サッカー小説ということしか知らなかったけれど、これは面白かった。
高校を卒業して家を離れ、JFL所属のクラブチームでプレーをすることになった桐山勇。
プロ契約ではないので、生活の糧はスーパーで働くことによって得ることになる。
J1やJ2のチームと違って、J3やJFLのチームはプロとアマの選手が半
...続きを読む々…というより、アマチュアの方が多い。それはフットサルのチームでもなでしこリーグでも、そう。
だけど、彼ら選手の生活ってあまりよく知られていない。
地元の少年団と、強豪校ではない地元の中高のサッカー部での経験しか持たない勇は、ひとりよがりなプレーをみんなから批判される。
だけどしょうがないじゃないか。
こんな環境でプレーしてたから、勇の意図するサッカーに合わせられるチームメイトがいなかったのだから。
でも、勇が有名クラブのユースに入らなかったことも、ひとりよがりと言われるほどに自分に厳しくプレーすることも、実はちゃんと理由があった。
素直になれない家族との関係、希薄な高校サッカー部メンバーとの付き合い、J1チームの内定が取り消された事情など、勇が故郷においてきたいくつもの謎が徐々に明かされて行き、社会人としてサッカー選手の矜持を持つ先輩や職場の人々と触れ合うにつれて成長していく勇の姿が実にすがすがしい。
ヘダップ=Heads Up
頭をあげて、周りを見て、前へ進め。
〝なにかから立ち直るということは、すべてを忘れたり、なかったことにすることではない。すべてを受け入れ、それでも前へ進むことだ。(中略)頭を上げて。”
勇が10歳の時に起きた、起こした出来事。
それが今の勇を作る始まりだったのかもしれない。
それを否定することはできないし、出来事をなかったことにすることももちろんできないけれど。
それでも、勇の母はきっとこう思ったはず。
ハットトリックなんてどうでもいいこと。
勇が仲間とみんなで楽しく、一生懸命プレーをしていれば、そんな様子を見ることができれば、お母さんはそれだけで充分に嬉しいし、勇のことを誇らしく感じることができる。
もう、苦しまなくてもいい。
勇が捕らわれていた過去が解き明かされるにつれて、ひとりで気を張ってきた勇が健気で健気で、ちょっと泣いてしまった。
そういう小説ではないはずなんだけれど。