加藤 匠(カトウ タクミ)
Rクラスに所属。おっとりとした性格で、鉄道好き。授業中にも窓の外を走る電車を眺めるなど、勉強に身が入っていませんでした。母親の涼香も穏やかな女性で、6年生の進級時に、本人の意思を尊重して退塾させようとします。しかし、黒木の見事な説得により、母子ともに受験へのモチベーションを上げることに。
4-2-3. 武田勇人(タケダ ユウト)
Rクラスに所属。ゲーム好きで、家では弟と同じ部屋ということもあって、隙あらばゲームをしてしまい、勉強に身が入らない男の子です。父の正人と母の香織はともに会社員。正人は家では携帯ゲームに夢中で、勇人のことは香織に任せっきり。2集で夫婦が衝突するドラマが描かれます。
4-2-4. 島津 順(シマヅ ジュン)
Ωクラスに所属。桜花ゼミナール吉祥寺校でトップの成績をキープする男の子で、日本の元号を全て暗記している(上杉いわく)歴史オタクです。両親ともに教育熱心なのですが、父親は順の成績が悪いと母親に暴言を繰り返していました。4巻で家庭の問題が噴出することになります。
4-2-5. 上杉海斗(ウエスギ カイト)
Aクラスに所属。もともとは双子の弟・陸斗とともにフェニックスに通っていましたが、兄弟で成績に大きな差があり、「兄はのびのび育てたい」という母・麻沙子の考えによって、桜花ゼミナールに転塾してきます。そのため、海斗は親に期待されていないと考えて、自己評価が低くなっていました。
4-2-6. 柴田まるみ(シバタ マルミ)
Aクラスに所属。4年生のときにクラスのリーダー格の女子とトラブルになり、不登校に。母・美佐子は、娘の現状に理解のある私立校に進学させるため、桜花ゼミナールに通わせます。クラスでも引っ込み思案でしたが、塾のOGの中学生との面談と、黒木にかけられた言葉がきっかけで、受験に前向きになっていきます。
4-2-7. 石田王羅(イシダ オウラ)
Rクラスに所属。桜花ゼミナール吉祥寺校では成績最下位。自習室でスマホゲームをやるような、勉強に全く気が入らない男の子です。母子家庭で、母・三枝子は鍼灸師。塾に通わせるようになったのも、勉強のためというよりは、仕事で面倒を見られない王羅に居場所を与えたいという思いからでした。
4-2-8. 前田花恋(マエダ カレン)
Ωクラスに所属。桜花ゼミナール吉祥寺校では女子トップの成績。常に強気で、「落ちこぼれのレベルに合わせるのなんか、学校だけで十分だよ」という発言も。6年生進級時に、より高レベルな授業を求めて、フェニックスへの転塾を検討します。自信家の分、無理をし過ぎる傾向も。医師である母・慶子は花恋の精神状態を心配しています。
4-2-9. 直江樹里(ナオエ ジュリ)
Ωクラスに所属。父・翔太と母・杏里はどちらも美容師で、本人もおしゃれが大好き。制服のない私立校に行きたくて、中学受験を決めました。「理社を遊び感覚で覚えて、算数の難題を鼻歌まじりで楽しく解く」という、地頭がいい女の子。桜花ゼミナールでは、花恋と仲良しです。
5. 『二月の勝者』のここがスゴイ!
5-1. 情報量がスゴイ!
とにかく「中学受験」に関するあらゆる情報が満載。受験関連の実用書を手に取る前に、まずは『二月の勝者』を通読することをオススメします。そんな中から、いくつかの例を紹介していきましょう。
5-1-1. 中学受験生のうち、第一志望に受からないのは何割?
まずは軽いジャブから。黒木の前任の校長が、研修中の佐倉に質問。その答えはなんと7割!
5-1-2. 2020年の大学受験改革
3-2で説明した2020年の大学受験改革。黒木の説明はなんと10ページにわたり、現実に発表されたモデル問題も掲載されています。ここは受験生を持つ親にとっては、最重要情報!
5-1-3. 中学受験における「偏差値」とは?
中学受験の偏差値の母数は「受験する生徒たち」のみ。つまり同学年全体の上位2割の生徒を母数として割り出すとのこと。高校受験の偏差値とは10〜15も違い、「偏差値50」でも同学年全体の平均よりもはるかに高いのだそうです。そんな中、偏差値70の学校っていったい……。
5-1-4. 模擬テストの意味とは?
全国で一斉に開催される模擬テスト。それを受けることの効果を、佐倉が自分の知識を総動員して語ります。開催する業者によって、問題のレベルはかなり変わるとのこと。
5-1-5. 中学での内申点の上げ方
桂先生が語る、中学校における内申点の上げ方。つまり、教師のお気に入りになれ、ということで、点数を取りさえすれば合格できることがほとんどの「中学受験」が、いかに「高校受験」より単純明快かが、力説されます。
5-1-6. 参考文献の多さにびっくり
各巻の最終ページには、膨大な参考文献のリストが。たとえば1巻では、25冊が列記されています。いかにリサーチして作品を書いているか、作者の熱意と誠意がびしびしと伝わってきます。
5-2. 親子のドラマがスゴイ!
1年で130万円もの授業料がかかる「中学受験」(テキスト代、模擬試験代を含めるとさらに高額)。親にとっても真剣勝負。その中でいろいろなドラマが生まれます。もっとも夫婦に危機が走った2例を紹介します。
5-2-1. 武田勇人とその両親
息子の塾通いについて、父と母が激しくぶつかり合ったのが武田家。父・正人は帰宅するとスマホのゲームに夢中。塾通いについても関心がなく、母・香織のストレスはどんどん高まっていきます。
それに対して、黒木は荒療治に。桂に指示を与えて、香織の怒りの導火線に火をつけます
ついに香織の雷が、正人に落ちることに。スマホゲームにたとえて、「子どもに「課金」してクソ強いキャラに育てよーとして何が悪い」は名言!
5-2-2. 島津順とその両親
桜花ゼミナールの生徒の親たちの中で、最も深刻な問題をかかえている家庭のひとつは、なんと成績トップ・島津順の両親でした。とにかく父親が強烈なのです。
母に対して暴力的な父の姿を見続けて苦しむ順。そしてついに……
両親の不仲は、ホントに子どもを精神的に追いつめます
母の我が子への愛は、父を変えることができるのでしょうか?
5-3. 黒木の説得力がスゴイ!
子どもたち、親たち、塾の講師陣、あらゆる人々にどんどん名言を発していく黒木。説得力に満ちた名ゼリフを紹介します。
5-3-1. 凡人こそ中学受験をすべきなんです
サッカー少年・三浦佑星。入塾させるべきか悩む彼の両親を説得するときに言ったセリフです。全国のサッカー少年の中でプロにたどり着けるのは約0.21%。勉強のほうがはるかに努力のリターンを得やすい、と黒木は言います。
5-3-2. 「中学受験」は特急券です
公立中学、公立高校と進学し、塾に一切お金をかけなくても、有名大学に進学できる子はいます。しかし、それは鈍行列車であり、終点までたどり着けるのはコツコツ努力できる子だけ。逆に、塾でプロ講師の指導を受けることは、特急に乗ること。つまり、お金をかけた方が圧倒的に有利なのです。
5-3-3. 偏差値55から60の間は、断絶した崖道
55の生徒を60に上げるのは至難の業。なぜなら、公式を覚えていれば解ける問題だけでなく、より総合的な問題を解けるようになる必要があるからです。
5-3-4. 入学試験のテスト問題は7月〜8月に作られる
だからこそ、夏場の時事ネタはしっかり押さえておきたいということで、黒木は生徒に、ニュース番組を見たり新聞を読んだりすることを奨励します。
5-3-5. 受験を「自分ごと」にさせることです
黒木のセリフの中で、最も親世代が肝に銘じたいのが、これ。子どもが「やらされている」と思っている間は成績は伸びない。むしろ、「勉強のことに関してはあなたに任せているからね」と言うことが大事だとのこと。大納得です!
5-4. 知られざる塾の裏側がスゴイ!
受験塾は営利企業。子どもたちは生徒でもあり、顧客でもあります。いかにその「スポンサー」である親に金を払ってもらうか。黒木はストレートにそこに斬り込んでいきます。
5-4-1. 塾講師は「教育者」ではなく、「サービス業」ですよ
これが何よりの基本。黒木のこの哲学は、物語を通じてブレることはありません。
5-4-2. Rクラスは「お客さん」
受け持ったRクラスの生徒指導に情熱を注ぐ佐倉。しかし、黒木は「お客さん」には一生懸命になるな、と言います。彼らはただ授業料を落としてくれればいい。当の親が知ったら憤慨もののセリフでしょう。
5-4-3. さらなる「重課金」コースとは?
桜花ゼミナールには、系列校の「個別指導塾ノビール」が。マンツーマンで指導してもらえる分、高額で、バイトの大学生に教わっても月3万、プロ講師ならその倍はかかるという、まさに「重課金」コース。成績の伸びない子の親に重くのしかかります。
しかも、こんな黒い噂も……
6. これからの『二月の勝者』は?
6-1. ジャイアントキリングの可能性
夏季合宿に入り、受験本番まであと半年。黒木は、ジャイアントキリングを起こす可能性のある生徒が3人いると、佐倉に告げます。受験におけるジャイアントキリングとは、飛躍的な学力アップによって、偏差値58の壁を破って合格すること。黒木の見立ては当たるのか、今後の展開が気になります!
6-2. 新たなるライバルキャラの登場
桜花ゼミナール全校のトップに君臨するのが、お茶の水校の織田未来。島津や花恋ら吉祥寺校のトップ勢にとって最大のライバルが、5巻の夏合宿で登場します。こんな秀才と戦わなくてならない名門校受験。めちゃくちゃシビアです!
6-3. 秋、そして冬に待ち受ける試練とは?
5巻のラストの段階で、桜花ゼミナール全校生徒が参加する夏合宿の真っ最中。夏合宿は、富士山麓の合宿所に5泊6日で泊まり込み、朝8時から夜22時まで勉強漬けという過酷な内容。それを越えると、いよいよ本番までのカウントダウンが始まります。桜花ゼミナールはどのような秋、そして冬を迎えるのか? 物語はますます緊迫。黒木の受験ノウハウにも磨きがかかる今後に期待です!
終わりに
『二月の勝者』、徹底考察、いかがだったでしょうか? 現代の子どもたちは本当に大変ですが、この作品に出てくる子どもたちは、喜怒哀楽ありつつ、けっこう伸び伸びと受験ライフを送っています。それには、黒木という名講師の存在が大きいのは紛れもない事実。現実を見据えつつ、理想的な環境が描かれている作品と言っていいでしょう。
今後の映像化もありそうで、漫画好きとしても、今チェックしておきたい作品です。
『二月の勝者』 1~5巻 高瀬志帆 / 講談社